人気作家にきく「本が人生に与えてくれるもの」|『アンジュと頭獅王』吉田修一さんインタビュー・前編

子どもを読書好きにするにはどうしたらいいの? どんな本を読ませればいいの? 全国の小学校で読み聞かせや朝読書活動が広まる中、子育て中のお父さんお母さんからはそんな読書にまつわる疑問や戸惑いの声が多く聞かれます。そこで、これまで幅広いジャンルの作品を生み出し、この度、自身初の古典エンターテインメント「アンジュと頭獅王(ずしおう)」を書き上げた作家・吉田修一さんに、読書について伺いました。

作品は英語、仏語、中国語、韓国語などにも翻訳。世界で注目される日本人作家の一人。

 吉田修一/長崎県生まれ。97年に『最後の息子』で文學界新人賞を受賞し、デビュー。2002年には『パレード』で山本周五郎賞、『パーク・ライフ』で芥川賞を受賞。純文学と大衆小説の文学賞を合わせて受賞し話題となる。07年『悪人』で毎日出版文化賞と大佛次郎賞を受賞。10年『横道世之介』で柴田錬三郎賞を受賞。19年『国宝』で芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞を受賞。2016年より芥川賞選考委員。近刊に『アンジュと頭獅王』『吉田修一個人全集  コレクション1青春』等。

読書への関心が薄かった少年時代と衝撃的な読書体験

――作家だけに、小さい頃から読書は好きだったのでしょうね。

吉田修一(以降、吉田)のっけから期待に添えなくて申し訳ありませんが、子どもの頃はそれほど本好きではありませんでした。ただ、父も母も読書が好きで、新聞や雑誌、本はいつも身近にありました。新聞は4紙購入していたし、「文藝春秋」などの雑誌も欠かさず取っていたし、文学全集もありましたから。ただし、私自身は、本には全く興味がありませんでした。弟と一緒に本を階段状に積んで登ったり、ミニカーの基地を作ったり、別な意味で本を活用(!)したことはよく覚えています。

いつも身近に本があった

――読み聞かせなどの記憶は?

吉田 母も本好きでしたし、たぶん読み聞かせもしてもらっていたんでしょう。でも、やはりあまり記憶にないですね。ただ、今、振り返ってみると、子どもの頃に本が身近にあり、それをふだんから手にしていた体験がなかったら、私の人生は違っていたと思います。

――お気に入りの絵本は?

吉田 「ベロ出しチョンマ(斎藤隆介著)」という童話はよく覚えています。自己犠牲の気持ちが切なくて、残酷なお話。悲しくて、泣けます。

吉田修一さんの思い出の一冊。

 

――小学校時代の本に関する思い出は?

吉田 当時、本は本屋さんで本を買う以外に、児童書のセットを売り歩くセールスマンから買うというスタイルがありました。小学校低学年だったかな、うちにもセールスマンが来たんです。「これを買ってもらえたら、自分の本棚が出来るな」と思ったのを覚えています。大人の真似をして、自分の本棚を作りたいと思ったのです。『にんじん』『足ながおじさん』といった、いわゆる名作の全集セットでした。私の希望通り、親は買ってくれました。でも、一応、読みはしたものの、おもしろかったなあと感じた記憶はありません。

人物伝に興味をもった少年時代

――学校での読書体験は?

吉田 高学年になり、クラブを一つ選ばなければならなくなりました。課内クラブなので、全員、何らかのクラブに入るのです。たまたま担任の先生が読書クラブを担当していて、私もそのクラブに入りました。毎週1時間は図書室で過ごすことになったのです。その時間によく読んだのは、伝記物でした。エジソンとか織田信長とか…。人の生き様に興味を持ったのです。

――偉人伝に影響を受けたのですか?

吉田 うーん、影響を受けたと言えるのでしょうか…。伝記の人物は、子どもの頃から破天荒で、やんちゃなタイプが多いじゃないですか。いたずらをしたり、大人を困らせるような大胆な行動をしたり。私は、割と優等生タイプだったので、そういう伝記の人物と自分を比較して「自分はこのままで大丈夫なのか。今のうちから何かやっておかなければならないんじゃないか」と内心焦りましたね。

――中学時代は?

吉田 やはり、あまり読んでいないですね。周りの友達が赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズなどを読んでいたのは知っているんですが。とにかく、幼児期から中学までは、本は身近にありながらも、それほど熱心に読書していない日々でした。当然、国語の成績が特によかったわけでもないし、読書感想文でほめられた記憶もありません。

水泳に明けくれた高校時代に訪れた文学との出会い

――高校時代は?

吉田 文科系ではなかったですね。水泳部に所属していて、自分では運動部系の人間だと思っていました。ただ、部活の前になぜか部員が図書室で集まるという習慣があり、図書室はたまり場でした。そのとき、自分でも驚くほどの強烈な読書体験をしました。

――何が起きたのですか?

吉田 いつものように、部活の友達を待っているときです。退屈のあまり、一冊の詩集を手に取ってパラパラめくっていたところ、詩の一行が突然、ストンと心に入ってきたのです。ビックリしました。自分が文学、それも詩を読んで感動する人間であるとは思ってもいなかったから。それから、ボードレールやランボーなどをむさぼるように読み始めました。大学時代も、よく詩集を読みました。たまに昔読んだ詩集をめくることがあるのですが、線が引いてあるのです。どうして、そんなところに線を引いたのか、今となってはよく分からないのですが、当時の自分には大切だったんでしょう。

――読書へ興味が一気に爆発した感じですね。

吉田 高校時代に詩に感動した体験は、本当に大きなものでした。本を通じた「まさか自分が!」という体験は、大きく自分を変えたと思います。

読書を楽しむ習慣を子どもに

古典の「安寿と厨子王」がモチーフの新刊。

 

――読書を楽しむコツを教えてください。

吉田 声に出して読むと、スーッとお話が入ってくると思います。リズムに乗るのです。新作『アンジュと頭獅王』も、言葉のリズムを味わえるように工夫しました。

――実は、取材前にプルーフ本(完成前の見本)を家で朗読していたのです。「声に出して読みたくなる」というキャッチフレーズがあったので、素直に従ってみました。

吉田 実際に声に出して読んでみて、どうでした?

――ビックリしました! 言葉のリズムがとにかく心地よく、するする読めるんです。お話の世界に一気に引き込まれました。臨場感がまるで違うことに驚きました。

編集部おすすめ

関連記事