生活保護とは
ニュースを見ていて、一度は生活保護という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか? ひょっとしたら将来、生活保護を利用する可能性がないとも限りません。日本には生活保護で暮らしている人がたくさんいます。「生活保護」という制度について、あらためて考えてみましょう。
お金に困っている人を助ける制度
生活保護とは、収入や貯金の少なさから生活苦に陥っている人を助ける制度です。病気やけがで働けなくなった人や、何らかの事情で働き口が見つからない人などを助けます。
生活保護は、保護を受けている人の置かれた状況に合わせて必要な保護を行う制度です。厚生労働大臣が定める最低生活費と収入を比較して、収入が最低生活費に満たない場合、不足分を保護費として支給します。そのため、保護を受けている人によって保護の内容は異なります。
生活保護制度は、日本国憲法第25条で保障されている「人間らしい生活を送る権利(生存権)」に基づいて作られました。「健康で文化的な最低限度の生活」を送れるようにサポートするとともに、保護を受けている人の自立を促す制度です。
生活保護が受けられる人の条件
生活保護は、お金がなくて困っている人すべてが受けられるわけではありません。収入がない、もしくは少ないこととあわせて、いくつかの条件をクリアしている必要があります。
生活保護を受けるために求められる条件は以下の通りです。
・資産の活用:すでに自身の貯金を取り崩したり、持っている不動産を売ったりしていること
・能力の活用:働く能力がある人は、できる範囲で努力をして収入を得ていること
・あらゆるものの活用:年金や児童手当などでお金を得ることができるのであれば、まずそれらを活用していること
・扶養義務者の扶養:家族や親戚から援助を受けられるのであれば、援助を申し入れていること
これら四つの項目をすべて行ったにもかかわらず、なおも生活が苦しいようであれば、生活保護を受けることが可能になります。
受けられる保護の内容
生活保護の申請が認められると受けられるのが「保護費の支給」です。保護費とは生活保護受給者に支給されるお金のことです。
厚生労働大臣が決める基準から計算された「その世帯が最低限の生活をするために必要なお金(最低生活費)」から、収入を差し引いた分のお金が保護費となります。
最低生活費を計算するために使われるのが、生活を営むために必要なサポートにかかるお金(扶助)の合計額です。扶助には「生活扶助」や「医療扶助」など8種類があります。
例えば「住宅扶助」は、毎月かかる家賃を決められた範囲内で支給するものです。また「教育扶助」では、義務教育を受けるために必要なテキスト代や文房具代などを支給します。
生活扶助については、「母子加算」や「児童養育加算」など8種類の加算があるため、当てはまる場合に支給額がアップします。
生活保護を申請するには
生活保護制度の基本を理解できた後は、生活保護を申請する方法もあわせてみておきましょう。申請方法の大まかな流れを知っておけば、いざというときに慌てる心配もありません。生活保護を申請する手順を解説します。
生活保護の申請手順
生活保護の申請手順は、「事前の相談」「申請書作り」「保護の申請」の順で行います。
申請を行うためにまず必要なのが事前の相談です。福祉事務所で生活保護制度の説明を受けます。あわせて、利用できる他の制度に関する説明も行われます。
次に行うのが申請書作りです。名前・住所・保護を申請する理由・収入の現状などを記載した「生活保護申請書」を作成します。その他にも「収入申告書」や「資産申告書」などが必要な場合もあります。
申請書を作成したら、福祉事務所に提出して保護の申請を行いましょう。申請を済ませた後は、申請者が生活保護を受けるにふさわしいかを調査します。
受給の可否が決まるのは申請から14日以内です。調査が難航した場合には、最長30日まで延びる可能性もあります。
受給決定後に必要なこと
生活保護は、「申請を済ませて受給が決定したらやることは終わり」ではありません。受給決定後もやることがあります。受給決定後にやることの代表が収入申告です。
生活保護を受けている間は、毎月、収入の状況を申告する必要があります。保護中にもらえるお金の額は受給者の収入によって増減するので、受給者の状況に合った保護を行うには、収入の把握が不可欠です。申告を怠ると、不正と見なされてしまう恐れがあるため注意が必要です。
生活保護を受給している期間中は、年に数回行われるケースワーカーによる訪問調査を受ける義務も発生します。訪問調査は、受給者の自立をサポートする上で重要です。
生活保護の現状
生活保護は日本社会の現状と密接な関係があります。生活保護の実情は社会を映す鏡といえるでしょう。生活保護の実情を解説します。生活保護の「いま」を知って、より理解を深めましょう。
生活保護を受けている人は全国に約200万人
