目標設定のやり方をマスターすれば勉強の効率が上がる!【中室牧子先生×松丸亮吾さん教育対談】

テレビやメディアで大活躍のナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さん。東大生でもある松丸さんが、子どもたちと親御さんに「考えることは楽しい」と伝えるため、教育界でご活躍中の豪華ゲストの方々と、教育対談を繰り広げます。 第8回のゲストは、「教育経済学」の専門家、慶應義塾大学教授の中室牧子先生。「教育経済学」とは、データを基に教育の効果を解き明かす学問です。今回の対談でも、世間に流布する、子育てや教育に関する「思い込み」を覆していきます。後編となる今回のテーマは「目標達成のための方法」です。

目標は自分で立て、〆切は誰かに設定してもらうと良い

教育経済学者として、中室先生は「本当に子どもが伸びる教育とはなにか?」を研究されています。中室先生から「ナゾトキ」はどう見えていますか?

中室 ナゾトキって、自分の頭だけで楽しめるところが良いですよね。国語と算数だと、算数の方が自己肯定感が上がりやすいというデータがあるんです。算数って1問解いたらすぐ次に進めますよね。でも国語は答えが曖昧なので、国語では自己肯定感が上がりにくいとされています。その点で、ナゾトキは、算数に近いと思います。非常にゲーム性が高くて、ひとつの問題が解けると「わかった!」という達成感があり、自己肯定感が高まって、次に進みたくなる。そのプラスの連鎖が起きやすいというのは、長い目で見たときに学習を長続きさせるとても重要な秘訣なんですよね。

松丸 ナゾトキは特別な知識が必要ないので、学力に関係なく急にひらめいて問題が解けたりするんです。先生の本に「自己肯定感が高いから学力が高いのではなく、学力が高いから自己肯定感が高い」という記述がありましたが、ナゾトキを解けた子が「自分ってすごいかも!」と自信を持ってくれるなら、それと同じことが起こっているんじゃないかと思っています。

中室 その自信は大切ですね。

松丸 あと、子どもって、ヒントを見ないで、自分の力でやり抜こうとするんですよ。その様子を見て、非認知能力のなかでも大切だとされている「自制心」と「やり抜く力」も身に付いているのかもって思うと嬉しいですね。

中室 「やり抜く力」は大切ですね。なにかをやり抜くのは難しいことですが、ちょっとしたサポートで効果が出ることもあります。

松丸 たとえば、どんなサポートがあるんですか?

中室 なにかをやり抜くために有効なのは、まず「目標を設定する」ことです。目標を設定することは「自分の将来の行動にあらかじめ制約をかける」ことで、これはお金がかからず誰にでもできることですよね。加えて、「〆切を設定する」というのも有効かもしれません。

松丸 それは大人にも応用できそうですね! 詳しく教えてください。

中室 アメリカで約100人の社会人学生を対象に3本のレポート提出を課した実験があります。この実験では〆切について2つのパターンを設定しました。「3本のレポートに等間隔で〆切が与えられているグループ」と、「2本目までは学生が自分で〆切を設定できるグループ」です。この結果、等間隔で〆切が与えられているグループのほうがレポートの成績が良かったことが明らかになりました。つまり、既に社会人経験があるような大人の学生でも、自ら最適な〆切を設定するのは難しいということになります。

松丸 誰か、〆切を設定してくれるサポート役がいるといいんですね。

中室 はい。さらに、〆切は、1か月の長期間でこれを仕上げろというのではなく、1日ごとや1週間ごとなど、細かく設定し、成果を確認するほうが効果が高いことも示されています。ただ、興味深いのは、〆切設定は他人がしたほうが良いのですが、目標設定は自分でしたほうがうまくいくという研究もあります。目標設定を他人任せにして、とても達成できないような高い目標を掲げると、かえって目標に到達できなくなってしまうことになります。

