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始まりはお父さんの愛ある“無茶振り”!?

― 大人でも音を上げそうな試験ですが、挑戦しようと思ったきっかけは何ですか?
景裕くん:お父さんに勧められたからです。
お父さま:私と妻は化学メーカーに勤めていて、自分たちも受験した経験があったので、試験の難易度や全体像がなんとなく分かっていました。「この試験なら、小学生の息子が段階を踏んで挑戦していくのに、ちょうどいい難易度のステップになるんじゃないか」と思い、提案してみたんです。
― 景裕くんは、勧められてすぐに「やってみよう!」と思ったのですか?
景裕くん:はい。ちょうどその頃、テレビのニュースで、中学3年生で危険物甲種に合格した人がいるニュースを見ました。それで、「その最年少記録を塗り替えたい!」と思ったのもあります。
― 危険物取扱者試験はいくつかの種類に分かれていて、合格までの道のりもかなり複雑だとお聞きしました。どのようなスケジュールで進めたのでしょうか?
お父さま:危険物取扱者には「甲種」「乙種」「丙種」があります。最難関の甲種を受験するためには、乙種の1類から6類までの最低4つに合格しなければなりません。資格の勉強は景裕が小3のときから、まずはガソリンや軽油などを扱う乙種4類の勉強から始めました。

― スケジュール表を拝見すると、最初から順風満帆だったわけではなく、不合格も経験されていますね。
お父さま:そうなんです。小学3年の3月に大分県で受けた最初の試験は不合格でした。やっぱり小学生には難しくて、一発クリアとはいきませんでしたね。でもあきらめずに勉強を続けて、小学4年になった6月に宮崎県での試験でようやく合格。そこからは、残りの乙種を順番にクリアしていきました。
ただ、地元の大分県だけだと年に受けられる試験回数が限られているので、スケジュールを合わせるために、隣の宮崎県でも受験しました。約2年をかけて、小学5年の11月に最後の乙種1類に受かり、甲種への切符を手に入れたんです。
― 2度目の甲種試験では、あと1問に泣いたそうですね。

お父さま:はい。実は乙種をすべてそろえる前、小5の6月に初めて甲種を受けたのですが、そのときは全く歯が立ちませんでした。その後、11月にしっかりと対策をして改めて臨んだのですが、今度は合格ラインにあと1問足りず不合格。このときは本当に親子で悔しい思いをしました。
でも、ここであきらめるわけにはいかないと。「絶対、次で合格する」と親子で覚悟を決めました。そこからの数か月が、これまでの中でいちばん親が深く関わった時期です。間違えた問題を徹底的に分析し、苦手なポイントを一つずつ潰していきました。私のこれまでの受験経験や専門知識も総動員して、景裕が「あと1問」を確実に正解できるように、二人三脚でラストスパート。その結果、2026年3月の試験で合格をつかみ取ってくれました。
景裕くん:自分の合格番号を見つけたときはホッとしました。
2000時間の猛勉強。投げ出したくなることも

― 最初は、乙種の試験からスタートしたと伺いましたが、小学校で習う理科とは、レベルがまったく違ったのではないでしょうか?
お父さま:「これ、何て読むの?」というところからのスタートでしたね。危険物の試験には「法令」の分野もあるのですが、小学生には馴染みのない漢字や表現が並びます。そのため、最初は理科の勉強というよりも、漢字や言葉の暗記、そして中学レベルの元素記号を覚えることから少しずつ進めていきました。
― 読めない漢字や専門用語が出てきたとき、景裕くんはどうやって解決していたのですか?
景裕くん:インターネットを使って、分からない漢字は手書き入力で意味や読み方を検索しました。あとは、お父さんやお母さんに聞いたりして、ひとつひとつ言葉を覚えていきました。
お父さま:小さい頃から、妖怪ウォッチの漢字などを自分で調べていたので、分からないことを調べる習慣がついていたのはよかったですね。
― 乙種を次々と取得し、いよいよ最難関の甲種へと進みました。景裕くん、勉強の中で最も大変だったことは何ですか?
景裕くん:計算問題がいちばん難しかったです。
お父さま:甲種になると、物理や化学の計算問題のレベルが一気に上がります。小学生が算数で習う範囲をはるかに超えて、因数分解や、高校数学で習う対数の計算まで出てくるんです。そもそも数学の基礎ができていない状態でしたから、まずは計算のルールを理解するところから始めなければなりませんでした。
― それは、並大抵のことではないと思います。お父さまはどのように指導されたのでしょうか。
お父さま:参考書の解説は、ある程度の理数知識がある大人向けに書かれているので、子どもが読んでも理解できません。ですから、分数のかけ算・割り算といった基礎中の基礎から、一個一個かみ砕いて教えました。
でも、危険物取扱者の試験で出題される計算問題には、いくつかの決まったパターンがあります。その数種類あるパターンを景裕に何度も解かせることで、解き方のコツを体で覚えてもらうようにしました。
景裕くん:難しくて全然解けなかった計算問題が、ひとりでスラスラ解けるようになったときは、すごくうれしかったです。
3歳から一人でドリル。4歳でかけ算まで
― お父さまがずっと横について勉強を見ていらしたのでしょうか。
お父さま:いえ、共働きということもあって、つきっきりで見てあげることはできません。景裕がリビングなどで一人で進めていました。学校から帰ってきたら、自分で軽食を食べて、試験前には平日の夜でも4〜5時間、土日は1日中ひとりで黙々と机に向かっていましたね。

