イタリア発、子どもたちの秘めた能力を可視化する乳幼児教育「レッジョ・エミリア」とは?日本のこども園でアトリエリスタとして活躍する津田純佳さんに聞くその魅力

「世界で最も先進的」と評価され、近年日本国内でも注目を浴びているのが「レッジョ・エミリアの乳幼児教育」。イタリアの北部に位置するレッジョ・エミリア市で、0歳から6歳までの子どもたちに実施されている独自の教育プログラムです。現地に滞在して4年間学び、現在は日本を拠点に、全国の保育・教育機関、施設でアトリエリスタ(芸術教師)として活躍している津田純佳さんに、レッジョ・エミリアの魅力を教えていただきました。写真は、子どもたちがリサイクルの布でつくった造形物が飾られているレッジョ・エミリアの旧市街

子どもが主体の乳幼児教育システム「レッジョ・エミリア」

旧小学校を利用したクリエイティブ・リサイクル・センター。アトリエで活用する地域の廃材が集められている

「レッジョ・エミリアの乳幼児教育」とは、1960年代に北イタリアのレッジョ・エミリア市で始まった、子どもが主体的に活動し、それぞれの個性を引き出すことを大切にした教育です。

レッジョ・エミリア市では、第二次大戦後、市民がナチスが残していった戦車や軍事用の車両を資金に換えて学校を作ってきた歴史があります。多くの市民が、自分たちの子どもたちが希望と自由を自らつかみとれることを願って幼稚園を造り、子どもの教育に力を注ぐことの重要性を市全体で認識しながら変化してきました。

その立役者となったのが、教育者で心理学者のローリス・マラグッツィです。彼の先進的な教育思想と実践によって、レッジョ・エミリアの根幹が築かれました。知識を与えるという一方的な関係ではなく、他者との関係性のなかで新たな発見を望み、願い、喜びを分かち合うことのできる「対話」を重視します。想像力と創造力を存分に発揮しながら、実践的に知識を構築する環境が整えられた初めての市立施設「ロビンソン・クルーソー幼児学校」は1963年に開設されました。

子どもの表現言語をサポートする「アトリエリスタ」

ローリス・マラグッツィ国際センターで行われた光線のアトリエ

レッジョ・エミリア教育を取り入れている施設では、教育と芸術的な感受性で子どもたちの表現言語をサポートする「アトリエスタ」という芸術分野を背景とした専門教師が配置されます。子どもたちの表現や言葉によって、子どもたちの学びを支える役割の先生がアトリエリスタ。子どもたちの主体的な活動を支えるアトリエリスタは、市立の幼児学校に必ず一人配置されています。

アトリエという単語はイタリア語ではなくてフランス語。マラグッツィがフランスで始まったアトリエ運動にインスピレーションを得て名付けたと言われています。アトリエ運動とは、アーティストがアトリエで新しい画材や表現を試したり、アーティスト同士で議論したり…作品を完成させることが目的ではなく、作品をつくるプロセスを重視している芸術運動のこと。戦後、幼児学校と保育所に新しいアイデンティティを与えるために、レッジョ・エミリア市のすべての園にアトリエが作られました。

レッジョ・エミリアの子どもたちに魅せられてアトリエリスタの道に

 

アトリエリスタは、答えのない冒険に子どもたちと出かけるメンバーでもある

私が「レッジョ・エミリア」を知ったのは、日本で開催されたレッジョ・エミリア市の乳幼児教育の大規模な展覧会がきっかけです。子どもたち同士が真剣に考えこんだり、驚いたりする様子の写真や、子どもたちのさまざまな言葉が広がる空間に深く魅せられてしまいました。レッジョ・エミリアの乳幼児教育を知りたい!という思いが募り、芸術文化施設の計画を支援する会社を辞めて単身現地に向かったのは2016年。

滞在したホストファミリーからイタリア語を学び、レッジョ・エミリアの施設でボランティアをしながら、アトリエリスタの研修を受ける機会に恵まれました。アトリエリスタとして活動する中で、現地の人たちは、日本に生まれ、日本の生活、日本の教育のなかで育った私との「違い」を豊かさとして受け入れてくれました。多様であればあるほど豊かであるという考えは、まさに、レッジョ・エミリアの教育とつながる部分であると思います。

