元日本代表サッカー選手・中村憲剛さんが開成中学の数学教師と語る「好き」を突き詰めることの大切さ。サッカーと同じく、受験勉強もチーム戦であるという理由は?

受験生にとって勝負の夏が終わると、入試まであと半年。成績が伸びなかったり、遊んでしまったりするのもこの時期です。焦燥感に駆られ、具体的に何をすれば親子で迷っている人も少なくないはずです。そんな私たちが何をすればいいか、「努力のプロフェッショナル」である元日本代表選手・中村憲剛さんと、東京の中高一貫校、開成中学校・高等学校の数学教師・鶴田知久さんに語り合っていただきました。
前編では、「好き」が引き出す強い力や「努力の意味」や潜在能力について、ここでは、成績が上がらない子が何をすべきかを具体的に紹介します。

苦手な教科を勉強しなくてもいい理由とは

鶴田知久さん(以下・鶴田):成績不振に悩んでいる人は、勉強をせずにやりたいことを思い切りやればいいと思うのです。ゲームも友達との遊びも、何も気にせず思いっきり楽しんでみる。そこで本人は何かに気づくはずなのです。

中村憲剛さん(以下・中村):思いきり楽しんだ後に、現在地を確認する。自分の掲げた目標に向けて、何が足りないかを冷静に分析する。勉強もスポーツも結果を出すには、自分で足りないところに気づき、自らの意志で努力する気にならなければなりません。親や先生など、外野が何を言っても本人が動かない限りは先に進まないと思います。
鶴田先生、勉強の成績を上げるコツはあるのですか?

鶴田:それは得意教科を極めることから始まります。全教科の成績が悪い人は、ほぼいません。皆、何か得意な教科があるはず。成績が上がらない子は、「この教科が楽しい」という科目を見つけ、集中的に取り組むのです。そうすると、勉強の勘所のようなものが分かってきて、他の教科も上がってきます。

だから僕の授業では「どうしても勉強したいことがあれば、授業中はその勉強をしていていいよ」と言っています。

中村:そうなんですか!? それまた大胆な! 僕は本当に数学が苦手だったので、鶴田先生に習いたかったです。

鶴田:見るのも嫌な教科の勉強をやるなら、得意な教科の勉強をやっていた方が、本人のためになる。学校ですから赤点を取らない程度の学力が必要なので、それさえクリアしていればいいのです。ところで憲剛さんはどの教科が好きだったのですか?

中村:英語です。もともと得意でしたが、海外選手とコミュニケーションを取るには必要だと思っていたので、力を入れられたのかもしれません。しかし、内職OKにするとは大胆ですね。

鶴田:人それぞれ様々な考えがあることは理解していますが、私は今のところこれでよいと考えています。私の数学の時間に、世界史や日本史、古典の勉強をし続けた生徒や、自分の興味がある勉強に集中した生徒が、何人も東大に合格しています。

中村:とはいえ、東大の入試には数学の問題がありますよね?

鶴田:共通テストを突破できれば、国立の二次試験は、文系でも国語、英語、歴史系の教科の得点が高ければ、数学の点数が低くても合格できます。

勉強を後押しするのはモチベーションです。ある生徒は「好きな先輩とテニスがしたい」という一心で、下位の成績から東大に現役で合格しました。スイッチが入ってから1年もなかったと思います。

私は男子校でしか教えていないので、女子のことはわかりませんが、男子は最後の最後で成績が一気に伸びることが多々あります。

中村:それは僕も感じています。あまり目立った活躍をしていなかったけれど、ずっと努力を続けていた選手がポンと試合に出たときに、結果を出すとガラッと変わる瞬間があるんですね。そうなると、周囲の目線も変わりますし、何より自分の中に自信が生まれる。おどおどしていたようなところがなくなり、大胆かつ活発に動けるようになるのです。

鶴田:センスや元々の才能のようなものもあると思いますが、努力によりチャンスがもたらされ、「何か」を掴むことができる。

中村:環境も大きいですよね。進学校は周囲の生徒たちに向学心がある。そこで切磋琢磨することも影響しているのでしょう。スポーツも、向上心があり、上手な人と練習すると上達も速いです。チームメイト同士の摩擦や葛藤も成長を促します。各個人が課題に気づき、それを話しやすい状態に保っておくと、チーム全体で問題点の共有ができるようになってきます。

今の子どもは、教わることに慣れすぎている

鶴田:受験勉強もチーム戦に近いです。開成はいいチーム感が維持できているから、全体の結果が出ているのだと感じています。

憲剛さんは引退後、指導者、解説者ほかさまざまな活動をしていますが、僕が注目しているのは、小・中学生を対象にしたサッカー教室「KENGO Academy School」です。サッカーを通じて人間性を育てることを重視していますよね。

中村自分のプレーに責任を持ち、勝敗にこだわり、競争する心を育てたいと思いながらやっています。サッカーは11人しか出られないので、自分たちで勝手にヒエラルキーを勝手に作ってしまうところがあります。例えば中学校だと「3年が卒業しない限り、1年は試合に出られない」と選手たちは思ってしまいますよね。でも僕は「1年から、試合に出る」という志を育てたい。

ですから、前編で、「開成のクイズ研究部の2年生チームが『全国高校クイズ選手権』に出場し、優勝した」話が心に残っています。年齢や立場など、思い込みによるバイアスは成長を止めてしまう。それがあると気持ちで負けてしまう。

