子どもの心を満たすのは「もの」ではなく、心と手をかけてあげること【子育ての道を照らす佐々木正美さんの教え】

 

子どもが親に「もの」を要求するのは、心が満たされていないからです

 子育てにおいて何より重要なことは、あるがままの子どもを認めて、受け入れてあげること。子どものいうことに耳を傾け、その子の願いをできる範囲で叶えてあげることです。

 なぜなら、そうすることでその子は自信と誇りを持ち、他人を思いやる心が生まれ、人とうまくつきあうことができるようになるからです。

 私のそうした言葉を聞いたお母さん方からは、「『あれを買って、これも買って』と、子どもに『もの』を要求された場合、子どもの願いをどこまで満たしてあげたらいいのでしょうか」という相談をよくされました。

そんなとき、お母さん方には、私は「子どもには、『もの』は節度を持って与え、心や手をたっぷりかけてあげてください」と答えてきました。

 私自身の子育てでも、「もの」を与えることには、節度を守るようにしていました。 例えば、小学生以上であったら月々小遣いを与えて、その小遣いの範囲内でなら、子どもがほしいものは何を買ってもいいというふうにしていました。そして、少し高価なものは、クリスマスや誕生日のときに願いを叶えてあげるように決めていました。

 

子どもの心を満たしたいなら、手と心をかけてあげてください

 しかし、その一方で、子どもたちに自分のできる限り手と心をかけていました。

 なぜなら、子どもは自分がきちんと受け入れられて、心が満たされていれば、無理な「もの」を要求しないものなのだと実感していたからです。 例えば、わが家では次のようなことを実践していました。

 食事は、子どもが食べたいメニューを言えば、妻ができる限りなんでも作っていました。「なんでも」といっても、子どもの味覚はおとなのように贅沢ではありませんので、カレーライスとかスパゲッティー、ハンバーグといったものです。

 朝食では、パンがいいか、ご飯がいいか。パンならバターロールか食パンか。飲み物はミルクがいいのか、オレンジジュースがいいのか、などといった願いは聞いてあげていましたね。

 また、食事以外の事では、休日であれば、私が子どもの要求にこたえていました。キャッチボールやトランプ、ときには新幹線に乗りたいといった要求にもこたえて、東京駅から小田原まで子どもといっしょに乗りに行ったこともありましたよ。

 私たち夫婦は、自分の心や体や時間でこたえてあげられるものは、可能な限り与えてきたと思います。そんなふうに子どもに接していると、おもちゃ屋さんの前で「あれを買ってほしい」「これがほしい」などと言って、「もの」を欲しがることで、私たち夫婦が困ったことはほとんどありませんでした。

 

私は子どもの精神科の臨床医をしていましたので、自分の子育てをやや実験的な気持ちも込めてやってきたのですが、そんな経験を経て思ったのは、子どもの要求というものには、個人差があっても、どの子においてもある一定の容量があるということです。

日々の生活の中で自分の欲求が叶えられることを積み重ねて行くことで、子どもの心は満たされていくのです。それは、空腹でもないのに、あれこれ食べたいという欲求が起きないのといっしょです。

 ですから、子どもが「もの」で要求をするときは、心の要求の満たされ方が不足しているのだと思ってください。

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「もの」で子どもの気持ちを満たしてあげるやり方では、親の信頼は得られません

 また、私の経験上、もうひとつわかったのは、子どもの気持ちを「もの」で満たしてあげるというやり方では、子どもは親に対してさほど大きな信頼を寄せないということです。

 子どもが欲しいというものを買うために、ときには親が生活を切り詰めてやりくりをすることもあるでしょう。でも、親が苦労して「もの」を買って与えても、親の心(愛情)は、子どもに伝わりにくいのです。要するに、親自身が心と体と時間で満たしてあげたほうが、お金をかける場合より、子どもが親に寄せるようになる信頼の度合いは大きいんですね。

 ですから、お母さんやお父さん方には、お子さんが小さなうちから自分の心と体と時間をお子さんにかけてあげていただきたいんです。

 例えば、子どもがおんぶをせがんだら、おんぶをしてあげてほしいのです。長時間おんぶをする必要はありませんよ。「つぎの電信柱のところまでね」とか、「向こうから自動車がきたら、おんりだよ」とか言っておんぶをしてあげればいいのです。

 

子どもに自分の願いが親から受け入れられて、大切にされているという実感が伝わればいいのです。そうすると、子どもの心は満たされて、子どもの自信につながります。

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「日々の食事」で子どもの願いを叶えてあげてください。きっといい子に育ちます

 もし、私がお願いしていることが大変だと思ったら、まずは、私の妻がしていたように、日々の食事で願いを叶えてあげるところから始めてみてください。

 朝食の卵はハムエッグがいいか、ゆで卵がいいか、オムレツがいいか。そんなレベルでいいんですよ。日常の食卓で、小さな願いが叶うことというのは、一見するとたいしたことではないように思えますが、食事というのは生命の大切さを感じる力を与えますし、毎日のことですから、とても大切なものなんです。

 簡単な料理であっても、自分の望んだことを受け入れてもらったという実感が子どもにしっかり伝わって、その小さな積み重ねが、あたたかな親子関係をつくるうえで、必ず大きな力になります。反対に、親が心と手と時間をかけずに、心が満たされずに大きくなってしまった子どもというのは、やがて大きくなるにつれて、自分のやり方でその要求を満たそうとします。

 

例えば、思春期や青年期に、暴力的になったり、反社会的になったり、非社会的になったりすることがあります。また、自分の要求にこたえてもらえなかった分だけ、その子は周囲の人や社会の要求や期待にこたえられない人間になっていくのです。

 子どもは大切にされている自分に安心しして自分を信じ、本当に自分を大切にしてくれる人がいることで人をを信じ、社会性豊かな人間として生きていけます。

 お母さんやお父さんは、このことを信じて、ぜひお子さんが小さなうちから心や体や時間を使って、お子さんの望んだことを満たしてあげてください。

心のこもった食事を子どもに与えるのは、思春期や青年期でも子どもの心を満たす有効な方法です。

 ところで、「食事で子どもの願いを叶えてあげるという」この方法は、お子さんが大きくなってからでも有効です。大きくなった若者におんぶやだっこはできませんが、食事を作ってあげることはできるでしょう。

 ただし、お子さんの心が満たされるまでの時間がかかることを覚悟して臨んでください。大きくなってから子どもの要求を満たしてあげるのは、借金の時間が長くなればなるほど利子が大きくなるのといっしょで、小さなころに不足していた成熟のための借金の返済をすることになるので、時間や手間がたくさんかかるのです。

 だからこそ、お父さんやお母さん方には、小さなうちから子どもに心と手をかけてあげてほしいんです。そうすれば、きっといい子に育ちますから。

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教えてくれたのは

佐々木正美|児童精神科医

1935年、群馬県生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京大学で精神医学を学び、ブリティッシュ・コロンビア大学で児童精神医学の臨床訓練を受ける。帰国後、国立秩父学園や東京女子医科大学などで多数の臨床に携わる傍ら、全国の保育園、幼稚園、学校、児童相談所などで勉強会、講演会を40年以上続けた。『子どもへのまなざし』(福音館書店)、『育てたように子は育つ——相田みつをいのちのことば』『ひとり親でも子どもは健全に育ちます』(小学館)など著書多数。2017年逝去。半世紀にわたる臨床経験から著したこれら数多くの育児書は、今も多くの母親たちの厚い信頼と支持を得ている。


構成/山津京子

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