「ユダヤ人が壁の向こうにいる・・・」家の隣にアウシュビッツ収容所があった家族の話ーー第96回アカデミー賞2部門受賞の衝撃作『関心領域』

第96回アカデミー賞で国際長編映画賞・音響賞の2部門を受賞した衝撃作『関心領域』がいよいよ5月24日(金)より公開となりました。冒頭から映画に引きずり込まれ、観終わった後には、過去や現在、子どもたちの未来について考え、自分自身にあらゆる問いかけをしたくなるような特別な映画として完成しています。

“音”で観る。 特別な映画体験に震える

マーティン・エイミスの同名小説を、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』で映画ファンをうならせた英国の鬼才ジョナサン・グレイザー監督が映画化した本作。 時は、1945年。 第二次世界大戦中にナチスが設置したアウシュビッツ強制収容所と壁一枚を隔てた屋敷で、幸せに暮らす家族の姿を描きます。 屋敷の主は、収容所の所長であるルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)の一家。 本作は、彼らを見つめることで大量虐殺が行われたアウシュビッツの悲劇を浮き彫りにする、これまで観たことがないような衝撃作です。

©Two Wolves Films Limited、Extreme Emotions BIS Limited、Soft Money LLC、

真っ暗闇の状態がしばらく続き、不穏な音が響いてくる映画の冒頭から、観客は本作が特別であることに気付かされます。 暗闇の中で音に浸っていると、自然と聴覚が研ぎ澄まされていくようで、こちらは耳からも映画を鑑賞する準備が出来上がります。 実は本作、音がとても重要な効果をもたらす作品で、鑑賞後には制作陣が施したこの仕掛けに心を打たれること必至です。

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ヘス家の暮らしは平穏そのもの。 空は青く、誰もが笑顔。 家族が住む屋敷は清潔で美しく、とりわけ広大な庭は、ルドルフの妻ヘドウィグ(ザンドラ・ヒュラー)が設計した、彼女のご自慢の場所です。 バラやツツジ、ヒマワリなど色とりどりの花が咲き誇り、キャベツやケール、かぼちゃといった家族の健康に役立つ野菜も育て、休憩ができるあずまや、プールも設置された楽園。

ところが私たちの耳には壁の向こう側から、誰かの叫び声や銃声が聴こえてきます。 すくすく育つ子どもたちのはしゃぎ声や赤ちゃんの鳴き声が響く屋敷とは、明らかに違う“その音”。 そうだ、ここはユダヤ人への虐殺が行われたアウシュビッツ強制収容所の隣。 庭の壁の向こうでは、恐ろしい出来事が起きているんだと実感するたびに、ゾッとするような震えを味わうことになるのです。

想像から目の当たりにする悲劇

本作には、そのほかにも独特の仕掛けが用意されています。 最大10台のカメラを設置して、セット内の異なる部屋でのシーンを同時に撮影するという、特殊な制作方法が取られているのです。

しかも隠しカメラのように置かれているため、役者たちもどこにカメラがあるのか気づかない瞬間もあったそう。クローズアップや演出によって役者を撮るのではなく、カメラは一家の生活をそのまま、まるでドキュメンタリーのように映し出していきます。グレイザー監督は「壁にへばりついたハエのようになって、登場人物たちを観察していく映画にしたかった。観客にひたすらキャラクターたちの行動、やり取り、身体の動かし方を見つめてもらうような映画」と表現していますが、そのことによって観客は一家を身近な存在として感じるようになってくるはず。

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彼らの暮らしを観察していくと、ルドルフの出世欲が強い一面が見えてきたり、ヘドウィグの年老いた母親が訪ねてきて、彼女に家庭生活について楽しそうに語ったり、夫婦の寝室では旅の思い出話を大笑いしながら繰り広げるなど、豊かな日々を送っていることがわかります。同時に、壁の向こうに見える煙突から、もくもくと煙が上がっている様子も目にすることができます。収容所で働くルドルフの会話から、焼却炉で人間が焼かれていることがわかるため、観る者は煙の正体を想像して、ここでも一家の暮らしと壁の向こうのギャップに戦慄が走ります。
これまでもアウシュビッツの悲劇を描く映画は多数作られてきましたが、本作で私たちは直接目にするのではなく、壁の向こうの音を聴くこと、気配を感じること、想像を増幅させていくことで虐殺を目の当たりにするわけです。身体ごと、その世界に巻き込まれていく感覚を覚えるような映画と言えるでしょう。

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問いかける、無関心の恐ろしさ

「ユダヤ人は壁の向こうにいる」とさらりと母に話す場面もあり、ヘドウィグは収容所で何が行われているのか少なからず知っているはずなのに、そんなことは気にしないとばかりに自分の城を守ることだけに専念して、楽しく毎日を送っています。

夫の仕事の都合でご自慢の家から引っ越さなければいけないという状況に陥ると、ヘドウィグは城を奪われるような気持ちになって「あなた1人で行って。私は子どもたちとここに残る」と怒りを爆発させるのですが、そんな姿からは壁の向こうで起きていることには“見て見ぬふりをしている”を通り越して、無関心になっていることが伝わってきます。彼女のすべての関心は、自分の家族の平穏と、美しい屋敷だけに向けられているのです。

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これは、なんとも恐ろしいことです。しかし現代においても世界各地で争いは終わらず、それらを「他人ごとではなく、自分ごととして考えられているか」と問われれば、果たしてヘス一家を責められるのか?という疑問にたどり着きます。また困っている人がいたらすぐに手を差し伸べられるか、学校や職場でいじめがあったとしたら自分はどう対処するのだろうか、安全圏からの傍観者になっているのではないだろうか…と身近な問題にも置き換えたとしても、さまざまなことを考えさせられます。

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グレイザー監督は、「なぜ我々は学んでこなかったのか。なぜ同じ過ちを繰り返すのか。今の世の中に訴えられるような作品にしたかった」と現代の物語として本作を生み出したと話しています。

戦争を止めるのはもちろん容易なことではないですが、無関心でいるのではなく、まず一人一人が興味を向け、知ることが平和への第一歩につながるはず。本作はPG12歳のため、12歳以下の子どもとの鑑賞には保護者による助言が必要ですが、子どもたちにより良い未来をつなぐためにも、とても大切な問いかけとメッセージを送る映画としてオススメしたい1作です。

『関心領域』5月24日(金)全国公開
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
主演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:映画『関心領域 The Zone of Interest』オフィシャルサイト

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文/成田おり枝

©Two Wolves Films Limited, Extreme Emotions BIS Limited, Soft Money LLC and

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