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「本物体験」を求め、親たちが子どもを託す場所
もっと自然に触れさせてあげたい。スマホやゲームを手放して、友だちと思いっきり遊んでほしい。新しいことにチャレンジして、たくさんのことを学んでほしい──。このような願いを持つ大勢の親たちが子どもを託す場所が、宮城県石巻市にある。
モリウミアス。2015年夏、石巻のなかでも奥地にある海と山に囲まれた静かな町、雄勝にオープンした「循環する暮らし」を体験する施設だ。1923年に設立された小学校の木造校舎をリノベーションした施設で、小学生から中学生までの子どもたちが親元を離れて寝泊まりし、豊かな自然とそこに生きる人の生活に密着したプログラムに参加する。
例えば、農家さんと一緒に野菜や米を栽培、収穫する。漁師さんの船に乗って魚介類を水揚げする。子ども用に特注された包丁を握って、地元で採れた野菜や魚介を捌く。かまどで火を起こして、ご飯を炊いたり、ピザを焼く。モリウミアスで飼われている豚、鶏、山羊のお世話もする。周囲の森を歩いて調達した間伐材は、お風呂を沸かす燃料になる。施設の排水は自然浄化され、残飯は動物のエサや肥料になり、動物の糞も堆肥化する。
参加する子どもの6割がリピーター
こうした「循環する暮らし」を学ぶために、年間約1500人が雄勝を訪れる。参加する子どもの6割が、リピーター。子どもの職業体験施設キッザニアの創設メンバーで、東日本大震災後の復興支援を経てモリウミアスを立ち上げた油井元太郎さんは、こう語る。
「ここに滞在した子どもたちはよく『生きる力の意味がわかった』とか、『頂きますという言葉の意味がわかった』と言います。1週間滞在すると、目に見えて変わりますね」
5000人の手でリノベーションされた木造校舎
6月某日、僕はモリウミアスに向かった。6人の大人、3歳児と4歳児ふたり。以前に油井さんの取材をさせてもらった縁で声をかけてもらい、1泊2日のメディアツアーに参加したのだ。モリウミアスは小学生から中学生を対象にした施設ながら、今回は特別に未就学児を連れてくることができた。
仙台駅からバスに乗っておよそ2時間、到着したのは「雄勝ローズファクトリーガーデン」。まずはここでバラをはじめたくさんの花々を植え、育てている徳水利枝さんの話を聞く。もともと雄勝在住で、園芸の素人だった徳水さんは、東日本大震災による津波で雄勝の家々があらかた流されてしまったその寂しい空間を埋めるようにして花を植え始めた。
東日本大震災の経験を語りつぐ
すると一緒に植える人、手伝ってくれる人、ガーデニングを教えてくれる人、花を提供してくれる人が増えていき、気づけば立派なガーデンになっていた。最近、雄勝唯一のカフェスペースもできて、地元の人にとっても憩いの場になっているという。
モリウミアスでは、このガーデンに子どもたちを連れてきて、徳水さんに話を聞く時間を設けている。今回、ちびっこ3人は退屈そうにしていたけど、小中学生なら徳水さんが見せてくれる、雄勝エリアの震災前の写真と今を比較して何かを感じるはずだ。
その後、ランチ休憩をはさんでモリウミアスへ。「サステイナブルに生きる力を育む、循環型の暮らしを学ぶ場を作りたい」という油井さんの想いに共感したボランティアのべ5000人の手でリノベーションされた木造校舎が、静かに僕らを迎えてくれた。
「子どもこそ本物を体験すべき」という熱い思い
モリウミアスがオープンしてから、間もなく丸4年。現在は子どもだけで宿泊する7泊8日のプラン、 を提供していて、募集の告知が始まるとすぐに満員になるほどの人気だ。7泊8日のプランなら交通費別で10万円以上と決して安くないが、それだけの価値を認めている親が多いということだろう。
今回、たった1泊2日ながら大人計6名、未就学の子ども3名でメディアツアーに参加して、モリウミアスのプログラムに子どもたちを送り出す親たちの気持ちがわかった。
キッザニア時代から、「大人が見下すほど子どもは幼くない。子ども騙しは通用しないし、11個の2段ベッドは、薬品を一切使わずに自然乾燥させた木材で家具を作る北の住まい設計社にオーダー。食堂のテーブルやイスもワイスワイス社の国産材の家具を使っている。子どもたちが調理体験で使う包丁は、鳥取県の大塚刃物鍛冶が子どもの手のサイズに合わせて作ったものだ。
と感じていた油井さんは、設備にも徹底的にこだわった。教室のひとつを改装した子どもたちの宿泊部屋にあるの古さが味となり、凛として見えるのも、細部に至るまで本物を志向するモリウミアスだからだろう。
体験プログラムも当然、「お遊び」じゃない。冒頭に記したような土、海、風、植物、動物に触れる大人が本気で作ったプログラムは、子どもを飽きさせないようだ。
スマホやゲームと無縁の1週間
「スマホやタブレット、ゲーム機は、ここについたらお預かりして使えないようにしています。でも1日中やることが満載で夢中になっているので、子どもたちの間でスマホやゲーム、親がどうこうという会話自体、ほぼないですね。1週間滞在して、途中で帰りたいと訴える子も過去にほとんどいません」
▼子どもたちが作る食事
