「ただ、子どもを守りたかっただけ」1つの嘘をきっかけに怒涛の展開に。杏が難役に挑んだ映画『かくしごと』が突きつける課題とは?

俳優で母親でもある杏が「今の自分だったらできるかもしれない」という難しい母親役に挑んだ映画『かくしごと』が6月7日(金)より公開されました。1つの嘘をきっかけに怒涛の展開を見せる本作は、ある親のあり方の是非を問う意欲作です。

杏が覚悟を持って臨んだ母親役とは?

©2024「かくしごと」製作委員会

女優の杏がフランスに移住する前に撮影したという主演映画『かくしごと』杏が覚悟を持って挑んだと語る本作からは、ある種、すべてをさらけだしたような熱量の高さが感じ取れます。現在公開中である石原さとみ主演映画『ミッション』もしかり、実生活でも母親で、映画に対する目利きでもある実力派女優が、ただならぬ情熱を持って母親役に臨んだ勝負作は、観るものを裏切りません。

杏が演じる主人公は、絵本作家の里谷千紗子で、絶縁状態だった父・孝蔵が認知症を発症したため、田舎に戻り介護を始めます。そんな中、事故で記憶を失った少年を助けますが、彼の身体に虐待の痕を見つけたため、千紗子は少年を守るべく、自分が母親だと偽って、一緒に生活を始めます。

虐待と介護という社会問題に切り込んだ本作を手掛けたのは、趣里の主演映画『生きてるだけで、愛。』(18)が高い評価を受けた俊英監督の関根光才。前作に続き本作でも監督と脚本の両方を手掛けていますが、美しい映像美に人物描写の生々しさ、構成力が秀逸です。本作ではラストシーンにあるサプライズを持ってきたことで、予想以上の感動作として着地させました。

認知症への深い解釈と、切っても切れない親子の絆

©2024「かくしごと」製作委員会

ミステリーでありながら、様々な親子関係を何層にも分けて、リアルに綴った人間ドラマでもある本作。都会を離れ、しぶしぶ父の介護に戻ってきた千紗子と、認知症の父親が改めて真正面から向き合うという流れも丁寧に綴られます。父・孝蔵役の奥田瑛二は実際にグループホームを訪ね、入念に役作りをしたそうで、ぎこちない手の動きや曲げた背中などで、頑固者のボケ老人になりきり、杏の“本気”を、しっかりと受け止めています。

もともと堅物の父とは距離を置きたくて、家を出た千紗子でしたが、あることがきっかけで、完全に父と決別。ところが今回、やむを得ず父の介護をすることになりました。血のつながった親子ならではの葛藤が実に泥臭いのですが、その分、切っても切れない親子の絆も浮き彫りになっていきます。

©2024「かくしごと」製作委員会

特筆すべきなのは、認知症という“病気”についての本質もきちんと語られるところです。孝蔵の古き友人で医師の亀田義和が、認知症は生真面目な人ほどかかりやすいとした上で、認知症患者について「たった1人で戦っているようなもんだ。信じられない孤独と彼らは戦っている」と千紗子を諭します。

亀田医師役は、悪にも善にもふれる名バイプレイヤーの酒向芳が演じていますが、実に味わい深いシーンとなっています。彼は千紗子と孝蔵が似たような気質であると指摘しますが、どこか不器用な親子にとっては貴重な理解者かと。亀田の言葉を通じて、介護される人と介護する人の苦悩が語られますが、やはり介護においては、こういう懐の深い第三者の目が必要だなと改めて感じました。

©2024「かくしごと」製作委員会

また、親という立場でいえば、千紗子、孝蔵のほか、千紗子の親友でシングルマザーの野々村久江(佐津川愛美)、少年を虐待していた継父である犬養安雄(安藤政信)と実の母親の犬養真紀(木竜麻生)と、いろいろな親が登場します。

法を犯してでも、少年を救おうとする千紗子ですが、そのきっかけとなる事故を起こした久江は、自らの保身を考えつつも、千紗子のことを思ってそれを阻止しようとします。2人から溢れ出る母親としてのきれいごとだけではない感情が実にリアルで、ぐいぐいと引き込まれていきます。

©2024「かくしごと」製作委員会

千紗子が心から助けたいと思った少年・犬養洋一役を演じた中須翔真の無垢な表情にもご注目を。子を持つ親なら、こんなに幼気(いたいけ)な少年の傷ついた体や心を目の当たりにしたら、自分が救い出してあげたいという衝動にかられてしまうのも無理がない、と共感させられます。しかも、彼を家に返せば、また毒親からの虐待を受けることになってしまうのですから。

息子との悲しい過去を背負っている千紗子は、少年に「拓未」という新たな名前をつけ、慈しんでいきます。そんな彼女を誰が裁けるのでしょうか? 親のあり方について、そして社会が子どもを守るにはどうすればいいのかと、いろんな課題をつきつけられます。

『かくしごと』というタイトルのダブルミーニングが深い

©2024「かくしごと」製作委員会

本作のタイトルは『かくしごと』ですが、原作の「嘘」から変更したのは関根監督のアイデアだったとか。でも、映画を観終わると、それがとてもマッチしているなと心から思いました。

本作で描かれる「嘘」は、何か秘めた想いや良心の呵責など、非常に複雑な心情が絡んだ「かくしごと」ですし、監督が「子どもを隠匿してしまうような感じの要素との、ダブルミーニングにできる」とも考えられたと聞いて、大いに納得がいきました。


また、本作は様々な“記憶”を扱う作品でもあります。人は生きていく上で忘れたいような悲しい記憶もあれば、忘れてほしくないと思う大切な記憶もあるでしょう。そして認知症は、忘れたくなくても忘れていく病です。

そんな中で、ある決意の下、記憶を偽り、ついてしまった嘘、すなわち「かくしごと」を巡る物語の結末を、映画を観終わった方が、どう受け止めるのかも非常に気になります。特にHugKum世代のママやパパに観ていただけたら、きっといろんな想いが駆け巡りそう。私自身はラストシーンで、熱いものがこみ上げてきましたので、最後の最後まで気を抜くことなく、しっかりと見届けていただきたいです。

『かくしごと』は6月7日(金)より公開中
監督・脚本:関根光才 原作:北國浩二「噓」(PHP 文芸文庫刊)
出演:杏、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、木竜麻生、和田聰宏、丸山智己、河井青葉、安藤政信/奥田瑛二……ほか
公式HP:happinet-phantom.com/kakushigoto/

文/山崎伸子

©2024「かくしごと」製作委員会

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