開成の数学教師が中村憲剛さんの著書を読んで「これは生徒にも読んでほしい」と感激!それがご縁で対談してみたら、サッカーと勉強には共通点がたくさんあった!

受験生にとって勝負の夏。街やスマホ画面で見かける塾の広告には「夏は受験の天王山」「夏を制するものは受験を制す」などの煽り文句が踊っています。夏が終われば入試まであと半年。焦燥感が強くなる時期こそ、冷静に考えたいのは「勉強の意味」。なぜ苦しい努力を重ねるのかを「努力のプロフェッショナル」である元日本代表選手・中村憲剛さんと、東京の中高一貫校、開成中学校・高等学校の数学教師・鶴田知久さんに語り合っていただきました。

東大合格者数全国1位!開成の数学教師が愛読する中村憲剛の本

――この対談は、開成中学校の数学教師・鶴田知久さんが、中村憲剛さんの著書『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』(小学館クリエイティブ)を読み、「サッカーと勉強は同じだ」と感銘を受けたところから始まりました。

開成といえば、1982年から東大合格者数全国1位を維持し続けていることでも有名です。多くの小学生が志望する学校の代表格です。

元サッカー日本代表選手・中村憲剛さん

中村憲剛さん(以下・中村):中学受験が過熱傾向にあると報道されています。鶴田さんは中学受験の難関校、開成中学校で、激しい競争に勝った子どもたちを日々教えています。

鶴田知久さん(以下・鶴田):はい。実際に彼らに接していると、多くが勉強を苦しいとか努力とは思っていないんです。どちらかというと楽しんでいる。夢中になってやっている生徒が多いと感じます。楽しんでいる生徒ほど、結果的に成績が伸びていきます。

中村:その感覚、とてもよくわかります。僕はJリーグの「川崎フロンターレ」で18年間選手としてピッチに立ち続けてきました。日本代表の試合に出たときも、楽しんでいる時こそゴールが決まる。悩んだり考え事をしたり、迷ってしまうと結果は出せませんでした。

開成中学で数学を教える鶴田先生

鶴田:私は川崎フロンターレのファンで、長年、憲剛さんの試合を応援し続けてきました。憲剛さんが牽引して、チームが大きくなっていくことを肌で感じていました。

これまで、憲剛さんの著作や関連書籍(『ラストパス 引退を決断してからの5年間の記録』〈KADOKAWA〉、『バンディエラの矜持。川崎フロンターレと步んできた中村憲剛の軌跡』〈ぴあ〉ほか)を拝読してきました。中でも最も共感したのが、『中村憲剛の「こころ」の話 今日より明日を生きやすくする処方箋』です。読んだ後「これは受験勉強と同じだ」と直感したのです。心のあり方で、現在の行動が変わり、それが将来につながっていく。

中村:ありがとうございます。僕が心のあり方を重視しているのは、「今、この瞬間」の密度が自分次第で濃くも薄くもなるからです。加えて、心をいい状態に保っていれば、不安にとらわれたり、何かに悩んだりする時間が激減します。この本が、サッカーファンではない方や、ビジネスパーソンからも支持をいただいていると聞いて、嬉しく思っていました。まさか、開成の先生が読んでくださっているとは…、驚きました。

鶴田:勉強も仕事も、日々の積み重ねを続けることと、向上心の維持が難しい。人間は慢心しますし、手を抜くことを覚えるとそこに傾いていくものです。
しかし、憲剛さんは一切それをしていません。勉強とサッカーを両立し、中央大学に進学。大学サッカーでも活躍しました。

本を読み、憲剛さんが日々の努力と基礎練習を積み重ねてきたかわかりました。「サッカーが上手くなりたい」という一心があったとはいえ、練習が嫌だとか苦しいなどと思ったことはなかったんですか?

中村:それが全くなかったんです(苦笑)。僕は体が小さかったし、足も遅かったので、人一倍の努力が必要であることを、よく分かっていました。

また両親から「やってもやらなくてもいいが、責任を取るのは自分だぞ」と幼い頃から言われていたことも大きいです。他にも挫折やケガもあったので「どうすれば、はいあがれるか」を常に考え、実行していたので、余計なことが考えられなかったのかもしれません。

自信と成功体験があれば、東大に合格できる

鶴田:まさに、勉強とその先にある受験と同じです。私は正直、誰もが大きく成長する種を持っていると確信しています。それが花開いた延長線上に、東大合格などの結果があるのだと思います。

中村:え?そうなのですか!?