厚生労働省が2024年7月に行った「被保護者調査(令和6年7月分概数)」によると、2024年7月時点で生活保護を受けている人の数は、約201万人となっています。世帯数では約165万世帯です。
厚生労働省が2022年6月に発表した「生活保護制度の現状について」によれば、生活保護を受給している人の数は、世界金融危機を契機に大きく増加し、2015年ごろにピークを迎えた後、なだらかに減少が続いています。
出典:生活保護の被保護者調査(令和6年7月分概数)|厚生労働省
:生活保護制度の現状について|厚生労働省
受給者の半分以上は65歳以上の高齢者
厚生労働省が発表した最新の「被保護者調査(令和6年7月分概数)」によると、2024年7月時点で生活保護を受給している人の55.3%が65歳以上の高齢者です。この割合は2020年の52.0%から増加しており、高齢者の生活保護依存度が高まっていることが分かります。
高齢者が生活保護を受給する主な理由として、年金収入だけでは生活費を賄えない現実があります。総務省の「家計調査報告(2023年平均結果)」によれば、65歳以上の無職の夫婦世帯では、毎月約3万7,916円の赤字が発生しています。
標準的な厚生年金(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む)が月額23万483円であることを考えると、多くの高齢者世帯にとって年金だけでの生活維持が困難であることが推測されます。
また、高齢者世帯間の経済格差も生活保護受給の一因となっています。貯蓄額3000万円以上の世帯が10.8%ある一方で、貯蓄がまったくない世帯も15.1%存在します。この格差により、予期せぬ支出や長期的な生活費の補填が困難な高齢者が増加し、結果として生活保護に頼らざるを得ない状況が生まれています。
出典:家計調査報告(家計収支編)2023年(令和5年)平均結果の概要|総務省
新型コロナウイルスの流行で申請者が増加
厚生労働省が2019年から2022年までに行った「被保護者調査 月次調査(確定値)」によると、2019年まで着実に数を減らしてきた生活保護の申請件数が、2020年からは増加に転じました。保護の申請件数(1カ月平均)が、2020年から3年連続で増加しているのです。
申請件数が増加した原因として考えられるのが、「新型コロナウイルスの流行」です。新型コロナウイルスの流行による不景気の影響を受け、仕事を失ったり収入が大幅に減少したりして、生活苦に陥る人が増えたためと考えられています。
ただし、申請数は増加したとはいえ、その伸び率は予想を下回っていたといわれています。支援が必要な人に支援が届かなかった可能性が高いといえるでしょう。
出典:被保護者調査 2019年度被保護者調査 月次調査 結果概要 結果概要 年度次 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
:被保護者調査 令和4年度被保護者調査 月次調査 確定値 結果概要 結果概要 年度次 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
もしベーシックインカムが実現すると生活保護は廃止される?
新型コロナウイルスの大流行により制度化を願う声が高まったのが「ベーシックインカム」です。ベーシックインカムとは、全ての国民や住民に対して生活に必要な最低限の金額を支給するシステムです。
ベーシックインカムの実現にはかなりの財源が必要なため、もし実現すれば、生活保護をはじめとする既存の社会保障制度は廃止になる可能性が高いといわれています。
ベーシックインカムはすべての国民や住民が等しくもらえるお金です。もし生活保護に代わって導入されれば、「公的な支援を受けることへの罪悪感」は消えると見られます。
しかし生活保護がなくなれば、税金の免除が受けられなくなるため、生活保護を受けていた人の経済的な負担が増える可能性が指摘されています。
ただし、ベーシックインカムは現時点で実現される見込みはないため、今すぐ生活保護受給者の生活が変わる心配はないでしょう。
▼ベーシックインカムについてはこちら
生活保護のメリットとデメリット
生活保護は、収入や貯金がなくて生活に困っている人にとってメリットが多い制度です。ただし、生活保護にはデメリットもあります。生活保護を検討する際は、メリットとデメリットを理解した上で、受給すべきかどうかを判断する必要があるでしょう。
生活保護のメリットとデメリットを解説します。
メリットはさまざまなものが無料になること
生活保護のメリットはお金を受け取れるだけではありません。本来なら払うべき費用が無料になるのが大きなメリットといえます。
保護を受けると無料になるものは以下の通りです。
・所得税や住民税などの税金
・国民年金の保険料
・NHKの受信料
・医療費や健康保険料
国民年金については、支払いを免除されている期間があると、その分だけ老齢基礎年金が減額されます。生活保護をやめ、払っていなかった分の保険料を納めなければ、将来もらえる年金の額が減ってしまいます。
