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岸田家の子育ての中にある「愛情たっぷり二枚舌」
「奈美ちゃんが一番大事」「良太が一番」
–岸田家の子育てについてお聞かせください。
岸田さん:私は両親の二枚舌外交で育ちました(笑)。弟はダウン症で幼少期の成長のペースが遅く、両親はすぐに「良太、大丈夫?」と声を掛けていたので、弟には常にやさしくて、私には厳しいように感じていました。
両親としては、障がいのある子のお姉ちゃんだから強く育てようと考えていたようですが、あるとき私が「私よりも弟のほうが大事なんでしょ?」と泣いたらしくて。そのときに母は大きなショックを受けたそうなんですね。
「この子は強く育てなければいけないと思っていたけれど、いま愛されないことでこんなに泣いているんだ」と気がついたそうで、それから二枚舌での子育てがはじまったのです。
私には「奈美ちゃんが一番大事。奈美ちゃんが一番賢い天才。良太のことが恥ずかしいとか学校で嫌な思いをすることがあれば良太のことは気にせんでいい。弟に障がいがあるとか、体が弱いとか気にせんでいい。我慢しないで好きなようにしていい。ママとパパは奈美ちゃんの一番の味方やから、奈美ちゃんが幸せなことが大事やねん」と母に言われて育ちました。
だから私は弟のことをずっと2番手だと思い、姉として余裕を持って弟と接していたんです。そして、これは私が大人になってから知ったのですが、一方で弟は「良太が一番」と言われていたことが発覚しました(笑)。
でも、それがなかったら私は人生でつまずいたり苦しくなった時に、弟のせいにしていたかもしれない。
弟も、2番手のお姉ちゃんにやさしくしようと思っていたのか、小さい頃によく物をくれたりしましたね(笑)。両親がどちらも一番と言って育ててくれたので、現在の弟との仲の良い関係ができたのだと思います。
本当の気持ちを理解してくれる方からの誘いはなんでもやってみる!
–常に様々なチャレンジをされていると思うのですが、新しいことにチャレンジする原動力はどこからくるのでしょうか?
岸田さん:仕事に関しては私の気持ちに寄り添ってくれる、本当の気持ちを理解してくれる人が誘ってくれることはなんでもやってみよう!と思っています。
例えば、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』はドラマになりましたが、演出の大九監督が「岸田さんのエッセイは、人を笑わせようと思って明るく書いているけれど、本当はもっと悲しくて苦しいことがあると思う。だからそこを書きたい」とおっしゃっていたとプロデューサーから聞いたとき、その理解度に驚きました。
本当の原動力は悲しみや苦しみ
私の原動力は悲しみや苦しみ、トラブルなどマイナスからスタートしていることが多くあります。その部分を汲みとっていただいていたので、やってみようと思ったんです。
作品は私の味方や仲間をつくるために書いているので「悲しませすぎない、嫌な気持ちにさせない」ということをとても大事にしています。
そのため、エッセイなどは笑顔で読めるように軽やかに書いているんですが、ドラマでは本当は辛かったことを表現してくれていました。私には書けないけれど、本当はずっと思っていたことだったのです。
以前まで私は「ネットで無料で読めるものを書いてるから作家にはなれない」と自分を卑下していた部分がありましたが、作家としてチャレンジできたのも編集担当の方が「読者はネットだけではない、もっと多くの人に届けましょう」と声を掛けてくれたことがきっかけです。
本になったことで、私のnoteやSNSで読んでくれていた読者層以外の方も手に取っていただけるようになりました。それこそおじいちゃん、おばあちゃん世代の方まで、私のエッセイを読んでくださっています。
仕事以外で言うと、父が亡くなって「後悔をしないように行動しよう!」という想いが強くなりました。その想いが原動力になっていて、家族のことは責任を引き受けて、思い切って行動するのが私の役割だと思っています。
岸田奈美流の困難乗り越え術 「困ったらとにかく書く!」
–壁にぶつかったときに、岸田さんが取り入れている気持ちを落ち着かせるルーティーンはありますか?