今回、モリウミアスでは3歳児と4歳児ふたりのために難易度を落としたプログラムを用意してくれた。それは、彼女たち(たまたま3人とも女の子だった)にとって、というより、親にとってドキドキの内容だった。
僕らが油井さんから話を聞いている間、子どもたちはスタッフさんと一緒に夕飯づくり。地元で獲れた鮭を包丁でカットしたり、肉団子を丸めたり、マッチで火をつけて飯盒炊飯でご飯を炊いたり。普段、親が「危ない」とか「汚れる」とかなにか理由をつけて遠ざけてしまいがちなことを、子どもたちは何の躊躇もなく、真剣な表情で取り組んでいる。
ちなみに、僕の娘は肉団子をうまく丸められなくて、不貞腐れていた。そこでスタッフさんが「じゃあ、小さいの作ってみようか?」と指先に乗るような肉団子を作って見せると笑顔を浮かべ、また手を動かし始めた。
海産物や野菜も地場のものにこだわる
その日の夜と朝、ホヤやウニなど地元の海産物や地元で採れた野菜とともに、3歳と4歳の子どもが作ったものが食卓に並んだ。大人たちが「美味しい!」と言った時の、彼女たちの誇らしそうな表情は、普段、なかなか見ることができないものだった。油井さんはこう指摘する。
「
家でも学校でもない場所、自然の中で自ら感じて、考えて行動するというのはすごく大切な時間ですよ」学校では教わらない体験を提供
確かに、親は子どもといるとついつい、あれこれと指示してしまう。無意識であれ、良かれと思ってのことであれ、そうすることによって子どもたちは「体験の機会」を失っている。例えば2日目、漁師さんの船に乗ってホヤの養殖場に向かった時、船から身を乗り出して海を見つめる子どもたちを「危ない」と止めたくなった。
でも、海の上で風を感じて気持ちよさそうな子どもたちを見て、ふと思う。
、見守り役。危険がないように十分に気を配るけど、あれはダメ、これはダメとうるさく口は出さない。それが子どもたちをどれだけ解放し、成長させるのか。今回、ボランティアスタッフとして参加してくれたSさんは、娘さんが小学2年生の時から、毎年1週間のプランに参加させている。
「学校では教わらないことを体験するので、それが自信にもなって、いろんなことにチャレンジしようという前向きな気持ちになって帰ってきます。違う年代と同じ生活をするので、特に上の子たちを憧れの存在としてみていて、振る舞いも大人びてきますね」
Sさんの話に、油井さんも頷いた。
「ここで一週間過ごすと、自分でやっていいんだ、やれるんだと感じたり、失敗を乗り越えて自信を掴んだり、
すごくいきいきとして、 」都会にはない多様性。外国人スタッフも多い
モリウミアスのもうひとつの特徴は「多様性」。子ども向けの自然体験を提供している施設は日本各地にあるなかで、油井さんはこの多様性こそ、大きな価値のひとつだと話す。
今回、驚いたのは外国人のボランティアスタッフが4人もいたことだ。モリウミアスはアメリカの大学と提携していて、定期的に学生がインターンシップにやってくる。さらに、アーティスト イン レジデンスも実施している。子どもたちとワークショップをすることを条件にアーティストを受け入れていて、世界中から応募があるそうだ。
モリウミアスのスタッフも、元中学校教員もいれば、
もいる。地元の農家さんや漁師さんも食材を届けに来たり、子どもたちに話をしにきたりするから、まさに「多様」な人たちが入り乱れているのが、モリウミアスだ。モリウミアスでの交流が将来の種に
油井さんがある保護者から聞いたという話は、この多様性の効果をよく表している。中学生の時、モリウミアスのプログラムに参加していた男の子が、高校に入って突然、「留学したい」と言い始めた。たまたま以前モリウミアスで一緒だった子が英語が得意で、滞在中、外国人のインターンやアーティストとほかの子どもたちの会話を通訳した。男の子は年下の子が英語を流ちょうに話している姿を目の当たりにして、悔しさを感じると同時に「自分も英語を学んで、話せるようになりたい」と思ったのが理由だった。
「
これだけいろいろなバックグランドを持つ人が一同に会しているところって、 自然のなかで年齢、性別、国籍、仕事がバラバラの人たちと同じ場所で何かを感じたり、表現したり、みんなで考えを 」豊かな未来を築くために
油井さんは「こに来ても、すぐにテストの点数が上がるとか、急に運動神経が良くなることはない」と笑う。でも、モリウミアスでの体験が未来につながると信じている。
「テクノロジーの発展で世の中はますます便利になり、人と自然の距離はひらいていくでしょう。世界ではどんどん人口が増えている一方で、自然が失われています。
それが、サステイナブルで豊かな未来を築くヒントになるはずです」MORIUMIUS(モリウミアス)
東日本大震災によって町の8割が壊滅した石巻市で、地域の復興への想いから、廃校を学び場として生まれ変わらせ、スタート。
こどもたちの好奇心と探究心を刺激する複合体験施設として、アクティビティや多種多様な交流を提供している。
取材・文/川内イオ
1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て、現在はジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。記事やイベントで稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。