デメリットは生活する上で制限が多いこと
生活保護のデメリットといえるのが、生活していく上で課せられる数々の制限です。
生活保護を受給中は、自由に資産を持つことができません。例えば生活保護受給中に不動産を相続した場合には、「不動産を売ったお金で生活できる」と判断され、生活保護は打ち切られてしまうでしょう。
自由に住む場所を決められないのも生活保護を受けると強いられる制限です。家賃補助として支給される金額には上限が決まっているため、家賃が上限を超える賃貸住宅には住めません。
その他にも「自由にお金を使えない」「クレジットカードが作れない」などの制限があります。
生活保護が抱える課題
生活保護はさまざまな問題を抱える制度でもあります。支援を求める人にきっちりと生活保護を行き渡らせるには、立ちはだかる課題をクリアにしていく必要があるといえるでしょう。生活保護制度がはらんでいる課題を四つ紹介します。
本当に必要とする人に届いていない
生活保護が抱える課題を考える上で、真っ先に改善すべきは、困っている人全てに生活保護が届いていない現状です。
生活保護を受ける権利がある人のうち、実際に制度を利用できている人の割合(捕捉率)は、20~30%といわれています。生活困窮者の多くは、生活保護を受けずに苦しみ続けているのです。
生活保護が必要な人に届かない理由として考えられるのが、生活保護制度を知る機会がないことです。生活保護制度の詳細は学校では教えてくれません。そのため、自分が生活保護を受けられると知らないままに苦しんでいる人がいると指摘されています。
また、生活保護に対して根強い偏見がある事実も、生活保護が必要な人に届かない理由の一つといえるでしょう。「生活保護を受けるのは恥ずかしいこと」「生活保護を受けるのは甘え」と思い込み、申請に至らないケースが見られます。
出典:不正受給は0.29パーセント。誤解の多い生活保護制度の正しい知識を識者に聞いた| 日本財団ジャーナル
不正受給がなくならない
支援が必要な人に生活保護が届かない事実がある裏で、生活保護の不正受給がなくならない現実もあります。
不正受給とは、申告すべき収入や資産を隠したり身分を偽ったりして、受給者に与えられるお金を受け取る行為です。不正受給が発覚した場合には、不正に受給した分のお金の返還が求められ、保護の変更・停止・廃止が行われます。
厚生労働省が2023年1月に発表した「全国厚生労働関係部局長会議資料」によれば、2021年に発覚した不正受給の件数は約2万8,000件です。「生活保護=不正受給が多い」とのイメージを持っている人がいますが、不正受給の割合は件数ベースでほんの数%といわれています。
わずかな件数しかない不正受給が、生活保護の制度としての信頼性を脅かしているとともに、生活保護のイメージダウンをも引き起こしているといえるでしょう。
出典:全国厚生労働関係部局長会議資料(令和4年度 詳細版資料)|厚生労働省
生活保護をやめて自立するのが難しい
生活保護を一度利用し始めてしまうと、そこから抜け出して自立するのが難しいといわれています。
生活保護からの自立が難しいとされる理由として考えられるのが、収入が増えると保護中にもらえるお金の額が減ってしまうことです。働き出したとしても、今、受給者としてもらっている金額に丸々上乗せする形で収入が手に入るわけではないので、働き損と考えてしまうケースがあります。
生活保護を受給しているときと同じ生活をするには、想像以上の収入が必要である事実も、生活保護からの自立が難しい要因の一つです。生活保護から脱却するには、生活に必要な費用を工面するだけでなく、国民年金保険料や税金を納めるためのお金も必要です。
受給したくても窓口で断られるケースがある
生活保護を受けることは、生活苦に陥っているすべての国民に与えられた権利にもかかわらず、窓口で申請を断られてしまうケースが存在します。生活保護の受給を希望する人を追い返す行為は、「水際作戦」と呼ばれています。
生活保護を受給できるかどうかは、申請後に行われる調査によって決まるため、窓口の段階で受給の可否は決まりません。しかし実際には、窓口で「あなたは条件に当てはまらない」などといわれ、申請させてもらえないケースがあるのです。
水際作戦に遭わないようにするためには、申請時に付き添いを頼むのが有効といわれています。弁護士や生活困窮者を支援する団体に付き添いを頼むとよいでしょう。
生活保護の受給は貧しさに苦しむ人全てに与えられた権利
生活保護から縁遠い生活を送っている人にとって、生活保護制度は「好ましくないもの」と受け止められているかもしれません。しかしその思い込みが、本当に支援を必要とする人の足を申請窓口から遠ざけてしまっている可能性があります。
生活保護の受給は、生活苦に陥っている国民全ての人に与えられた権利です。この事実を忘れてはならないといえるでしょう。
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構成・文/HugKum編集部