目標達成のための方法「コミットメントデバイス」

松丸 今のお話を聞いて、高校時代を思い出しました。僕は大学受験のとき、タスク表を玄関に貼っていたんです。例えば、今日は数学の参考書はここまで、英語は単語をいくつ覚えるとかを全部書き出して、わざと親に見えるように。それでクリアしたら、玄関まで行ってチェックを入れる。それを見た親から「今日もがんばってるな」って言われて、よし! みたいな。

中室 すごくいいやり方だと思います。それは、「コミットメントデバイス」と言って、自分が達成したいものを人に知らせるやり方ですね。「明日からダイエットします」とか「明日から禁煙します」って宣言する人がいるじゃないですか。人に知らせると簡単に引けなくなるんですよね。

松丸 目標設定も、最初は「3カ月後までに苦手を潰す」ってやっていたんですけど、ぜんぜん続かなかったんですね。だから毎日設定しようと決めて、勉強を始める前に「今日はこれをやる」と1日の計画を立てるようにしました。その目標も、大中小と3パターンあって。最低限ここまでやればいいという小目標、いつも通りのペースでやったらここまではいけるという中目標、マジで調子よかったらここまでやるという大目標の3段階で設定したんですよ。それでうまくやる気を落とさないようにしていました。

中室 すばらしいですね。今のお話を聞くと、松丸さんの場合、認知能力が高いだけじゃなくて、自分をコントロールする方法を知っているんだと思いますね。

松丸 ゲームで、まず敵を5体倒すとボーナス、みたいなのありますよね。身近な目標が設定されていることでやる気を引き出すってすごいな、と思って。ゲームが好きだからゲームをお手本にしただけなんですけどね()

中室 教育経済学的には、子どもが成長したら、自分で目標を立てて、自分で管理してやってもらえればいいので、それをできる力を幼少期につけさせてあげることが大切ですね。

学習効果が長続きする読書

幼少期の教育という点では、『「学力」の経済学』の「インプットにご褒美を与えると効果的」(※前編にも掲載)という話のなかで、「本を読むことにご褒美をあげると、学力の上昇が顕著という結果が出た」とありました。読書については諸説ありますが、どう捉えていますか?

中室 読書については最近山ほど研究が出てきていて、結論から言うと読書は教育にすごくいいと思います。フィリピンで行われた「リーダソン」(マラソンの読書版)の効果を検証した論文では、読み聞かせをした子は、やらない子に比べて学力が高くなるという結果が出ました。ただし、ただ単に図書館や学校の蔵書数が増えただけでは効果は小さく、学齢に応じた本を読んだ子どもに大きかったということがわかっています。

松丸 そうなんですね。

中室 この手の介入はそのとき瞬間的に効果が出るのは珍しくなくても、持続するのが難しいと言われています。でもこの実験に関しては、読み聞かせを終えた後になっても効果が持続すると言われているんですよ。本を読ませることの効果は幼少期が大きいと言われているので、小さいお子さんに本を読むような習慣をつけるってことは大事ですよね。

松丸 『「学力」の経済学』が出版されてからの7年間で、さらに教育にかかわる興味深い研究やデータが生まれていることがわかって、本当におもしろかったです。自分に子どもできたら、聞きたいこといっぱいあります(笑)

中室 相談してください(笑)。多くの人がご存じのように、人生の本番は学校を卒業した後にやってきます。ですから、子どもが受けている教育が、今現在の成績だけでなくもう少し長い目で見た、将来に良い影響を与えるかどうかを知りたい人は多いでしょう。近年の教育経済学は、同じ個人を長期的に追跡する調査や記録を用いた分析をすることで、教育の「長期的な効果」について知ることができるようになってきました。こうした知見を用いて、子どもたちの能力を高めるために、社会や政策として何ができるのかということももっとしっかり考えていかないといけないと思っています。

 

対談の前編・中編はこちら

「ご褒美をうまく使えば子どもの学力もアップする!」【松丸亮吾さん教育対談】中室牧子先生
中室先生の著書『「学力」の経済学』は2015年に発売されて、30万部を超える大ヒットになりました。教育効果を科学的に解き明かす内容で、根拠の...
子どもの能力が伸びるかどうかは、親の子育ての意識次第!【中室牧子先生×松丸亮吾さん教育対談】
子どもの成長を左右する、親の考え方 前編では、子どもにも大人にも有効な「ご褒美」の使い方を教えていただきました。松丸さんは、中室先生の『「...

