幼稚園に行きたがらない
―――絵本『すうちゃんはね』は、ほんださんご自身の子育て体験を元に描かれているのでしょうか?
ほんだあきこさん(以下、ほんだ):はい、この絵本は私の実体験を元に作らせていただきました。
ほんだ:うちの娘は入園から間もなくして幼稚園を嫌がるようになりました。
そのころの娘はまだ自分の気持ちをうまく言語化できなかったので、理由を聞いてもしっかりと答えられませんでしたが、娘は幼稚園年中に上がるころから言語表現力がついてきて自分の気持ちをどんどん話してくれるようになりました。
ほんだ:その話によると…
突然の出来事でドキッとするのが嫌だということ、
人との距離が近いと落ち着かないこと、
友だちに触られるとベタベタして気になってしまうこと、
いろんな音が混ざり合う騒がしい場所にるのが嫌だということ、
困っていたり悲しんでいる友だちがいたら、自分も同じような気持ちになること、
先生が忙しそうだと不安になること、
対戦ごっこをする友だちの「ころす」という言葉を聞くとこわくなること、
優しい歌を叫ぶように歌う友だちの声を聞くと悲しくなること、
お弁当と服の匂いが混ざった部屋にいると気持ちが悪くなること、
など、娘はいろんなことが気になり、不快で幼稚園を嫌がっていたのです。私は、娘の感受性が強いことにとても驚きましたし、感覚はひとりひとり違うということに気づかされました。
無理に通園させていたとき、娘は感情が荒れて暴力的になりました。私は娘に申し訳ないことをしたと後悔しました。
ヒアリングに徹して「そうなんだね」「どうしたい?」
ほんだ:娘の気持ちがわかってからは、娘から出てくる言葉を丁寧に拾うようにしました。そして必ず「そうなんだね、わかったよ」と伝えました。不安や不快に対しては「どうしたい?どうしようか?」と一緒に考えました。登園するかしないかも自分で決めてもらうようにしました。
そうするうちに娘の様子は次第に好転して、幼稚園に行きたいと言ってくれる日も出てくるようになりました。そのころの娘はきっと、自分のことをわかってもらえるようになって、安心できるようになったのだと思います。
―――日々、いろんな試行錯誤がおありだったのだと思います。お子さんの気になる仕草について、本やネットでもいろいろ調べてみたそうですね?
ほんだ:娘は、子育て広場や公園へ連れて行っても誰とも遊ぼうとしませんでした。いつもひとりで遊ぶので、何でみんなと遊ばないんだろうと私は不思議でした。
そのころに本やネット検索で発達のことを調べたのですが、娘の気質とぴったり一致する分類はありませんでした。ですから私は個性だと受け止めました。
ほんだ:私がHSC(Highly Sensitive Child)のことを知ったのは娘が9歳のときです。たまたま目に止まったネット記事を読んでいたところ「娘のことが書いてある」と思いました。うちの娘と同じように感覚が鋭敏で感受性が強いため、生活に困りごとを抱えた子どもたちがいるということを私はこのとき、初めて知りました。
もし、もっと早くに知ることができていたら、私の育児はもう少し楽だったと思います。もっと穏やかに子どもと向き合えたかもしれませんし、娘はもっと安心して過ごせたかもしれません。HSCの知識は育児に入る前からもっているとよいかもしれません。
感受性が鋭いからこその強みも
―――この絵本のころから約10年、お子さんはどんな風に成長しましたか?
ほんだ:娘は中学生になりました。不快に感じることは幼いころからあまり変わっていないように思いますが、その程度は緩やかになった気がします。今は自分自身の気質をよく分かっていますし、感情をうまくコントロールできるようになったので、わりとのびのびと過ごせていると思います。
娘は友だちが多いですね。周りの人から好意をもってもらえるのは、生まれもった感受性やHSC特有の観察力が人間関係を築くうえで役立っているからだと感じています。相手の話を自分ごととして聞いたり、自分の考えや気持ちを相手に伝えることも上手です。
それはもしかすると、娘が幼いころに自分の気持ちを伝えようとがんばってくれたからかもしれません。文章を書くと語彙力や表現力を褒めていただくこともあります。素敵に成長してくれたと母は思っています。
友だちとわいわいおしゃべりすることが大好きになりましたし、騒がしくて嫌っていた繁華街へ出かけて行くようにもなりました。中学校生活で忙しい毎日を送っていますが、いろいろな刺激で疲れたときは、静かな環境でゆっくり休んだり、自然に触れてリラックスしたり、自分でうまく調整しながら過ごしています。
―――登園しぶりや他の子と違う仕草を見せるわが子に、ついつい心配は募ってしまうものです。同じような悩みを今抱える親御さんに、どんなことを伝えたいですか?
ほんだ:私は娘の感受性をとても素敵だと感じています。娘の感性に触れてたくさんの気づきと感動をもらいました。3~4歳のころの育児がとても大変でしたが、今は娘と一緒にいると面白くて、心からHSCって素晴らしいと思えています。
生きづらさを乗り越えて「宝」に
ほんだ:私は娘が幼いころからこのようなことを繰り返し話してきました。
「あなたは、すごく賢いセンサーをもっているんだよ。だから感じ取ることが多すぎて、つらくなってしまうことがいっぱいあるんだよ。だけど、つらい気持ちを自分でうまく落ち着かせることができるようになったら、そのセンサーはあなたの宝になるんだよ。」
感覚が鋭敏で感受性が豊かだということは、楽器をもてば誰よりも美しい音を出せるかもしれないし、筆をとれば誰よりも心に届く文章を書けるかもしれないし、手触りの良い新素材を作り出せるかもしれないし、誰も知らない新しい香りを発見できるかもしれないし、人に寄り添うことだって得意なはず。
そんなことを考えるとHSCの可能性にわくわくします。もちろん、敏感さや繊細さの程度によっては大変な生きづらさを抱えていらっしゃる方もおられると思うので、軽々しく言えないことかもしれませんが、私は娘とそんな話もしてきました。
娘が自分に自信をもって過ごしていけるように、これからもサポートしたいと思っています。
―――ありがとうございました。
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すうちゃんは、繊細で敏感、感受性の強い女の子。どんなことが嫌なのか、不安になるのか、どうすると心が楽になるのか、すうちゃんの本音を丁寧にすくいとって描かれています。子どもの本当の気持ちに気づき、受けとめて、「あなたのことが大好きだよ」と抱きしめてあげたくなる絵本です。
取材・文/小学館児童創作編集部 イラスト(絵本挿絵)/千葉智江