アトリエの活動を記録する「ドキュメンテーション」は子どもたちの成長の軌跡

植物の「ねっこ」に興味を抱いた多夢の子どもたち。いろいろな素材を使って立体的に根っこを作る

子どもたちが内に秘めた能力、創造力、考えや知識の構築過程を目に見えるようにすることを大切にするレッジョ・エミリアでは、目に見えないそれらを可視化するために写真、動画、文字やイラストで記録を取ります。これをドキュメンテーションと呼んでいます。

アトリエリスタは、必ずメモを片手にカメラを携えて記録をしながら子どもたちに問いかけたり、素材を提案したりします。子どもたちの活動の環境を整え、家族や地域との関係性づくりをしながら「ドキュメンテーション」に時間を惜しまない現地のアトリエリスタたちから、わたしは、アトリエリスタの役割だけでなく、人と関係性をつくること、自分との向き合い方、違いを豊かさとしてとらえること、そして、毎日を楽しむことを学びました。

子どもたちの未来を見据え、日本でレッジョ・エミリアのアトリエを展開

ねっこはどんどん伸びて、つながっていきます

4年間のアトリエリスタの活動を終え、2019年に帰国したわたしは、兵庫県の「幼保連携型認定こども園 多夢の森」に出会います。

もともと倉庫として使っていたスペースをアトリエにして子どもたちと活動していたのですが、どのように活動を続けたらよいかなど悩みを抱えていた「多夢の森」と出会ったことで、アトリエづくりを始めることになりました。

アトリエをつくるうえで大事にしたキーワードは「冒険」「美しさ」「アイデンティティ」。子どもたち自身が、自分でやりたい、挑戦したいと覆う環境を提供できているかに心を配りました。

実践を「冒険」に例えると、「見つけなければならない宝物は用意されていない」ことになります。どのような学びの過程を子どもたちと辿るか、辿ったかは、活動を振り返ってみたときに鮮明になるのです。

そして、アトリエはその冒険の舞台となる場所ですが、好奇心と密接な関係が「美しさ」に関係してきます。創始者のマラグッツィは「私たちが何かを学びたいと心惹かれる本能の中には、美しさを感知する機能が働いている」と言っています。子どもたちの知的好奇心は「美しさ」によって強く引き出されていきます。

また、レッジョ・エミリアでは、子どもたちのアイデンティティを育てることをとても大切にしています。「自分が自分であること」は、自分一人だけで育むことができません。他者との関係性から自己を見出すことで育まれていきます。アイデンティティは、さまざまなものとの出会いや、他者との対話を繰り返しながら時間をかけて育てていくものです。

イタリア語には「より良くする・より良くなる」を表す「ミリオラーレ」という動詞があります。私は今、子どもたちの学びの環境や社会環境がより良くなることを願って「みりおらーれ」という名前で活動をしています。今の子どもたちの声を聞き、子どもたちの学びを過去から現在、未来へとつなぐことがアトリエリスタの使命です。

アトリエリスタ・津田純佳さんがレッジョ・エミリアの真髄を語るオンライン講座が開催

津田さんの初めての書籍『レッジョ・エミリアの乳幼児教育〜アトリエから子どもが見える』(小学館)の刊行を記念して、レッジョ・エミリアの教育の真髄を津田さんご本人からレクチャーいただくオンライン講座を企画しましたアトリエ活動から見えてくる子どもの姿はもちろん、レッジョの子ども理解、子どもとの距離感、市民としての生き方、哲学などたっぷりお話いただきます。

 

教えてくれたのは

津田純佳(つだ・あやか)|アトリエリスタ
文化庁新進芸術家海外研修制度により、レッジョ・エミリア市でアトリエスタ研修、インクルーシブ教育研修を受け約5年間数々のアトリエで活動。現在は、日本を拠点として、子どもたちをはじめ、あらゆる人の学びの環境をよりよくするレッジョ・エミリア・アプローチの活動を実践中。日本文化や日本の伝統的な素材の美しさを通したアトリエ活動に取り組む。京都府幼児教育スペシャルアドバイザー。国内の幼稚園、保育園、認定こども園などでアトリエづくりやアトリエ実践、研修を行っている。
『レッジョ・エミリアの乳幼児教育〜アトリエから子どもが見える』(小学館)

構成/Hugkum編集部  *子どもたちの活動写真は、すべて日本でのもの

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