― 小学生が自分でスイッチを入れて勉強できるというのはすごいですね。どうすればそんな習慣が身に付くのでしょうか。
お父さま:3歳か4歳の頃から、生活の中に勉強する時間が組み込まれていたと思います。最初はひらがなを書く、簡単な足し算のドリルから始めました。本人がどれくらい楽しんでいたかは分かりませんが(笑)、毎日少しずつドリルを解くことを日課にしていました。
4歳の頃には、かけ算までできるようになっていたんです。こちらが細かく教えたわけではなく、ドリルを渡して、できたら次のドリルを渡す。家に帰ったら机に向かって課題を進めるのは、幼少期から習慣になっていたのだと思います。
それに加えて、親が勉強をする姿を景裕に見せていました。子どもに「勉強しなさい」と言う手前、自分たちも学ぶ姿勢を手本として見せないといけないなと。

― 具体的にお父さまとお母さまは、家でどのようなお勉強をされたのですか?
お父さま:仕事で新しい知識を身につけないとついていけなかったり、自分たちも仕事に関連する資格を受けたりする必要があるので、そうした勉強を家でしています。「ちゃんと勉強すれば受かるんだ」という結果を背中で見せたい、という思いもありましたね。
景裕くん:お父さんやお母さんが勉強しているのを見ると、「僕もやらなきゃな」と思えました。
「コナン」と「マイクラ」が好き 妹とじゃれ合うことも

― ストイックに勉強に打ち込んできた景裕くんですが、普段はどんなふうに過ごしているのですか?
景裕くん:漫画を読んだりゲームをしたりして遊ぶのが好きです。漫画は『呪術廻戦』や『ジョジョの奇妙な冒険』、『名探偵コナン』とかをよく読んでいます。『マインクラフト』でブロックを組み立てて、自分の好きな世界を作っていくのが面白いです。
― 何かを作ったり考えたりするのが大好きなのですね。学校での授業は何をしている時間が一番楽しいですか?
景裕くん:理科の授業です。特に、みんなで色々な実験をしているときが一番楽しいです。
親は勉強の入り口をサポートしてあげて
― 景裕くん、将来はどんなことをやってみたいですか。
景裕くん:人の役に立つ仕事がしたいです。
― 最後に、お父さまから、子どもに新しい挑戦をさせたいと考えている親御さんに向けてメッセージをいただけますでしょうか。
お父さま:何か新しいことに挑戦させるときは、まず親自身がその問題やテキストを先に読んで、全体像を把握してあげることがベストではないかと思います。最初の「とっかかり」を子どもが理解するまでが一番難しく、挫折しやすいですから。
「これならうちの子も、コツをつかめば理解できそうだな」「ここを親がかみ砕いて説明してあげれば進められるな」という風に、最初の入り口の道筋を親が作ってあげると良いのではないでしょうか。
学習塾に頼るのも一つの手ですが、お家で一緒に何かに取り組むのであれば、親がほんの少しだけ先回りして寄り添ってあげる。それが、子どもの自走を支える一番の方法だと感じています。
お話を聞いたのは
大分県在住。化学メーカーに勤務する父・裕紀さんと小学6年生の景裕くん。小3の冬、裕紀さんの勧めをきっかけに景裕くんは危険物取扱者試験への挑戦を開始。裕紀さんはこれまでの受験経験を活かして景裕くんの学習に伴走した。2000時間の猛勉強を経て、景裕くんは2026年3月、当時小学5年生、11歳で最難関の「危険物取扱者 甲種」に大分県内の小学生で初、九州最年少記録で合格を果たす。
この記事を書いたのは
愛媛県出身。大学時代まで自然豊かな愛媛で過ごし、都内の学習塾に勤務した後、2011年よりフリーライターへ。教育分野を中心に、医療やライフスタイルなどのテーマで執筆しています。息子たちが小学生の時に大学院を受験し、2019年、お茶の水女子大学大学院修士課程修了(社会科学修士)。子育てもひと段落。最近、俳句を始めました。
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