東京都中野区の「東京子ども図書館」には児童書が約9000冊!子どもの感性に響く本を選ぶことにこだわりを

子どもと一緒にどっぷりと読書を楽しめる季節がやってきました。絵本や児童書専門の図書館のなかでも、ここ「東京子ども図書館」は子どもたちが熟練の語り手から「お話をきく」体験ができたり、大人向けの語り手養成講座があったりと、「お話を語ること」に力を入れているユニークな図書館です。親子でゆっくり図書館巡りもいいですね。さっそく覗いてみましょう。

静かな時間が流れている、子どもの本専門の私立図書館

 東京子ども図書館は全国でも珍しい「私立の」図書館です。都会の喧騒を忘れるような静かな住宅街にあるレンガ造りの図書館は、子どもや親子連れをいつでも温かく迎えてくれるぬくもりを感じさせてくれます。

東京都中野区にある「東京子ども図書館」は、都営地下鉄大江戸線「新江古田駅」から徒歩10分。地上二階、地下一階の子どもの本専門図書館です。

一階にある「児童室」には、絵本や物語、詩、ノンフィクションなどの児童書のみが約9000冊。子どもたちはどこでも自由に本を手に取って読むことができます。子どもがどの本を読んだらいいのか迷ったときは、図書館員がその子に合う1冊を一緒に探す手伝いをしてくれますし、お気に入りの本を読んでもらうこともできます。

借りるときは味わい深い手書きの図書カードで

本を借りたいときは、昔ながらの「手書きの図書カード」に記入して本を借ります。大人にとっては、小学校の図書室を思い出させる懐かしい風景です。

「近隣から乳幼児を連れたお母さんや小学校低学年の子どもたちが来ることが多いですね。小規模な図書館なので、来館者は多くても一日に20人ほど。クリスマス会などイベントには100人くらいになることもあります。夏休みや土曜日は遠方から来る親子連れもいらっしゃいます」と児童室担当の鈴木晴子さんは話します。

隠れ家風の「絵本コーナー」が人気

なかでも人気なのがフロア一角にある絵本のコーナー。四方を絵本の棚で囲まれたちょっとした隠れ家風の空間になっていて、靴を脱いで入り、ラグの上に座ったり寝転んだり、家でくつろぐようにリラックスして絵本を読むことができます。お母さんが子どもを抱っこしながら読み聞かせもできます。

絵本コーナーの入り口にもなっている本棚は、あえて子どもの背の高さで通り抜けられるような設計になっていて、子どもたちは入口を「くぐって入る」ことを楽しんでいます。

ろうそくの灯がともると「おはなしのじかん」

 午後3時半、図書館員の鳴らすベルの音が館内に響きました。毎週水曜日の恒例イベント「おはなしのじかん」の合図です。児童室と同じフロアにある「おはなしのへや」で図書館員が子どもたちにストーリーテリングや絵本の読み聞かせをするのです。

「この部屋は〝おはなしのじかん〟専用の部屋になっています。図書館員がストーリーテリング(素話)や、絵本の読み聞かせをします。手元にあるろうそくを点けると〝お話がはじまりますよ〟の合図。子どもたちは口を閉じ、静かにお話の世界に入っていきます」と鈴木さん。

「おはなしのじかん」は物語の世界に浸る幸せなひととき

普段は図書館員と子どもだけが入れますが、訪問した日は3歳の男の子一人だったのでお母さんも一緒。この日のストーリーテリングはグリム童話の「おいしいおかゆ」。おかゆが煮える「ぐつぐつ、ぐつぐつ」という言葉が何度も出てきて、男の子はそのたびに頷いていました。お話の世界を邪魔しないよう、部屋の扉の外から見学していましたが、男の子がいっしょに「ぐつぐつ、ぐつぐつ」と言って、お話の世界に浸っていたことは後ろ姿でもわかりました。

扉の向こうは「おはなしのじかん」専用の特別な一室。
レンガの壁、ステンドグラスの落ち着いた部屋で子どもたちはおはなしの世界に浸る
レンガの壁、ステンドグラスの落ち着いた部屋で子どもたちはおはなしの世界に浸る

「おはなしのへや」は、館内に作られた「おはなしのじかん」専用の一室。レンガの壁、薪ストーブ、麦の穂をデザインしたステンドグラスが素敵な落ち着いた空間で、お話をきく雰囲気にぴったりです。お話が終わると、子どもたちが「心に願い事を思ってから、ろうそくを吹き消す」というのが習慣。お話の世界から現実の世界に戻る瞬間です。

松岡享子さん、石井桃子さんらの家庭文庫が母体に

 東京子ども図書館は、その設立までの歩みがほかの図書館とはかなり違います。195060年代にかけて、東京都内に4か所で始められた「家庭文庫」が母体になって生まれました。

 日本を代表する児童文学作家が立ち上げた図書館

家庭文庫というのは、自宅に本をたくさん置いて、近所の子どもたちに本を貸し出したり、お話をきかせたりするところ。1955年、56年に土屋滋子さんが主宰する2つの家庭文庫が、1958年に石井桃子さんの主宰する「かつら文庫」が、そして1967年に松岡享子さんが主宰の「松の実文庫」がそれぞれ始まり、この4つの家庭文庫を母体として、1974年に東京都の教育委員会から財団法人の認可を得て発足しました。当時は2DKの民間アパートだったそうで、その後賃貸マンションで活動を続け、1997年、中野区江原町に現在の新館が開館したのです。