記事監修

中室牧子|慶應義塾大学 総合政策学部教授/東京財団政策研究所研究主幹
慶應義塾大学卒業後、米ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て2013年から慶應義塾大学総合政策学部准教授に就任、2019年より同学部教授。2021年より独立行政法人東京財団政策研究所研究主幹も務める。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。著書に、30万部突破のベストセラー『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、共著に『「原因と結果」の経済学データから真実を見抜く思考法』(ダイヤモンド社)がある。

記事監修

松丸亮吾|謎解きクリエイター

東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている謎解きの仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER()を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。

▼第1回 高濱正伸先生(花まる学習会)との対談はこちら

新連載!【松丸くんの教育ナゾトキ対談】Vol.1高濱正伸先生~前編~いじめとコンプレックスに悩んだ子ども時代 「乗り越え体験」ですべてが変わる!
今月からHugKumで、松丸亮吾さんによる連載「松丸くんの教育ナゾトキ対談」がスタートします!東京大学に入学後、謎解き制作集団Ano...

▼第2回 宝槻泰伸先生(探究学舎)との対談はこちら

【松丸くんの教育ナゾトキ対談】Vol.2探究学舎・宝槻泰伸先生 世の中は「ハッキング」可能!学びの選択肢はひとつじゃない~前編~
松丸亮吾さんによる連載「松丸くんの教育ナゾトキ対談」。東京大学に入学後、謎解き制作集団AnotherVisionの代表としてメディア...

▼第3回 藤本徹先生(東大 ゲーミフィケーション研究者)との対談はこちら

松丸くんは肥満児だった!?「ゲームのおかげで痩せました」 学習にも役に立つゲームって?【松丸くんの教育ナゾトキ対談】Vol.3 ゲーミフィケーション研究者・東京大学・藤本徹先生~前編~
現役東大生でナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さんによる連載「松丸くんの教育ナゾトキ対談」。松丸くんの次なる目標は、日本の子どもたち...

▼第4回 石戸奈々子さん(NPO法人CANVAS理事長)との対談はこちら

パソコンは鉛筆と同じ!デジタル教育の3つのメリット【松丸くんの教育ナゾトキ対談】Vol.4 NPO法人CANVAS代表・石戸奈々子さん~前編~
現役東大生でナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さんによる連載「松丸くんの教育ナゾトキ対談」。松丸くんが、日本の子どもたちに「考えるこ...

▼第5回 齋藤孝先生(明治大学教授 教育学・コミュニケーション論)との対談はこちら

齋藤 孝さん×松丸亮吾さんが教育トーク!幼少期に自己肯定感を高めてくれたのは「ナゾトキ」と「神経衰弱」
テレビやメディアで大活躍のナゾトキブームの仕掛け人・松丸亮吾さんの連載『松丸くんの教育ナゾトキ対談』。東大生でもある松丸さんが、子ど...

▼第6回 中島さち子さん(ジャズピアニスト、数学研究者、メディアアーティスト)との対談はこちら

【中島さち子さん×松丸亮吾さん教育対談】テストや受験のためだけに勉強するのはもったいない!
子どもがやりたいことを否定しない親 中島さんはジャズピアニスト、数学研究者として活躍されています。どのような「学びの過程」を経て成長された...

▼第7回 工藤勇一先生(横浜創英中学高等学校校長)との対談はこちら

【工藤勇一先生×松丸亮吾さん教育対談】学校は「何のためにやるのか」を忘れている
「何のために」を忘れた学校 工藤先生は、千代田区立麹町中学校の校長だった2014年から2020年にかけて、宿題・定期テスト・固定担任制など...

 

取材・文/川内イオ 写真/藤岡雅樹(本誌) ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨

編集部おすすめ

関連記事