日本で最初のテレビや洗濯機ってどんな形だったの?親子で家電のルーツを探ろう

便利に進化し続ける家電の最初の姿を見たことはありますか? 洗濯機やテレビなどなど、いつもお世話になっている家電のルーツを展示している博物に行ってきました。

日本初の洗濯機は当時の初任給5倍の贅沢品だった!

「お洗多苦を楽に」のスローガンで普及

※取材のため、特別にローラーを使わせていただきました。通常は触れません。

大きな鍋のように見えるのは洗濯機。日本初の洗濯機・撹拌式ソーラーA型は昭和5年(1930年)に誕生。当時約370円で販売されていました。その頃の銀行員の初任給は約70円だったそうですから、洗濯機は給料の5ヶ月分を大きく超えた贅沢品でした。女性からしたら、指輪より嬉しかったかもしれませんね。

その後価格が下がり、昭和27年以降「お洗多苦を楽に」のスローガンで普及していきました。今では脱水や乾燥まで全自動なのが当たり前ですが、最初の洗濯機は洗浄力が弱く、また濡れた洗濯物を2本のローラーに通して水分を絞り出すのがやっとでした。

現在のコンピュータの原点がここに

8時間かかっていた計算を、わずか2時間で解読

この巨大な箱は昭和34年(1959年)に完成した国内初の計数型電子計算機(コンピュータ)です。しかもこれはごく一部で、同じものを36個つなげて、ようやく機能したそう。当時アメリカのコンピュータが8時間かかっていた計算を、わずか2時間で終わらせました。大学などの専門機関にだけ許された、夢のスーパーマシンだったのです。当時、コンピュータが今のように生活の中に溶け込むなんて、誰も想像できなかったことでしょう。見た目は壮大ですが、性能は今のパソコンやタブレットの足元にも及びません。このコンピュータの開発に携わった人たちが、今のコンピュータ産業の礎となりました。

パパママ世代には懐かしい人も? ブラウン管テレビ

親世代には親しみ深いアナログ放送は2011年に終了

昔のテレビは、ブラウン管というガラス製の大きな部品で映像を表示していました。その部品の制約で、奥行きが必要だったため、テレビは大きな四角い箱のような形でした。しかも画像は白黒だったため、かぶせるとカラーテレビ風になるカラースコープという派生商品も出ていました。その後カラーテレビが普及し、ブラウン管から液晶や4Kテレビに進化してどんどん薄く、画面は大きくなっていきました。

 

色々な家電の最初のかたちを子供と一緒に見に行こう!

今回ご協力いただいたのは、川崎市にある「東芝未来科学館」。入場無料です(小学生以下は保護者同伴)。カラクリ人形から電化製品の一号機、最新技術まで、多種多様か展示がされており、親子でたっぷり楽しめます。

〒212-8585 神奈川県川崎市幸区堀川町72-34

http://toshiba-mirai-kagakukan.jp/

出典「幼稚園」2017年10月号

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