石井桃子さんといえば「クマのプーさん」や「ピーターラビットのおはなし」、松岡享子さんといえば「ゆかいなヘンリーくん」シリーズ、「くまのパディントン」シリーズなど、海外の優れた児童文学を日本に紹介した翻訳家であり、自身の著書も多い、日本を代表する児童文学作家です。ママ世代も子どものころに2人の作品で読書好きになった人も多いのでは? 2人は日本が子どもの本で豊かになる前から、海外の作品をその場で訳して子どもたちに楽しく語っていたそうです。 

一番のこだわりは「良い本を選ぶこと」

 図書館設立に関わった松岡享子さんらの「短い子ども時代のうちに、たくさんの良い本に出合ってほしい」という思いは今もしっかりと受け継がれています。

子どもの感性に響く本を選び続ける

「今でも‶本選び〟が一番大事な作業です。新刊が出るとそれを複数の図書館員でじっくりと読み、本の選定会議で内容を発表し評価、意見交換をして、どの本を選ぶか決めていきます。一子どもにとって楽しい本、子どもの感性で楽しめる本という視点で選ぶという姿勢は一貫していて、かなりの時間をかけて議論し決定します」と鈴木さんは話します。

子どもの表情や反応が大事

大人が子どもに教えたいからとか、中学入試で出題されやすいからという理由ではなく、あくまでも子どもの感性に響くもの、というのが基準。だからこそ、図書館員は普段の子どもとの「本を通したふれあい」のなかで、子どもの表情や反応をよく見て、子ども目線の感じ方、楽しみ方を観察、研究しているのです。ストーリーテリングでは語り手が話を完全に覚えて自分のものとし、本を見ないで語りますが、これも子どもたちの表情や反応をダイレクトに感じられるといいます。

 長く語り継がれた本は力強い

ここの蔵書は、世界中の古今東西の昔話や、ママ世代やその親世代から読み継がれてきた絵本や児童書が多く、最近の小学生に人気のシリーズものは意外と少ない気がします。その理由を鈴木さんに聞いてみると、次のように答えてくれました。

「初代理事長の松岡享子さんは‶子どもそのものが新しい存在で、子どもが出会うものは、子どもにとってすべて新しい〟と話していました。長い間語り継がれた話や読み継がれてきた本は‶時間の試練〟を乗り越えたものばかり。いつの時代であっても子どもの心に響く力強さをもっています。だから子どもたちには時代にとらわれずに子どもたちの心を揺さぶる本を選びたいと考えています」

大人のための講習会も充実

 ここでは子どもたちだけでなく、子どもの本の世界を大事にする大人に向けての情報発信も行っています。子どもにお話を語るときの本の選び方、語り方、語り手としての心構えなどを学ぶ「お話の講習会」や「おとなのためのお話会」「子どもの図書館講座」などの講座を開催。「お話の講習会」は1974年から続く息の長い講座です。受講者には地元の小学校で読み聞かせやお話をしている保護者も多いといいます。

地下の資料室は、そんな大人のためのスペース。国内外の児童図書や児童文学の研究書など約2万冊を備えた研究資料室です。訪問した日も、数人の女性グループが見学に来ていました。

約2万冊の蔵書がある資料室

資料室には約2万冊の蔵書があり、カーネギー賞、ニューベリー賞など海外の児童図書賞受賞作品の原書のコレクションや、イギリスの先駆的児童図書館員アイリーン・コルウェル女史からの寄贈図書も公開されています。

子どもが大きくなっても、親だけでも来たくなる

子どものための図書館なので、「乳幼児がぐずったり泣いたりしても、気にする人はいません」と鈴木さん。館内は子どもだけでも親子でも安心して、思う存分本を読んだり「おはなしのじかん」を楽しんだりと、ゆったりとした時間を過ごせます。

さらに子どもが大きくなって「親だけが来る」ケースもある。わが子が絵本や児童書を卒業しても、「子どもの本の世界っていいなあ」と感じる親や大人が、心置きなく子どもの本に触れられる、なんとも居心地のいい図書館です。

 こちらの記事もおすすめ

子どもに読み聞かせしたい絵本22選|定番から年齢別のおすすめをプロが厳選!
子どもに読み聞かせる定番おすすめ絵本 まずは、どの年齢の幼児に読み聞かせをしても大人気の定番絵本を5冊選んでもらいました。シンプルな言葉と...

お話を伺ったのは…

鈴木晴子さん|公益財団法人 東京子ども図書館 児童室担当
東京子ども図書館は195060年代にかけて、都内にできた4つの家庭文庫を母体に1974年に設立した児童書専門図書館。2010年に公益財団法人認定。子どもたちへの図書サービスだけでなく、「おはなしのじかん」「わらべうたの会」など子どもたちとの交流を大切にしたアットホームな雰囲気を大事にしている。大人向けの講習会も開催。児童室の開館日時は火・水・金曜日1317時、土曜日10時半~17時。住所:東京都中野区江原町11910 URL:https://www.tcl.or.jp/
取材・構成/船木麻里 撮影/五十嵐美弥

編集部おすすめ

関連記事