TBSアナウンサーから教育長へ異例の転身!
――久保田さんが姫路市の教育長に就任された経緯についてお教えください。
久保田智子教育長(以下久保田さん):2020年に姫路女学院高等学校の外部講師として、月に1回リベラルアーツのクラスを受け持つことになりました。それが姫路市との最初のご縁です。その学校では、姫路市長もレクチャーをされていて、そういった交流の中で、市長から「教育長をやってみませんか」と打診いただき、お受けすることになったというのが、いきさつです。
――教育長というのはどんなお仕事なのでしょうか。
久保田さん:例えば「学校園づくり」です。小中学校はもちろん、市立の幼稚園や高校まで、それぞれの場でどう学び、どうつなげていくかを考えていきます。また、いじめや不登校への対応も大切な業務です。それに加え、実は姫路城の保存や活用にも教育委員会として関わっています。ですから、仕事としてはとても幅広いですね。
――アナウンサーから教育長になられて、お仕事の環境も大きく変わられたと思いますが、ギャップはありましたか。
久保田さん:元々の性格もあると思いますがが、私自身は環境にあまり左右されないと感じています。仕事内容も環境もこれまでとはまったく異なりますが、仕事に携わるということにおいて、「テレビ局だから」「教育委員会だから」ということで自分のアプローチが変わることはあまりありません。
もちろん、パソコンが違うとか、社食がないからお弁当を持っていかなきゃとか、細かなことは色々ありますが(笑)、どんな場所にいても、自分ができることを探してやっていくというスタンスは変わらないですね。
習い事の日々から一転!新しい土地での生活は、子育てにも好影響
――姫路での生活はいかがですか。
久保田さん:今、夫は東京、私と5歳の娘は姫路で暮らしています。仕事と子育てしかしていない毎日ですが、楽しいです。ワンオペ育児は大変ですが、この年齢になって、新しい街で、新しい仕事ができることは何よりもありがたいと思っています。
それに娘と2人で新しい街に住むことが、こんなにお互いにとってよい影響があるとは思っていなかったんですね。東京にいたときは、街並みも生活も私にとっては日常で、娘が何かに驚いていても、そんな当たり前のことにびっくりするんだ、くらいの反応だったように思います。でも、姫路では、少し歩いたらお城がある、はじめて入るお店がある、と私自身も驚きの連続で、娘の驚きに心から共感できるようになったんです。そうしたら、娘はとても嬉しそうで、ずっとおしゃべりを続けています。
そんな様子を見て、これまでの私は娘の好奇心の芽を摘んでしまっていたのだと気づきました。ですから、今は私がすでに知っていることだったとしても、娘と一緒にワクワクする、共感するという感覚を大切にしています。
学校づくりでも、「探究学習の充実」ということをよく言っているのですが、子どもたちは習うよりも日々探究しているんですよね。だから子どもの好奇心や探究心を止めないで、伸ばしていくことを学校でもできたらいいなと、自分の経験からも感じています。
――東京と比べて子育ての環境は変わりましたか。
久保田さん:東京にいた頃は、娘は3歳から4つも習い事をしていました。何となくそうしないといけないような焦りがありました。でも姫路では少し足をのばせば自然があって、蛍を見に行ったり、トンボを探すチャレンジをしたり。自然や環境の学習施設もあるし、イベントも色々あるんです。娘は虫が好きなこともあって、今は自然の中に出かける方が学びになると感じています。
姫路は、利便性がありながら、すぐに自然に触れることができるという、まさに「トカイナカ」で、すごくいい住環境です。保育園も園庭が広くて、娘はとっても楽しそうです。
「子どもが主語になる学校園づくり」を目指して
――今、久保田さんは教育長としてどんなことに取り組まれているのですか。
久保田さん:教育委員会は教職経験者か、行政職の出身者がほとんどです。そんな中で民間から入ってきて、教育長になるというのは、教育行政に関して、自分が一番知識がないのに、期待だけは一番高いという状況なんです。その期待にどうやって応えられるかということは、すごく責任のあることだと思っています。
ですから、まずは現場を知るために、教育委員会事務局の職員たちと1対1で話を聞くということを積み重ねています。役所、学校での経験や、これまでの仕事で大切にしていたこと、大変だったことなどの話を聞いていると、一つ一つは個人の話でも、それぞれがリンクして大きな輪郭が見えてくる感じがあります。
学校への視察も積極的に行っていて、先日は朝から丸一日、小学校に滞在してきました。児童と一緒に授業を受けて、放課後までの1日を体験して、色々と見えてくるものがありました。
