『藪入り』という落語の演目はご存知ですか? そもそも、「藪入り」とはどういう意味なのでしょう? あまり馴染みがない言葉ですが、実は、正月休みやお盆休みの「帰省ラッシュ」と縁がある言葉です。
落語『藪入り』ってどんなお話?
『藪入り』とは、古典落語の演目のひとつ。別題を『お釜さま』『鼠の懸賞』とも。三代目三遊亭金馬が十八番としました。
3年ぶりに息子が帰ってくる日、父親は楽しみでしかたなく、前日の深夜からずっとソワソワ。あれを食べさせてあげたい、あそこに連れて行ってあげたい… など思いを募らせます。久しぶりにあった息子と両親は、どんな休日を過ごしたのでしょうか? 詳しくはあらすじで紹介します。
そもそも「藪入り」の意味は?
落語のタイトルともなっている「藪入り」。現代ではあまり馴染みがない言葉ですが、一体どういう意味なのでしょうか?
藪入りの期間は? お墓参りに行く?
「藪入り」とは、住み込みの奉公人が、実家に帰ることができる休日のこと。その際に、先祖供養でお墓参りに行くことも。旧暦の正月の1月16日と、お盆の7月16日の年に2日だけでした。
いつからはじまった? お嫁さんの里帰りも?
江戸時代の都市部の商家で広まった風習で、主人は奉公人に新しい着物や小遣い、手土産を持たせて、親元へ送り出しました。実家では両親がご馳走を用意するなど、子供の帰りを楽しみに待っていたのだそう。
地域によっては、お嫁さんが嫁ぎ先から里帰りすることや、実家に帰って畑仕事の手伝いをすることを「藪入り」と呼ぶことも。
帰省以外にも?
実家が遠くて帰れない人は、買い物や芝居を観に遊びに行くのを楽しみにしていたそうです。
当時は土日のような公休日がなかったため、遊びに行ったり帰省するために、堂々と仕事を休むことができるとても待ち遠しい日でした。年にたった2日なんて、今では考えられませんね。
語源は?
「藪入り」という言葉の語源は諸説あり。田舎は藪が深いところにあるからという説や、奉公人が実家に帰る「宿入り」という言葉が訛ったという説も。
また、2日あるうちの7月16日のほうを「後(のち)の藪入り」と呼ぶこともあります。
地域によって違う呼び方をすることもあり、関西では、6が付く日ということで「六入り(ろくいり)」、九州では「親見参(おやげんぞ)」と呼ぶこともあるそうです。
現在「藪入り」はどうなった?
第二次世界大戦後、労働環境が見直され、週休二日制が導入。それに伴い「藪入り」の習慣もなくなりました。今では、正月休みや盆休みと一緒になり、名残を残しています。
盆と正月が一緒に来たよう
とても嬉しいことがあった時に使う、「盆と正月が一緒に来たようだ」という表現を知っていますか? これは、帰省や外出の楽しみや嬉しさが詰まった「藪入り」が由来になっているそうです。
2022年と2023年の藪入りの日は違う?
明治5年、旧暦から新暦に変更されましたが、藪入りの日付はそのまま引き継がれました。つまり、江戸時代も現代も、毎年藪入りは1月16日と7月16日です。
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物語のあらすじ
「藪入り」という言葉について詳しく分かったところで、落語『藪入り』とはどんな物語なのでしょうか? さっそくあらすじを見てみましょう!
