井本陽久先生「不登校の子どもたちとの対話から、大人こそ対話が必要と気付いた」ありのままの自分を好きになるには?

子どもの学びを追求し続けている教室「いもいも」の主宰者である井本陽久先生。「ありのままを認める、ありのままの自分で学ぶ」ことを大切にしていますが、最近は大人に対しての対話の集まりも始めているとか。実際に井本先生が行った対話のプログラムの経験から話していただきました。

まわりの目を気にしすぎて苦しんでいる大人がいる

井本陽久先生「大人にも対話の時間が必要です」

――井本先生は子どもたちに接して対話をするうち、大人も子どもも、共通の悩みがあることに気づかれたのですね。

井本:これまで、不登校のことたちと過ごすことで、ありのままの自分でいられないことでどれだけ苦しい思いを彼らがしているのかを知ることができましたが、同時に、これは不登校の子たちだけの問題ではないということにも気づいてきました。
とても成績のいいある高3の女の子の話なんですが、「これまで自分は家では両親の期待に応えようと、学校では先生の期待に応えようと必死に頑張ってきたけど、もう疲れたのでそれをやめたい。でも怖くてやめられない」というんです。図らずも外の評価軸で優劣の優を手にした子は子で、それを手放して生きることが怖くてできないんです。

ある意味、その評価軸から抜け出ることを選択できた不登校の子よりも不自由できついかもしれません。超優秀なエリートたちが集まる大企業の方からも「ここ最近、40歳を過ぎてからポキっと心が折れて引きこもってしまう人や、退職してからそうなってしまう人がどんどん増えてきて、そのことを会社としても深刻な問題として捉えているのです。が、解決しようにもノーアイディアで困っている」という話を伺ったことがあります。

我慢してありのままの自分を封じ込め、世の中に適応し続ければし続けるほど傷も深くなり、回復に余計に時間がかかる。もはや、ありのままの自分でいられない、というのは、子どもだけの問題ではないということに気づきました。

安心して自分のままでいられる場づくりを「対話」で

井本:そんな折に、昨年鎌倉市から、「ありのままの自分を知る」ということをテーマにした大人対象の事業を、プロポーザルを経て委託していただきました。全6回のプログラムで、いもいもでずっとやってきた「安心して自分のままでいられる場づくり」を「対話」を通してやりました。すると初回から一人一人が自分の内側を吐露して、それを受容されていくうちに、みなさんみるみる柔らかい顔になって、帰りの頃にはすっかり親友のようになっていました。

3日目の対話で、ある方が「いもいもの対話の日は、終わって家に帰るといろんな人と話したくてたまらない気持ちになるんです」と言うので、「ぜひ友達集めて自分でどんどん対話の場を作ってください」と伝えると、「そう思って声をかけようと思ったんですけど、気づいたんですよ。友達には深い話できないって」と言うんです。

この話を聞いて、以前いもいもの中学生の授業であったことを思い出しました。みんなで対話をしていると、ある女の子が「学校では友達がみんな陽キャだから私も陽キャにしているけど、私は本当は陰キャだから家帰ってからぐったり疲れてしまう。でもいもいもは自分でいられるから楽」って言うんです。びっくりして、「同じような思いをしている人いる?」って聞いてみると、ほとんどの子が手を挙げたんです。

安心して遊べる友達に出会えたらラッキー

――そんな多くのお子さんが、周囲の人たちに気を遣って生きているんですね。

井本:自分が言ったりしたりしたことが友達にどう思われるか気になってしまって、何かしらのキャラを作らないと安心できないと言うんです。つまり、彼らの「友達」との関係って、僕らが思っているそれとは違って、もっと緊張感をはらんだ関係なんですよ。そしてそれを当たり前のこととして受け入れている。

そうして過ごしてきた子たちがそのまま大人になっていくわけなので、大人になっても「ありのままの自分でいられない」という息苦しさをそのまま抱えて生きるようになっているのが現状かもしれません。そう考えると、大人にこそ「ありのままでいられる」時間や場所が必要だと思います。

吐露したら受容する。それを繰り返して対話する

――実際にどんな方法実際にどんな方法で大人の対話をすすめているのですか?

井本:僕がやっている対話は、特別なことはしてません。例えば、毎月1回、数馬の川原で焚き火を囲んで対話をする「大人な森の教室」というイベントをしていますが、参加者は12名、自己紹介だけであっという間に5時間経ってしまいます(笑)。なんでもない話からみなさんをつないでいくうちに安心感が生まれ、その中で自分の内にあるものを吐露したときにそれをそのまま受容する。それを繰り返していくうちに、みなさんの間で吐露と受容が回っていくようになります。

「ありのままを受け入れる」振る舞いって、たちまち伝染していくんですよ。なぜなら、人を受け入れることで自分自身を受け入れることができるようになるということをその場で実感し、救われるからだと思います。
帰る頃にはすっかり仲良くなって、中にはSNSでグループを作っていまだに参加者同士が交流されている回もありますね。

撮影/土屋 敦

――大人も子どもも、人と接するときには自分なりのキャラを作ってしまうところがあるようです。そのキャラと本当の自分との間のギャップに苦しんでしまう……。そんな人たちに、「本当の自分を出していいよ、それはまるまるあなたらしさだよ」と伝えてくれるイモニィ。吐露したことをまるまる受容してくれる関係づくりの大切さがわかります。心がほぐれてつい饒舌になるのもわかりますね。子どもたちに対しても、パパママはそのように、子どもたちの吐露を受容して、その子らしさを肯定してあげるといいですね。そうすれば、大人も子どもも、人と接すること自体を、楽しめるようになるのではないでしょうか。

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お話を伺ったのは

「いもいも」主宰|井本陽久さん
栄光学園数学科講師。『いもいも教室』を主宰。栄光学園中学高等学校、東京大学工学部卒業。東京都西多摩郡檜原村では森や川で過ごし自ら考える力を育む「森の教室」も「いもいも」として主宰。不登校の子どもたちにも学びの場を提供し、悪戦苦闘。その生き方と活動は、『いま、ここで輝く。』(おおたとしまさ著)、NHK総合『プロフェッショナル 仕事の流儀』(20201月放映)に詳しく紹介されている。
取材・文/三輪 泉 撮影/五十嵐美弥(井本先生分)

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