――久保田さんは「子どもが主語になる学校園づくり」という理念を掲げられていますね。
久保田さん:教育現場では、「こうしなさい」「あれをしてはだめ」というような指導になりがちです。しかし、そういった大人が決めた義務や禁止ではなく、すべての子どもが自分らしく学ぶ、何をどう学ぶか子ども自身が考えるという、子ども中心の学校園づくりをしたいと考えています。
姫路市では、電子黒板や一人一台のタブレット端末も早い段階から整備されていました。そういう意味では本当に環境は整っていると思います。ですから、次の段階としてさらにそれらを活用して新しい学びにつなげていくということも、今懸命にやっているところです。
また、姫路市は、駅付近はマンションもどんどん増えて新しい学校を作らなくてはならないほどですが、山間部には複式学級(2学年以上をひとつにした学級)の学校もあります。島の学校もあります。
それぞれの学校に個性があって、地元とも密着しています。ですから、一律にこうすると上手くいくということはないんですよね。教育長がビジョンを示しても、それをどのように受け止め、どう進めていくのかというのはその学校次第です。個性を活かしながら、子どもたちの学びを充実させるために、学校から湧き上がってくる改革を支援していくことが大切だと思っています。
不登校に対するサポートはテクノロジーも駆使して
――不登校の子どもも増えていますが、姫路市ではどのような対策をされていますか。
久保田さん:まずは「通いたくなる学校」を作るという部分ですね。そして、学校によって名称は異なりますが、「校内サポートルーム」を設置しています。中学校はほぼすべて、小学校は約4分の1の学校に不登校児童生徒支援員を配置しています。
今後はタブレットの中に「学習プラットフォーム」のサービスを実装する予定です。動画授業やAIドリルなどの学習コンテンツにアクセスできるメタバース型のプラットフォームです。家から出づらい児童生徒にとっても、学習の遅れを補完するものになればと思っています。今後は、メタバース空間でコミュニケーションを取れる仕組みも実現させたいです。
不登校と一言でいっても、家の外にまったく出られない子、外には出られるけれど学校には行けない子、学校には行けるけれど教室には入れない子というように、状況は様々です。ですから、それぞれの児童生徒に合わせて対応できるよう、さらに多様で、重層的な選択肢を考えていきたいです。
自身の子育て経験から、先生の働き方改革を目指す
――久保田さんは先生たちへの働き方改革にも力を入れていらっしゃいますね。
久保田さん:そうなんです。それには色々な理由があるのですが、自分がイライラしてる時は子育てをきちんとできないという実感があります。
私の場合でいうと、例えばお風呂上がりです。暑いし、ずぶ濡れだし、不快感マックス。でも娘はなかなか言うことを聞いてくれない…という中でケンカになってしまうことがしばしばあります。私、5歳児と対等にケンカしてしまうんですよ(笑)。
でも冷静になると、いつもこの場面でケンカになるのは、自分に余裕がなくて子どもにきちんと向き合えていないからだと気づきます。まず自分自身が先に着替えて一息ついてから子どものお世話をすると、落ち着いて子どもと接することができるんです。
お風呂上がりでなくても、やはり忙しくて余裕がないときって、子どもに対してコントロールするような言葉を使おうとしたり、声を荒げたりしてしまいそうになるんです。
先生たちも働き方や自分自身に余裕がなければ、一人一人の子どもと丁寧に向き合うことが難しくなってしまう可能性があります。それに、そんな状況ではプラスアルファの新しい取り組みなんてとてもできません。だからまずは先生たちの働き方改革が大切で、子どもたちの新しい学びの土台になる部分だと思っています。
――久保田さんも大変お忙しいと思いますが、ご自身のワークライフバランスを保つために気をつけていることはありますか。
久保田さん:寝ることです! 私は8時間以上寝ないと元気を保てないので、睡眠時間を削るという選択肢は極力とらないようにしています。やはり睡眠をとってフルチャージできていてはじめて、その1日を有効に使えると思うんです。人間に与えられている時間は有限なので、そこをどう効率的に使うかということを大切にしています。また、何か負荷のあるような仕事や、時間のかかるようなことがある場合は、朝やることにしています。その方が夜よりも集中できて効率がいいですね。
久保田さんがお子さんを迎えた「特別養子縁組制度」についても伺いました
新しい土地で子育てをしながらも、先生たちの働き方改革、子どもが主語の学校づくりに取り組む久保田さん。後編では、そんな久保田さんがお子さんを迎えられた「特別養子縁組制度」についてお伺いしてきました。
取材・文/平丸真梨子 撮影/HugKum編集部