「ギフテッドのような武器を持たない子」を映画に出したかったーー。キラキラなしモヤモヤいっぱいの超リアルな家族映画、『劇場版それでも俺は、妻としたい』

テレビドラマとして放送された『それでも俺は、妻としたい』(2025年1月~3月)に未公開シーンを加え、再編集した劇場版ディレクターズカットが2025年5月30日(金)から劇場公開されました。ストーリーや設定は足立紳監督のほぼ実話だという本作。監督が作品に込めた想いやご家族についてお話を聞きました。

監督の自伝小説が原作! 「妻からは意外な反応」

---自伝小説を書くきっかけは何だったのでしょうか? また、モデルとなった妻の晃子さんは作品に対してどのような反応をされましたか。

僕の作品を観てくださっていた出版社の方から、「小説を書いてみませんか?」と声を掛けていただいたときに、妻のことを書こうと思ったのがきっかけです。妻が面白い人だと思っていたので書いていたら、自分のことも書いていて、気がついたら夫婦の話になっていました。

妻にはモデルにしたことを伝えていなくて、書き終わってから読んでもらいました。僕が心の中で思っている正直なことも告白していたので、初めて見せたときはもしかしたら離婚されちゃうかも……と心配していました。でもそれが、すごく意外な反応で「瑞々しい」という言葉が返ってきて、驚きました。汚らわしい部分も書いているので、どういうことだろう? と思ったのですが、妻は自分がモデルになっていると感じなかったようですね。自分のことを客観視できていないんだなって、僕は思ってしまったんですけど、それを言うと怒るので(笑)。

息子は自閉スペクトラム症。映画にもリアルな子どもを出したかった

---家族のキャラクターには、どのような想いを込められたのでしょうか?

映画に出てくる主人公・柳田豪太の息子(太郎)は、療育に通っていて、ちょっと不登校気味の小学生という設定なんですけど、じつはうちの息子も自閉スペクトラム症なんです。ドラマや映画でそういう子が描かれることはありますが、どうしても“ギフテッド系”が多いんですよね。何かひとつすごく秀でた才能があって、後々それがすごい大きな武器になるパターンなど……。でも、現実には特に目立った“武器”がない子のほうが多いと思うんです。だからこそ、そういう子たちにも、ちゃんとドラマや映画の中に出てきてほしいなと思っていて。太郎という役には、そういう気持ちを込めました。

---太郎くんを演じた鉄太くんの演技がとてもリアルで引き込まれました

太郎役の嶋田鉄太くんは、たぶん同じ演技を2回やるのは難しいタイプだろうと思いました。でも、「この子がこのままの感じで演技できたらすごいな」と、彼をオーディションで見たときに思ったので、決めました。
彼自身も、あんまり学校が好きじゃなかったみたいで、ちょっとうちの息子と似ているところがあるなと思いました。

うちの息子が学校に行かないときは現場に来ていたんですけど、鉄太くんとすごく仲良くなってやっぱりどこか、似たような雰囲気があるんだなと感じました。

たまたまスタッフのお子さんで不登校気味の子も現場に来たりして、子どもたちが遊んだりする現場だったので、それがもしかしたら鉄太くんの芝居にもいい影響を与えてくれたのかもしれないなと思っています。

―――親子の関係を描くうえで、こだわった部分はありますか?

作中で太郎は「どぶろっく」が大好きで下ネタをずっと大声で歌っているのですが(笑)、豪太は世間的に良いと言われているものを見せようとするところがあります。これは僕自身もそうですが「好きにさせておけばいいのに、つい口を出してしまう」ことってありますよね。そういう、親としての葛藤やちょっとした矛盾のような部分も入れたいなと思って描きました。

「たまたま一緒に暮らしている」家族のカタチ

ーーー監督にとって家族とはどのような存在なのでしょうか?

家族について、あまり深く考えたことはないのですが、夫婦っていうのは最初はお互いに好きになって一緒にいることを選んで、同じ空間で過ごす関係ですよね。でも、子どもに関しては、本当に「たまたま一緒に暮らすことになった存在」だと思っています。子どもたちにとっても、親を選んだわけじゃないし、僕ら親からしても、どんな子が生まれてくるのかなんてまったくわからない。生まれる前はなんとなく、「ドラマや映画に出てくるような子かな」なんて想像していましたけど、やっぱり現実は違っていて。兄弟にしても、同じ親から生まれて、同じように育てているつもりでも、性格や感じ方は全然違う。

それも含めて、本当に“たまたま”なんだなと思うんです。もちろん、どうしたってわが子は可愛いです。でも、「この子がいい」と選んで一緒に暮らしているわけじゃないんですよね。だから、うまくいく組み合わせもあれば、うまくいかない場合もきっとあるんでしょうね。そう考えると、家族って、本当に“たまたま一緒にいる人たち”っていう感覚に近いんじゃないかなと思います。

「ぶつかり合いながらも会話をすることの大切さ」作品を通して感じる夫婦の関係

ーーードラマとはまた違った、映画ならではの見どころを教えてください

ドラマを2時間に編集していく中で、改めて気づいたことがありました。それは、この夫婦、一見すると喧嘩ばかりしているように見えるんですけど、実はずっと会話をしているんですよね。たわいもないやりとりや、不毛に感じられるような会話かもしれないけれど、1対1で話す時間がとても長い。そこに気づいたとき、「向き合って会話をするって、やっぱり大事なことなんだな」と感じました。

映画では、ドラマよりもいろいろなシーンを削っていったことで、結果的に家の中のシーンがぐっと増えたんですよね。閉じた空間の中で、嫌でもお互いに向き合わざるを得ない。そこにはもちろん、うまくいかない人間関係のあり方も見えてくるけれど、それでも話をする。喧嘩になってしまっても、とにかく話す。そうやってぶつかり合いながらも、言葉を交わすことの意味を、改めて考えさせられました。

自宅での撮影が映し出す、ありのままの夫婦の距離感

ーーー夫婦のキャスティングでこだわった部分はありますか?