鶴田「どうせ無理」「自分にはできない」と思う気持ちは、害悪そのものです。

中村:僕はサッカー選手として、ハンデらだけのところから出発しています。そんな僕でも18年間、現役選手としてピッチに立ち、日本代表選手にもなりました。

鶴田:そんな憲剛さんが「日々、努力をしていれば、いつでもチャンスはやってくる」と言うのですから、説得力が違います。

中村:先日、野球の名監督として知られる、落合博満さんとお仕事でご一緒する機会があり、練習の質と量の話題になりました。落合さんは「量をやるから質が生まれるんだよ」とおっしゃっていました。百万の味方を得たような気持ちになりました。

鶴田:あの落合さんがそう言うなら間違いない! それと同時に、認められたり、共感されたりすることの大切さにも気づきます。

中村:指導する立場の人は、選手をよく見ることが大切になると思います。そして、ひたむきに取り組む選手を認め、基準に到達した選手にはチャンスを与えるべきです。選手はそれを掴み、自らの良さを生かしたプレーをすれば、才能や資質に恵まれていなくとも、能力を伸ばすことができますから。

鶴田:それは、勉強に限らず、仕事にも同じことが言えます。私も教師として成長し続けなくてはなりません。教えることは楽しいですし、生徒の特性や環境を踏まえて、その子がもっと楽しく生きられるように助言をしていきたい。

そのヒントを、憲剛さんの著書『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』(小学館クリエイティブ)からたくさんいただきました。

中村:ありがとうございます。心を強くするには自信が必要で、それこそ筋トレのように、小さな習慣をコツコツと積み上げるから向上するんです。

鶴田:ショートカットはできません。勉強やスポーツの参考書を見ると、タイトルに簡単、すぐできる、誰でもできるなどの文字が踊っていますが、実際は違います。

「わかった気」になるのと、「ものにする」のは違います。それにつけても、今の子は教わることに慣れすぎている。僕はあえて何も教えずに、自らの思考力を引き出したいとも感じることもあるんです。

中村:それはサッカーの指導の時も感じます。正解を求めるというか、失敗を恐れるというか…僕は積極的に行動し、失敗してほしい。そして多くを学んでほしい。

鶴田:親御さんも、子どもに任せて、何もしない方がいいと思うことも多々あります。本人が目標を決め、そこに向かって動く様子を見守ればいいのです。

ただ、我が子となると難しいのでしょうけれど、グッとこらえていただきたいとよく思っています。

中村:僕は少々、子どもたちに口を出しすぎてしまうところがあるので耳が痛いです(苦笑)。

ところで、鶴田先生は休みの日、何をされているのですか? 先生は、川崎フロンターレの年間パスをお持ちで、応援してくださるっていると伺いました。サッカー観戦をしていない時は、どんなことをしているのか教えてください。

鶴田:数学や子どもたちのことなど、本を読みながら思考を巡らしていることが多いです。やはり、仕事が好きなんです。仕事のことを考えていると、あっという間に時間が経ってしまうんです。

中村:ですよね(笑)。僕も練習が休みの日は、サッカーを楽しんでいましたから。

――2時間に及ぶ対談で、一貫していたのは「得意と好きを極めることに、臆してはいけない」と「目の前のことを突き詰めれば、将来の道が開ける」という力強いメッセージ。我が子の教育だけでなく、自分自身の今後の生き方にも、たくさんのヒントがあるはずです。

今、仕事や生き方に自信がない人は、あなたの「好きなこと」にぜひ取り組んでみてください。それがきっとあなたの心の扉を開くはずです。

こちらの記事ではサッカーと受験勉強の共通点やチームビルドについて伺っています。

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中村憲剛の「こころ」の話

中村憲剛×医師、異色コンビのメンタル本
「心って、一体なんだろう?」

そんな究極の問いを出発点に、サッカー元日本代表の中村憲剛さんが、人生における普遍的なテーマについて全力で考えました。それを1冊にまとめたら、みんなのメンタルを潤して、今日より明日がちょっと生きやすくなる人生の“処方箋”ができました。
サッカー選手×ドクター、異色のコンビが贈る新感覚のメンタル本です。

著/中村憲剛  監修/木村謙介  小学館クリエイティブ 1650円(税込)

プロフィール

中村憲剛|サッカー指導者・解説者
1980年東京都出身。中央大学卒業。‘03年に川崎フロンターレに加入し’20年に引退するまで所属。‘06年から5年連続でJリーグベストイレブン受賞。’06年に日本代表にも選出され、‘10年ワールドカップに出場。’16年にJ1史上最年長のMVPを獲得。‘17年’18年と川崎フロンターレを優勝へと導く。現在は指導者、解説者として活躍中。

プロフィール

鶴田知久|開成中学数学教師

1973年神奈川県出身。2001年東京大学大学院博士課程修了。博士(数理科学)。開成中学校・高等学校には1998年より講師、2001年より現職。これまで18年間担任を務め、生徒達の成長を見守ってきた。ゲートボール部顧問。シーズン中は毎週末スタジアムに行くほどの大のサッカーファン。川崎フロンターレのシーズンチケットを所持している。

 取材・文/前川亜紀 撮影/五十嵐美弥

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