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「北九州子どもの村小学校」にあるもの・ないもの
「体験」の枠を超える本物のプロジェクトが総合的な知識を育てる
北九州子どもの村小学校は、今回お話をうかがった堀真一郎さんの「授業が楽しいと思える学校を作りたい」「子どもが自由に解放され学べる学校を作りたい」という強い思いから作られた、体験学習中心の学校です。
いわゆる国語や算数といった教科学習はありません。3年1組といったクラス分けもなく、プロジェクトと呼ばれる本物の仕事さながらの役割をもつテーマを子ども自らが選び、料理・クラフト・地域探求など3〜5クラスほどに分かれます。1〜6年生が同じクラスで学びます。
例えば「麺」を1年間のテーマとしたときには、蕎麦の栽培から始め(栽培方法は自ら調べて)、蕎麦の配合や加水率なども調理・試食を繰り返して理想的なものに近づけます。わからないときは蕎麦屋に子ども自らアポイントをとり、現地でヒアリングをすることもあります。
また、麺の歴史から派生して食や国の歴史を深掘りしたり、栽培には欠かせない天気の知識に繋がるなど、体験学習を通して数や文化、言葉や他者とのコミニュケーションなど、小学生で学ぶべきもの(時にはそれ以上)を生きた知識として学びます。
先生と呼ばれる人はいない、テストも宿題も必要ない
北九州子どもの村小学校には先生と呼ばれる人はいません。その代わり、子どもたちの自由な環境を整え、より多くの学びを得られるように絶妙にフォローをする大人がいます。大人はニックネームで呼ばれます。それは、子どもも大人も同じひとりの人間として扱われている証でもあり、決して大人が子どもたちに一方的に指示をすることはありません。
「自由にやってごらん、でも責任はとるんだよ」ではなく「責任はとってあげるから」と言ってくれる大人がいます。
テストも宿題もない、チャイムもない、数字で評価する通知表もない。ないないづくしの斬新な小学校だけど、そこには子どもたちが自然に興味を持って学びたい、知りたいと思える環境、そして笑顔があります。
学力は大丈夫? 数値では測りきれない子どもたちの力
そんな斬新な小学校で本当に学べるの? 学力は大丈夫? ちゃんと社会に出られるの? と心配になる親も多いかもしれません。答えは「全く問題ありません」。
参考までに、卒業生の高校での成績は一学年約240人中10人の卒業生の平均順位は23位(学年共通のテスト4年間のデータ)。一般的な小中学校に通ってきた子どもたちと相違ない(むしろ優秀な)学力が身についています。
いろいろと理屈を並べるよりもこの絵本を見れば納得できます。
『中学生が伝える恐ろしいやまい・地方病』は南アルプス子どもの村小学校出身の中学生が作った絵本です。山梨県で過去に悩まされた地方病を、知りたい、理解したい、それだけでなく多くの人に伝えたいという気持ちがこもっています。
この絵本を、子どもたちが主体となって問題提起、調査、関係者への取材、出版に向けた動きも含め行ったというから驚きです。絵本として、小さい子どもにもわかるような説明に変換されていることはもちろん、絵本の後半にある調査内容の詳細は大学や一般の研究所での調査報告としてもおかしくないものです(実際に公衆衛生研究所や専門家の方から問い合わせがあったほどです)。
きのくに出身の子どもたちが書いた本は、他にもあります。問いをもつこと、そしてその問いを解決するために力を注ぎ、アウトプットする力をこれらの小学校では養うことができるのです。それは、これからの未来を担う子どもたちに本当に必要となる力なのではないでしょうか。
困難を乗り越える力があるからこそ叶う「将来の夢」
学園長の堀さんからうかがったお話の中でも心に残ったのが、子どもたちの進路のことです。現状をしっかり見据え、考え、意見を持ち、行動することができる北九州子どもの村小学校の子どもたちは、きっと早い時期から志をしっかりと決めて将来に向かうのだろうと思っていました。しかし、堀さんから返ってきたのは意外な言葉でした。
意外でもありながら、北九州子どもの村小学校で学ぶ子どもたちの経験を考えると納得です。
一般的な学校では、子どもたちが困らないように先生が準備をした中で体験学習をすることが多いですが、北九州子どもの村小学校の体験学習(プロジェクト)は仕事さながらの、本物のプロジェクトです。イチから調べ、試行錯誤を繰り返しながら進めていく過程にはもちろん、失敗や困難がつきものです。その中で、子どもたちは「どうにかしたい、どうにかしなきゃ」と自ら解決の糸口を見つけていきます。そのような、困難を乗り越える経験を大切にしていると、堀さんは語ります。確かに、その経験は何事にも耐えられる力強い土台となるでしょう。
「高校の授業は楽」と感じるほどの小学校での経験
もうひとつ、子どもたちがいかに自ら考えて行動しているかがわかるエピソードをうかがいました。
すると「高校のほうが、うーんと楽よ!だって、先生の話をよく聞いて言う通りにしていれば試験でいい点が取れるんだもん」と返ってきました。それを聞いて、まさに今の学校教育の悪い部分を一言で表していると思いましたね。
加えて「小学校のほうが忙しかった」とも言っていました。忙しいようにさせていましたからね。あれもしたい、これもしたい…時間がもっともっとほしい!と。そういう学校であってほしいと思っています。
これからの学校教育に必要なのは「子ども自ら問を発する力」
同系列のきのくに子どもの村学園などを題材としたドキュメンタリー映画「夢見る小学校」の中で、卒業生が数名所属していた明治学院大学の辻信一先生がこのように語っています。
「問を発する力」については堀さんも、これからの学校教育に必要なことだと語っています。
そうではなく、子どもたち自身が「なんで?これは何?どうなってるの?」と問いを見つけられるように、そして、どうしたらいいのか考えられるようになっていってほしいですね。
学びとは何なのか、学校教育の未来を考えさせられる
北九州子どもの村小学校はおよびその他の系列の学校は、A.S.ニイルやジョン・デューイの思想を土台にしています。
まずは子どもを幸せにしよう。すべてはそのあとにつづく。(A.S.ニイル)
為すことによって学ぶ(ジョン・デューイ)
同小学校取材で見えてきた・・・関連記事はこちら
北九州子どもの村小学校(福岡県)の他、きのくに子どもの村学園(和歌山県)、かつやま子どもの村小学校(福井県)、南アルプス子どもの村小学校(山梨県)、ながさき東そのぎ子どもの村小学校(長崎県)の5箇所があります。
お話を伺ったのは…
◆堀真一郎先生の著書はこちら◆
『きのくに子どもの村の教育-体験学習中心の自由学校の20年』(2013、黎明書房、新装版、2022)
『自由教育の名言に学ぶ―子どもは一瞬一瞬を生きている』(2023、黎明書房)
取材・文/村上詩織