歌人・俵万智の「子育てはたんぽぽの日々」/みどりごと散歩をすれば

子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。

たんぽぽのうた1 みどりごと散歩をすれば

みどりごと散歩をすれば人が木が光が話しかけてくるなり

子どもとの散歩の時間って、なんて豊かなんだろう

子どもが生まれるまで、そもそも散歩というものをする習慣がなかった。二十代、三十代のころは仕事が忙しく、「さしたる目的もなく、のんびり近所を歩く」などという余裕は皆無だった。年に数回は海外(それも、インドとかヨーロッパとかアメリカとか、かなり遠くのほう)に出かけていたから、行動範囲は、めっぽう広かったのだけれど。

その生活が一変した。子どもを抱えての行動範囲は、まことにささやかなものだ。遠くへは行けないが、そのぶん散歩の時間がずいぶん増えた。犬を連れた人や、ベビーカーを押している人はもちろん、同じように散歩を楽しんでいる人たちからも、ずいぶん話しかけられた。(中略)春先の桜のつぼみ、新緑のころの若芽の勢い。それらは、まさに目に見えるかたちで、一日一日変化している。これは、毎日歩いているからこそ、実感できることだ。散歩の時間って、なんて豊かなんだろうと思った。

たんぽぽのうた2 ぶらんこにうす青き風見ておりぬ

ぶらんこにうす青き風見ておりぬ風と呼ばねば見えぬ何かを

自転車で、花を踏まないよう、石にづまずかないよう、くねくねと走る

ベビーカーから靴、そして三輪車を経て、息子は補助輪つきの自転車に乗るようになった。こうなると、散歩の範囲が、グッと広がってくる。

最近お気に入りのコースの一つに、近くの空き地につくられた花壇がある。道路わきの小さなスペースなのだが、四季おりおり、さまざまな花が、元気よく咲いている。その間を、花を踏まないよう、花壇の石につまずかないよう、くねくねと走るのが楽しいらしい。(中略)足元を見ると、パセリやミントが群れている。ミントの葉を、そっとちぎって息子に嗅がせてやった。「ガムのにおいだ!」正確には、ガムのほうが、ミントの匂いなのだが、まあ細かいことはいいだろう。新鮮なミントは、私の指先で、いつまでも匂っていた。

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俵万智『子育て歌集 たんぽぽの日々』より構成

 

短歌・文/俵万智(たわら・まち)

歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集は『未来のサイズ』(角川書店)。https://twitter.com/tawara_machi

 

写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)

写真家。1977年生まれ。長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。最新刊『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)が発売中。

ブログ: http://adublog.exblog.jp/

俵万智の「子育てはたんぽぽの日々」親は子を育ててきたと言うけれど
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タイトルイラスト/本田亮

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