岸田さん:スマホのメモアプリを使って、そこに日々の生活の中で感じたことや考えたことを書きとめているのですが、書くことで自分の気持ちに気がつくことがよくあります。
書き溜めたものを読み返して、前にも同じことで悩んでいたなぁという気づきがあったり、エピソードの共通点をみつけて他の話と結びつけてエッセイに綴ったりしています。
困難を乗り越えるときに励ましてくれるのは過去の自分
岸田さん:わが家は部屋にスズメバチが入ってきたりとか、住んでいた家の天井が急に剥がれて住めなくなったりとか…なぜこんなことが起こるのだろうと思うことばかりで、普通の人が一生に一度体験するようなことが、私には1か月に1回起きています(笑)。
なにかトラブルが起きたときは、「もう、どうしたらいいのかわからない」と思いながらも、今までを振り返り、危機を乗り越えてきたことを思い出して自分を励ましています。
実際のところ、私はマイナス思考なので「どうにもならないかも」と瞬間的には最悪の事態を想像してしまうのです。
ですが、一呼吸おき、「そんなことにはならないよね」と気持ちを落ち着かせてから書くんです。SNSだったりメモだったり、なんでも文字にして。インターネットの世界はどれだけ話しても気にすることはありません。書くことで考えや気持ちを整理することもできるので、私は書くことに救われています。
しいたけ占いの言葉をヒントに自分と向き合うことも
あと私は、しいたけ占いが好きなのですが、占いだけではなく話題をくれるツールとして楽しんでいます。
例えば、「そろそろあなたもアクセルを弱めて休みませんか?」と書いてあったとすると「確かに先週は頑張りすぎたかもしれないな。1日に知らない人と5人以上会うと疲れる傾向にあるかも」など、自分と対話するきっかけになるので、月の初めに必ず読んでいます。
岸田さんの「だいじょうぶ」に込められた想い
–書籍『国道沿いで、だいじょうぶ100回』の中でも触れていますが、岸田さんにとって「だいじょうぶ」という言葉にはどのような気持ちが込められているのでしょうか?
岸田さん:自分の力が及ばないこと、手を尽くしてこれ以上できることはないということに対して、最終的に励ますことしかできないと思っているので、そういうときに「だいじょうぶ」という言葉を使います。そこまで行くとあとは祈るしかないから、なんとかなれ!みたいな気持ちですね。
最終的には自分を信じられるかどうか
例えば、母が大きな病気になったとき、私にできることはないんですね。そのときに母に伝える「だいじょうぶ」の意味は「母の病気はきっと治る。あなたなら治療を乗り越えられる」ではないんです。その境地に行った場合、あとは母が何を選ぶか、ということなので、「あなたがこれから選ぶことはきっと何も間違ってないからだいじょうぶだよ」という意味なんですよね。
こういうギリギリのところで一番やってはいけないことは、自分を嫌いになることです。
だから、そんなときはその人のすべてを受け入れる。あなたがやることは間違っていることも含めてきっとだいじょうぶ。どの道を選んでもだいじょうぶ。それは「私がそばにいるからね」という意味でもあるし、最終手段としての言葉です。
前職の尊敬する上司から教わった話があります。イギリスの探検家、アーネスト・シャクルトンの「楽観とは真の精神的勇気だ」という言葉がありますが、「楽観視」は意思で「不安」は気分なのです。楽観は諦めではなく、意思を持って自分を守るための勇気であるということ。私の「だいじょうぶ」はこの考えに近い部分があります。
問題が起こる度に対話することで、家族の絆が強まった
–岸田家はどうしてそんなに家族の絆が強いのでしょうか?
岸田さん:家族は一番そばにいるのに一番分かり合えない存在だと思います。
毎日顔を合わせるからこそ正直に話せないこともたくさんあるし、面倒くさいこともあります。わが家は危機的状況が何度もありました。でもそれは家族の中の問題というよりは、外の問題が多かったんですね。
「父が病気になって亡くなるかもしれない」「弟がグループホームに入居できないかもしれない」など、問題が起こる度に家族が集まり、それぞれが想っていたことを話せたのがよかったと思います。
私のエッセイや本を読んだ方から、「うちの家族はそこまで話さないから岸田家のような関係にはなれない」と言われることがあります。そういうときは「待ったらいいよ」と。
家族に危機が訪れたとき、それはつらくて苦しいけれど思い切って話せるいい機会だと思います。それを乗り越えたら、いまよりもっと良い関係ができるはず。
岸田家も、さまざまな困難を乗り越えてきました。最近は、母が私に自分の弱みを罪悪感なく話せるようになって。普段からいろいろ相談してくれますが、頼られている気がして嬉しいです。
書籍『国道沿いで、だいじょうぶ100回』
SNSでも話題になったエッセイ『国道沿いで、だいじょうぶ100回』。「魂をこめた料理と、命をけずる料理はちがう」など厳選エッセイ18本を再録。インタビューの中にもあった岸田さんの「だいじょうぶ」についてのエピソードも紹介されています。
◆詳細サイトは>こちら
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撮影(岸田さん)/横田紋子 取材・文/やまさきけいこ