目次
お話を聞いた方
萩原広道先生 大阪大学大学院人間科学研究科助教。博士(人間・環境学)、作業療法士、 公認心理師
「ことばの発達には、まだまだ謎が多いんです。子どもたちがことばを学び、使いこなせるようになる過程は何度見ても不思議です。ことばの発達研究は、子どもの心・ことばの不思議な世界をのぞく探検のようなものだと思っています。」
子どものことばは、ユニークな解釈や柔軟な発想で、私たちを驚かせてくれます。子どもと、やりとりの相手である私たちは一緒に協力し合いながら、ことばの世界を探検していきます。萩原先生の研究は、子どものことばの不思議な世界を探検するための重要なヒントを与えてくれました。
男の人はみんな「パパ!」、「鉄棒」を「ブランコ」と言う。これには子どもなりの理屈があります
–子どものことばの使い方で興味深い例などはありますか?
はい、たくさんあります。「傘」のことを「雨」と呼んだり、「歯ブラシ」のことを「歯みがき」と呼んだりする例は多くのお子さんでよく見かけます。
面白い例だと、ハンカチやブーツの爪先のことを「鼻」と呼んでいる子がいたという報告もあります。つまんだり引っ張ったりして遊べるものは全部「鼻」という理解をしていたのかもしれません。似たような例で、鉄棒のことを「ブランコ」と呼ぶお子さんもいます。ぶらさがって遊べるので(笑)。
ほかには、男性を見ると誰に対しても「パパ」と呼ぶといいったエピソードも聞きます。
–確かに!誰でも「パパ」と呼ぶのは、あるあるです。テレビ画面に出てくるカッコいい俳優さんをパパと呼んで、お父さんはまんざらでもない、みたいな(笑)
パパとテレビの中の俳優を見間違えたということではなくて、もしかしたら、「パパ」ということばで指し表せる範囲がどこからどこまでかな?と、子どもなりに探っているのかもしれませんね。
子どもなりのことばの使い方を否定せずに受け止める
対象のモノや行為にことばのラベルを結びつけるのは、子どもにとってはひと仕事です。だからこそ、子どもなりのことばの使い方を大人の側も探ってみることが大切だと思います。
さきほどの例でいうと、ハンカチを「鼻」と呼ぶ子に、「それは鼻じゃないよ、ハンカチだよ」とわざわざ言わなくてもいいんじゃないかな、と思います。そうではなくて、「へぇ、そうなん?」「鼻なんや!?じゃあこれは?」のように、子どものことばの使い方を大人自身が驚いたり探ったりする関わり方もあるのかなと。
子どもなりのことばの使い方をいったん受け止めてあげることで、子どもは自分のことばの使い方を安心して試行錯誤する機会を得られます。ことばの使い方を繰り返し試すことで、言語の法則性を発見していくのです。
ことばに身振り手振りをプラスするのは、2語文への準備期間
–ことばの発達の過程で、1語から2語文へ移行していく段階は、特に興味深いですね。
はい。1語で話す時期の後半に差しかかると、子どもは単語の発話に指差しや身振りを組み合わせて、2語文に似たような表現をするようになります。
例えば、「ママ」と言いながら帽子を指差すことで、「ママの帽子」という意味を伝えようとするんです。あるいは、「ブーブー」と言いながら手を回すことで、「車が走る」というイメージを表現しようとします。ことばの意味を整理し、切り分けながら、徐々に2語文へと移行していきます。
–なるほど。ことばと身振りを組み合わせて表現することで、2語文を話す準備の段階へと入っていくんですね。
そうなんです。子どもは身振りを使ってことばの意味、伝えたいことを明確にしようとするんです。これは、2語文への重要なステップだと言えます。この視点で単語で話す時期のお子さんをじっくり観察してみると、なにか発見があるかもしれませんね。
「ピョンピョン」「パクパク」は、区別があいまいな名詞と動詞の両方をカバーしている?
–指差しや身振りのほかには、「ピョンピョン」のような幼児語、いわゆる赤ちゃんことばを子どもが使うことについてはどうでしょうか?
幼児語にも、2語文につながることばの意味の広がりを感じさせるものがあります。例えば、「ピョンピョン」ということば。これは、ウサギやカエルなど生き物の名前にもなれば、「飛び跳ねる」という行為を表すこともできます。同じように、「パクパク」ということばも、ご飯そのものを指すこともあれば、「食べる」という行為を表すこともあります。
子どもの中では、名詞(モノ語)や動詞(行為語)といった区別がまだあいまいで、どちらの意味も表現できる便利なことばとして、「ピョンピョン」「パクパク」といったことばを使っているのかもしれませんね。
–そんなふうにとらえてみると、赤ちゃんことばで話すことも、ことばの発達・習得では必要な過程なんでしょうね。
ミニカーに乗ろうとしてるの、それ本気?。はい、本気です。
それから、2語文でのおしゃべりの時期に差し掛かるころには、「スケールエラー」という現象が見られることがあります。小さなおもちゃの椅子に無理やり座ろうとしたり、ミニカーに乗ろうとしたりするんですよ。一見おかしな行動のように思えますが、子どもは真剣にやっています。
モノの形に注目するあまり、大きさの情報が抜け落ちてしまう?
これまでは、子どもは、モノの名前、つまり名詞を覚える際に、モノの形に注目するあまり、大きさの情報が抜け落ちてしまうことから生じる現象ではないかと言われていました。
ですが、私達の調査の結果だとそれでは説明がつかないというか、名詞の習得よりも,むしろ動詞や形容詞のような、もうちょっと抽象度の高い単語の習得とスケールエラーの起こりやすさとに関係が見られました。 「靴」「車」などの具体的な名詞の発達よりも、「履く」「乗る」などの動詞や、「小さい」「大きい」などの形容詞といったことばが増え始めるころに、スケールエラーがよく見られるようになるという知見が得られたのです。
スケールエラーと言語発達との関係はまだ研究段階ですが、ひとつの単語に込めていた<モノ>と<行為>がそれぞれ別々の意味として分かれていく過程の中で、子どものなかでモノに対する意味の「ゆらぎ」が起こるのではないかと考えています。それが、スケールエラーという形で現れるんじゃないかというのが今のところの仮説です。
間違って使ってる!ではなく、どうしてそれを使ったのか?と探求心で子どもに接してみてください
–今日はことばの発達について、たくさんの気づきをいただきました。ありがとうございました。
こちらこそ、楽しい対談になりました。ことばの不思議な力を、もっと多くの人に知ってもらえたら嬉しいです。
「ことばを間違って使っている」「大人が指摘して直さないと」のような受け止め方ではなく、「こうした間違いをするなんて不思議だな」「どんなことを伝えたくてこのことばを選んだのかな」と、こちらも探求するつもりで、ぜひ目の前のお子さんと接してみてほしいなと思います。
そうすることで、これまでとはまた違ったやり取りができるかもしれませんし、子どもとの関わりのなかで新たな楽しさを発見できるかもしれません。今回の話をお子さんとおしゃべりするときの、ひとつのヒントにしてもらえたら嬉しいです。
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