お行儀が悪いことをしているのに、逆に褒める⁉
――小宮さんはまだ日本で出ていない英語の原書を取り寄せて、「これは!」と厳選した作品だけを翻訳されています。初めてこの絵本の原書を見つけたとき、どのような点に惹かれたのでしょう?
小宮さん:
もともとジェームズ・マーシャルが好きだったんです。ほかには「おはなし3にんぐみ」シリーズ(大日本図書)などの翻訳も手がけました。
この本の原書に出会ったのは何年か前ですが、数多くあるマーシャルの作品の中でもナンセンスとユーモアのセンスがピカイチで、とてもおもしろかった! 日本人作家の本でこういう感性の作品はなかなかなく、これは翻訳せねば、と思いました。
――お風呂場でご飯を食べたり、絨毯を芝刈り機で刈っていたり、絵の中にも妙なおかしみがあります。
小宮さん:
中でも私が個人的に好きなのは、息子のバスター・オマヌケが、食事中に指をしゃぶっていて、それをパパ・オマヌケさんが褒めるところ。おまけに、しゃぶっているのが、手の指じゃなくて、足の指! お行儀が悪いことをしているのに、逆に褒められる。もう何が何だかわかりませんが、子どもを褒めるって、いいじゃないですか!
それから、もうひとつの魅力は、見てのとおり、絵の「脱力感」ですね。マーシャルの絵を眺めていると、悩んでいることがどうでもよくなります。
マーシャルより絵が上手い画家は、他にたくさんいるでしょう。では、なぜマーシャルの絵が、読者である子どもたちに喜ばれるのか。それは、「絵本の絵もまた文である」からです。文だけでは語りきれないことを絵で伝える、それこそが、絵本の絵で一番大事なことで、マーシャルの絵は、まさしく文そのものなのです。
コルデコットから続く巨匠の「最後の一人」
――そもそも、ジェームズ・マーシャルとはどのような人物なのでしょう? 2007年には名だたる児童文学作家が受賞者に名を連ねる「児童文学遺産賞」も贈られていますね。
小宮さん:
マーシャルが絵本作家としてデビューしたのは、29歳の時でした。モーリス・センダックや、トミー・ウンゲラーに憧れて絵本作家になりましたが、デビューした後、絵本作家の大先輩でもあり、14歳も年上のセンダックに「19世紀後半のランドルフ・コルデコットから始まり、フランスのジャン・ド・ブリュノフ、イギリスのエドワード・アーディゾーニとつづく巨匠の最後の一人」と言わしめるほどの絵本作家になりました。
また「あくたれラルフ」シリーズの画家ニコール・ルーベルもマーシャルの作品を見て、絵本作家を志したといわれています。ルーベルは実際にマーシャルに会い、編集者を紹介してもらっただけでなく、絵のタッチそのものもマーシャルそっくりになりました。
辛いことをすべて真正面から受けとめる必要はない
――ページをパラパラめくると、鳥の絵に「バス」と書いてあったり、テレビを観ているのに、コンセントが抜けていたり、細かな点にもユーモアが詰まっていますね。
小宮さん:
子どもたちには、単純に「フフフ」と笑ってもらうだけでいいと思います。でも、あるメッセージが込められていることを、いつか大きくなった時に気づいてもらえたらうれしいです。それは「生きていくって、楽しいことばかりじゃない、辛いことだっていっぱいある。でも、その辛いことをいちいちすべて真正面から受けとめる必要はないんだよ」ってこと。
ときには体を逸らして受け流したっていい。というより、辛いことのほとんどは、そうしてもいい。この絵本は、その受け流し方を身につけさせくれる本です。この本を読んだ子どもたちは「ハッ! そんなことするなんて、バカみたい!」と思うだけかも知れないけど、きっと心のどこかで「そっか。でも、物事をこんなふうに考えてもいいんだ」と、無意識に感じてくれるはず。それは「心の余裕」であり、車のハンドルでいうところの「あそび」です。
「こうあるべし、こうすべき」といったガチガチな思考より「こうであってもいいよね、こうしたっていいよね」というマインドを持てたほうが、どれだけ人生が豊かになることか! 現代の窮屈な大人社会は、知らず知らず子どもに伝染しています。だからこそ、こーんなノンキで、こーんなおマヌケな世界を楽しんでもらいたいのです。
子どもの通信簿がオール0でも「よくやった!」
――原書は「THE STUPIDS」シリーズということで、全4冊出ています。ほかにはどのようなお話があるのでしょうか。また、記憶に残っているシーンはありますか?
小宮さん:
そうなんです。全部で4冊あるんです! 他の巻では、おじいさんとおばあさんの家へ遊びに行ったら、おじいさんが「おぬしらは、だれじゃ?」と、みんなのことを忘れていたり、子どもたちの通信簿が、オール1どころか、オール0でも「よくやった!」と褒められたり、オマヌケ家族の親戚がたくさん出てきて、やっぱりみんな、想像を超えるオマヌケだったり。それはもう抱腹絶倒なのです!
生前、マーシャルは「この本に異を唱えるおとなたちは、きっと子どもといっしょに本を読んだことがない人だと思います。僕の知る限り、子どもたちは、この本を馬鹿げているとは思いません。いったん読み出したら、とてもおもしろいということに気づいてくれるのです」という言葉を残しています。日本の読者のみなさんにも、ぜひ、このおもしろさを体験してもらえたら幸せです。
◆話を伺ったのは…
朝起きたらまずお風呂でご飯をたべて、芝刈り機でじゅうたんを刈って、スプリンクラーで植物に水やりをして……あれれ? なんだかこの家族、様子がおかしいぞ。そんな彼らの不思議で愉快な1日を追いかけます。
構成・文/小学館 児童創作編集部