鶴田:ただ、現在の成績と自分の能力を分析したうえで「正しく」勉強を続ければ、です。苦痛を感じていたり、楽をしようと思っていては、合格できません。ただ、勉強は苦しいと思い込んでいる人が多い。それを払拭し、自信を育てるのは、成功体験です。

憲剛さんは、幼い頃からサッカーが上手で、小学校5年生で全日本少年サッカー大会に出場し、6年生のときに東京都少年選抜サッカー大会で優秀選手に選ばれるなど、成功体験がありますよね。

中村:小学生の頃の話まで…よくご存知で(苦笑)そうですね。成長する裏には成功体験が必ず存在しています。ただ、小6の冬に選抜選手の合宿に参加したとき、周囲の実力に圧倒されて、どん底を味わいました。行きは揚々としていたのですが、帰りに落ち込んで。そのままサッカーからも遠ざかりました。

鶴田:中学時代にサッカーから1年ほど離れ、それでまた戻ってきたのは、幼い頃の強烈な成功体験があったからですよね。

中村:それもあるかもしれませんが、戻ってこれたのはサッカーが心から大好きだという思いが強かったからだと思います

鶴田:勉強もそうなんです。開成に入ってくる子は、勉強が好き。加えて、「全国トップの学校に合格した」という成功体験による自信と強い自己肯定感がある。これが行動の原動力になるんですよ。

中村:なるほど。合格して終わりではなく、その先に立ちはだかる壁を乗り越え続けていく。それをストイックになりすぎず、楽しみながら続けることが大切なんですね。

鶴田:人生には常に「その先」がある。開成は勉強のイメージが強いですが、実際は部活も盛んで、行事も多い。また、多方向に伸びていく知識欲・探究心を、教員が応援する文化があります。
これは僕が5年前に中3の担任を持った時の話です。ある生徒が面談の際に「プログラミングの言語を新しく作りたい」と言いました。そして、今のプログラムのロスについて指摘してきたのです。

僕は面談で面白いことを言うな、と思いながら「どこまでできるか、楽しみにしているよ」と伝えました。すると、その生徒は夏休みに新しいプログラム言語を作り『U-22プログラミング・コンテスト』で経済産業大臣賞ほか4つの賞を受賞しました。

中村:22歳以下を対象にしたコンテストで、15歳がグランプリを獲得!想像もつかないほどの能力ですね。

鶴田:好奇心は途方もない結果をもたらします。そこから興味深い変化が起こりました。彼がこの賞を受賞したことで、クラス全体が活気付き、数学オリンピックの最終選考に残った生徒のほか、顕著な結果を残す子が続々と出てきたのです。

学校全体の話をしますと、それから数年後、クイズ研究部が『全国高校クイズ選手権』に出場し、優勝しました。そのメンバーは高校2年生のみだったのです。

中村:高3と戦って勝つ、すごいですね。一人の変化が、チーム全体に影響を及ぼすことはサッカーでもよく起こります。僕もそういう瞬間に立ち会ってきたからこそ、キャプテンとして雰囲気作りを意識していました。

鶴田:覚えていますよ! 2020年憲剛さんが引退する年の、川崎フロンターレの活躍は凄かった。三笘(薫)選手がプロ初のゴールを決めて、田中(碧)選手、旗手(怜央)選手、守田(英正)選手の動きが変わりました。多くの若手選手が活躍し、大怪我から復帰した憲剛さんがチームを牽引したのも後押しして、史上最速かつ最多勝点で優勝しました。あれは本当に胸を打たれました。

中村誰かが壁を越えると、「俺もやる!」と選手たちは潜在能力を発揮し始め、全体のレベルが上がっていく。その流れに乗るとチームは急速に力をつけていきます。ところで、学校外の活動で結果を残す子は成績もいいのですか?

鶴田:それが違うのです。好成績な生徒もいますが、その逆であることもあります。私たち教師は、実は成績にこだわっていません。学校生活を楽しく送ってほしいと全力でサポートするのみなのです。

 

ーー勉強もサッカーも「大切なのは楽しむこと」と語る、二人の話は尽きません。後編では勉強を「楽しめない」生徒が成績を向上する方法や、環境づくりについて、具体的な内容を紹介していきます。

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中村憲剛の「こころ」の話

「心って、一体なんだろう?」という問いを、著者と川崎フロンターレのチームドクターでもある医師・木村謙介さんが考察。トップアスリートは、体と心の両面を最高の状態に維持することが求められる。その思考法やメンタルチューニング術を解説。サッカーファン以外にも、読者層を広げる、心に“効く”一冊。

著/中村憲剛  監修/木村謙介  小学館クリエイティブ 1650円(税込)

プロフィール

中村憲剛|サッカー指導者・解説者
1980年東京都出身。中央大学卒業。‘03年に川崎フロンターレに加入し’20年に引退するまで所属。‘06年から5年連続でJリーグベストイレブン受賞。’06年に日本代表にも選出され、‘10年ワールドカップに出場。’16年にJ1史上最年長のMVPを獲得。‘17年’18年と川崎フロンターレを優勝へと導く。現在は指導者、解説者として活躍中。

プロフィール

鶴田知久|開成中学数学教師
1973年神奈川県出身。2001年東京大学大学院博士課程修了。博士(数理科学)。開成中学校・高等学校には1998年より講師、2001年より現職。これまで18年間担任を務め、生徒達の成長を見守ってきた。ゲートボール部顧問。シーズン中は毎週末スタジアムに行くほどの大のサッカーファン。川崎フロンターレのシーズンチケットを所持している。

 取材・文/前川亜紀 撮影/五十嵐美弥

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