あらすじ
息子を奉公に出して3年、初めての薮入りの日。父親は前の日の夜から楽しみで仕方がありません。息子が帰って来たら、あれもこれも食べさせてあげたい。鰻、刺身、天ぷらも…。
それから、あんなところやこんなところにも連れて行きたい。品川で海を見て、川崎大師へお参り、横浜と江ノ島も。そこまで行ったら、静岡を通って名古屋のしゃちほこを見て、伊勢神宮にもお参りを。それに加えて、京大阪から四国までも。とても1日で回りきれないことを考えてしまうほど、楽しみにしていました。
夜も眠れず、何度も「今は何時だ」と妻に聞き、早朝に起きて家の前の掃除を始めるなど、落ち着きがありません。そうこうしているうちに、息子が帰って来ました。無邪気に飛びついてくるかと思いきや、丁寧に挨拶をしたものだから、父親は胸がいっぱいに。涙が溢れてうまく話せません。
ひと段落すると、父親は息子を風呂へ行かせました。その間、母親が荷物を片付けていると、財布の中から大金が。驚いた両親は、何か悪いことをして手に入れたのではないかと心配になります。
風呂から戻って来た息子に、思わず父親はきつく問い詰めてしまいました。息子は「勝手に財布を見るなんて、これだから貧乏人は嫌なんだ」と言い返し、喧嘩になってしまいます。しかし、よく話を聞いて見ると、そのとき流行っていたペストのせいで、ネズミを捕まえて警察に持って行くと報酬がもらえるとか。それで手に入れた大金だったのです。
ずっと息子の奉公先の主人が預かっていましたが、「初めての藪入りだから」と、今回持たせてくれたのです。それを聞いて父親はほっと一息。疑ったことを謝り、「チュー(忠)のおかげだな。これからも主人を大切にしなよ」と言いました。
あらすじを簡単にまとめると…
奉公に行った息子の3年ぶりの「藪入り」。父親は楽しみで仕方がありません。帰ってくるなり丁寧な挨拶をする息子に感動し、涙が止まりませんでした。しかしその後、息子の財布の中に大金を見つけてしまい喧嘩に。
よく聞けばそれは、悪いことをして手に入れたものではなく、ペスト流行の中、ネズミを捕まえて警察に持って行った報酬でした。父親は安心し「チュー(忠)のおかげだな。これからも主人を大切にしなよ」と言いました。
主な登場人物
ネズミの鳴き声「チュー」と、主人へ忠誠心の「忠」を掛けた、父親の一言がオチになった『藪入り』。登場人物をおさらいしましょう。
父親
3年前に奉公に行った息子の初めての藪入りが楽しみで仕方がない父親。「熊さん」の愛称で呼ばれることも。
息子
初めての藪入りで実家に帰って来た息子。「亀ちゃん」の愛称で呼ばれることも。奉公に行く前は、たくさん甘やかされて育ったようです。
母親
息子がお風呂に入っている間に、財布の中身を見てしまった母親。薮入りが楽しみで落ち着かない父親をなだめるなど、しっかり者です。
落語『藪入り』を聞くなら
面白おかしいだけでなく、感動でちょっぴり泣けてしまいそうな落語『藪入り』。落語と聞くと堅苦しいイメージがあるかもしれませんが、今はCDやDVDで、気軽に見聞きすることができますよ。
『泣ける落語 佃祭/藪入り』(日本コロムビア)
三遊亭金馬(三代目)は『薮入り』を十八番としていました。そんな三遊亭金馬の『佃祭』と『薮入り』を収録したCDです。
『本格 本寸法 ビクター落語会 春風亭正朝 其の弐 井戸の茶碗/藪入り』(ビクターエンタテイメント)
春風亭正朝による『井戸の茶碗』と『薮入り』を収録したDVD。聞くだけでなく映像も楽しめます。
『林家たい平落語集 井戸の茶碗/藪入り』(日本コロムビア)
『笑点』でおなじみの林家たい平による『井戸の茶碗』と『藪入り』を収録。身近な落語家ということもあり、初めての方も聞きやすいのでは?
落語『薮入り』の見所は?
父親の息子の帰りを心待ちにする場面や、成長した息子に胸がいっぱいになる場面、心配のあまりカッとなって喧嘩してしまう場面などは、父親の息子に対する愛情が溢れていますね。子を持つ親ならもちろん、そうでなくても心が温かくなる落語です。
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構成・文/伊藤舞(京都メディアライン)