「戦争体験」を本によって分かち合う
2023年現在、戦争を現実のものとして理解するための機会が減っています。実際に戦争を体験した方々も減り、その生の声をきく場もだんだんと失われてきています。だからこそ、実体験として戦争を知る方の声に、本を通して触れてみませんか。
絵本作家のユリ・シュルヴィッツによる『チャンス はてしない戦争をのがれて』は、第二次世界大戦を体験した著者自身の記憶を、多数の描き下ろしイラストとともに綴る自伝的読み物です。アメリカではニューヨーク・タイムズの「ベスト・チルドレンズ・ブック」をはじめ、数々の賞に輝いています。
8月15日は終戦記念日。この夏休みは、戦争にまつわる本を通して家族や友人と戦争について語り合う時間をもつのはいかがでしょう。
自分が暮らす街を、焼夷弾が破壊していった
1939年9月1日、ユリ・シュルヴィッツの暮らしていたワルシャワで第二次世界大戦の戦端が開かれました。焼夷弾が降り注ぐ町は火に包まれ、美しかった建物は吹き飛び、攻撃におびえた人々が四方八方へ逃げまどう、この世のものとは思えない光景が一瞬にして広がりました。
街が爆弾によって破壊され、水道が止まってしまったために、人々は空襲の合間に近くの川まで水を汲みにいき、重いバケツを運ばなくてはなりませんでした。夜、シュルヴィッツに靴を履かせながら、母は言いました。
「これから、たくさん歩かなくちゃいけないからね」
まさにその言葉通り、4歳だった少年シュルヴィッツは、戦火から逃れるようにしてビャウィストクにユーラ、テュルキスタンと、何年もの年月をかけて各地を転々とすることになります。
もっともつらい記憶のひとつ
道中、シュルヴィッツはさまざまな場面を目の当たりにします。ユダヤ人だった彼やまわりの人々に対する迫害や、飢えて死んでいく人々、病に倒れて死にかける母親の姿。まだ4歳だった彼は、その光景を前に、一体何を感じていたのでしょうか。
本書では当時の戦争の記憶を思い出しながら、シュルヴィッツ自身が膨大な量の挿絵を描いています。また、生活の様子を写した写真も、資料として多数見ることができます。
中でも辛かった記憶として残っているのが、トマトを盗んだときの体験。
もはや食べるものが何もなかったシュルヴィッツの母は、畑に潜り込んでトマトを盗むようシュルヴィッツにいいます。トマトをふたつだけもぎとって逃げようとするものの、体が弱りきっていたシュルヴィッツはすぐに畑の労働者に見つかり、顔を全力で殴られ、地面に叩きつけられました。その後、よろよろと畑を抜け出すと、母は泣きながら神に赦しを乞うていたそうです。それから、母とシュルヴィッツはひと言もしゃべらずに家へとぼとぼ帰りました。
このような体験が、本書のいたるところに描かれています。
タイトルの「チャンス」の意味
「chance」という単語にはさまざまな意味がありますが、このタイトルの意味は「偶然」です。
シュルヴィッツは、自分が今生きていることは「偶然」だと本書の中で述べています。実際に、信じられないような偶然によって家族が難局を乗り切る場面が多数出てきます。
4歳の少年が焼夷弾から逃れ、悲惨さや絶望を乗り越えた先に児童書をつくっていることを思うと、胸に迫るものがあります。彼が語り、描く戦争はどこまでも生々しく、だからこそ心に響く力があります。
この作品の時代からすでに80年近くが経過しているのにも関わらず、残念ながら今もまだ戦争や迫害により数え切れない人が命を落としています。そんな時代だからこそ、この夏、本書を通して戦争と向き合う時間を作るのはいかがでしょうか。
ぼくと家族が生きのびたのは、まったくの偶然(チャンス)だった。
『よあけ』や『あめのひ』など、日本でもよく知られる絵本作家、ユリ・シュルヴィッツ。ユダヤ人である彼が第二次世界大戦にまきこまれたのは、まだ4歳の頃でした。ナチスドイツ軍の攻撃のあと、ポーランドを脱出し、家族とともに各地を転々とした日々の生々しい記憶を、豊富なイラストとともに描き出します。
こちらの記事もおすすめ
構成・文/小学館 児童創作編集部