MEGUMIさんに関しては、小説を書いている段階から「妻の役に合うのは彼女だろうな」と思っていました。実際に演じてもらって、想像以上でしたね。というのも、MEGUMIさん自身、子育ての経験や苦労をされてきたので、その“母親っぽさ”というか、言葉では言い表しにくい空気感のようなものがすごく自然に滲み出ていて。たとえば、「早く用意しなさい」みたいな、なんてことのない一言からでも、生活のリアルさがぐっと伝わってくるんです。

それが意識的な演技なのか、それとも彼女の中に積み重なってきた“母としての経験”が無意識のうちに出ているのかはわかりません。ですが、そういった家庭の雑然とした、リアルなやりとりの空気をちゃんと纏っていて、本当に素晴らしいなと感じました。

主人公である柳田豪太役は、自分自身がモデルということで誰にやってもらったらいいのか悩んだのですが、風間俊介さんの雰囲気とはきっと合うだろうなと思いました。風間さんはテレビ番組の司会などもされていて、発達障害をテーマにしたような番組にも関わっていて、いろいろな知識や理解を持っている方なんです。

豪太を演じるうえで、それを「知ってますよ」と押し出すわけではなくて、「わかってますよ」的な物言いになる(笑)。それが、豪太というキャラクターの“ちょっと小賢しいところ”にうまく重なってきて。「わかってる風」に話して、でも実は何もわかっていない、みたいな。そういう物言いが、チカ(妻)をイライラさせる要素として、すごく効いているんです。

現場でおふたりのお芝居を観ていて、「ああ、豪太ってこういう人間だったんだな」と自分でも改めて気づかされました。いやもう、この奥さん(チカ)には、そりゃ叩かれまくるよなって(笑)。そんなふうに思えるくらい、すごく説得力のあるキャスティングになったと思っています。

---撮影は自宅で行われたそうですね

自分たち夫婦がモデルなので、それなら自宅で撮るのがいいだろうと。家族が実際に生活している場所で日常的にどう動いているか、その“動線”が自然と見えることで、よりリアリティが増すだろうなと考えて自宅で撮ることに決めました。

答えなんてない。それでも日々は続いていく「観た人が“自分も頑張ろう”と思ってもらえるような作品を届けたい」

ーーー子育てもなかなか終わるものではなく日々続いていきますね

本当にうちの息子みたいな子も、新たなステージに行けばまたいろんな問題が起こります。療育やスクールカウンセラーなどを作品の中でも出しましたけど、もちろんものすごく親身になってくださって、大人の方も気持ちを吐き出せたりすることはもちろんあります。でも、その最後の締めくくりは「様子を見ていきましょう」みたいな感じになるんですよね。これっていつまで様子を見るってことなのか、もしかしたらそのまま人生って閉じていくのかもしれないなって思ったりもしますからね。だから様子を見るってただ見守るだけではなく、子どもや親がしたいことをしていていいと思うんです。

---この作品を通して伝えたいこと、作品づくりで意識していることを教えてください

ドラマや映画の中で何かひとつのカタチとして答えを出した方が、観ている側は気持ちがいいということはあるのかもしれません。でも、その気持ちの良さを感じても観終わって3分くらいたったら、また日常生活に戻らなきゃいけないじゃないですか。

それより僕は、映画やドラマの中の登場人物もモヤモヤしたまま日々が続いていくように、このスクリーンやテレビの向こう側の人物も頑張っているんだから、まあ自分も頑張ろうかなというような、力を与えられる感じのものを作りたいなと思っています。

「本当にこれも実話なの!?」不器用だけど、愛おしい夫婦の物語

『劇場版 それでも俺は、妻としたい』
【ストーリー】
柳⽥豪太、42歳。売れない脚本家で収⼊もなく、浮気するような勇気もなければ⾵俗に⾏くような⾦もない。性欲を処理するためには妻とするしかないのだが、妻のチカにお願いすることが空よりも⾼いハードルとなっている。⽇中働いているチカの代わりに不登校気味の息⼦・太郎の⾯倒を⾒ているが、それもチカには「当たり前だろうが」と⼀蹴されてしまう。豪太はあの⼿この⼿を使ってセックスしようと奮闘するが、チカはそんな豪太をとことん罵倒する。「したい」夫と「したくない」妻、夜の営みをめぐる攻防戦の結末やいかに……。

【作品詳細】
『劇場版 それでも俺は、妻としたい』
公開日:2025年5月30日(金)
監督:足立紳
出演:風間俊介、MEGUMI
エンディングテーマ:どぶろっく「ずっとずっと、ありがとう。」(TEICHIKU ENTERTAINMENT)
配給:東映ビデオ

公式サイトはこちら

©「それでも俺は、妻としたい」製作委員会

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取材/やまさきけいこ

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