母乳育児をしていると、「差し乳」という言葉を耳にするかもしれません。そもそも、この「差し乳」とは何なのでしょうか。これを理解するためには、母乳がどうやって作られるのかを知る必要があります。また、差し乳と言われる状態や、溜まり乳(張り乳)と言われる状態の正しい解釈や、母乳不足の見分け方についてもご紹介しましょう。
差し乳とは?
赤ちゃんにおっぱいをあげる授乳期には、知らない言葉を聞く機会があるかもしれません。そのひとつが、「差し乳」や「溜まり乳(張り乳)」。これらの言葉は医学用語ではなく、ママの母乳の産生状態について表しています。
差し乳とは?
「差し乳」とは、ママの胸が次のような状態である場合を言うようです。
・乳房があまり張らない
・授乳から時間がたっても、乳房があまり張らない
・赤ちゃんに授乳し始めると、母乳の量が一気に増える
溜まり乳(張り乳)とは?
一方で、「溜まり乳(張り乳)」は次のような状態を指す意味で使われます。
・乳房が張りやすい
・赤ちゃんに授乳すると乳房が落ち着く
・授乳後でも母乳が増えているように感じられる
一般的に、授乳中のママの乳房は張っていて、赤ちゃんが吸うと落ち着いてくるもの。また、授乳時間が長く空くと乳房が張って痛みを感じることもあるかもしれません。乳房が張る場合を「溜まり乳(張り乳)」、その逆で乳房の張りが見られないことは「差し乳」と言われています。
差し乳と言われるのはいつから?
「差し乳」と言われる状態になる時期は、人により異なります。生後すぐから「差し乳」になるママもいますし、生後2~3ヶ月して授乳のリズムが安定するようになった頃から「差し乳」と言われる状態になる場合もあります。
正しい母乳の作られ方
「差し乳」や「溜まり乳(張り乳)」について知るためには、そもそも母乳がどのように作られているかを理解する必要があります。
母乳は常に産生し続けられている
母乳は24時間常に産生し続けられており、乳房の中に溜められています。これは、いわゆる「差し乳」でも「溜まり乳(張り乳)」でも同じで、どちらの状態でも、いつでも母乳が作られているのです。そして、母乳を溜められる量には個人差があり、乳房の大きさとも関係ありません。
また、差し乳は赤ちゃんが母乳を飲んだら新しく母乳を作る、溜まり乳は赤ちゃんが母乳を飲まずとも母乳を溜めておくことができる、という風に、昔は言われていたようですが、先にもお伝えした通り、母乳は24時間常に産生されています。
本来、授乳中のママの体では母乳が産生し続けられているため、「差し乳」や「溜まり乳(張り乳)」という状態や解釈は、実際にはふさわしくない考え方であるとも言われています。
また、授乳中のママは、母乳が作られているような感覚を覚えるときがあると言います。しかしそれは、実際に母乳が作られているのではなく、オキシトシンと呼ばれるホルモンが分泌されているため。赤ちゃんがおっぱいを吸うと、その刺激でオキシトシンが分泌され、その反射として母乳を排出するように乳房が収縮します。その乳房の感覚を「母乳が作られている」と感じることもあるようです。しかし、母乳は特定のときに作られるものではなく、24時間常に産生されています。
差し乳的状態がNGで、溜まり乳(張り乳)的状態がOKというわけではない
乳房の張り具合にかかわらず、授乳中のママの体では母乳がいつも産生されています。ですので、「差し乳」のような状態はNGで、「溜まり乳(張り乳)」のような状態がOK、ということにはなりません。授乳のリズムが落ち着いてくると、乳房の張りが治まって「差し乳」と言われる状態になっていくこともあります。
差し乳と言われる状態の正しい解釈
医学用語ではなく、しかも「差し乳」のような状態は存在しないものと言われても、ママによっては「差し乳」と同じように感じることだってあるかもしれません。差し乳だと感じるとき、その状態をどのように解釈するといいのでしょうか?
筋肉の収縮
授乳のあとに母乳が作られているように感じるのは、オキシトシン反射によって乳房にある筋肉が収縮することが原因です。また授乳するときは、赤ちゃんの吸う力だけで母乳が排出されるのではなく、筋肉が収縮して母乳を押し出そうとしています。オキシトシンというホルモンは、ママが赤ちゃんとスキンシップをすることで多く分泌されるようになり、赤ちゃんがおっぱいを吸うとその分泌は多くなります。
よって、赤ちゃんがおっぱいを飲んだあと、乳房の筋肉が収縮するときに「今、母乳が作られている」と感じることもあるようです。しかし、母乳は24時間常に産生されいて、特定のときに作られるものではありません。
母乳の量が少ない?
乳汁が乳腺房内に残っていると、母乳の産生が低下します。乳房が張らない、差し乳と言われる状態だと、授乳や搾乳をつい忘れてしまうこともあるかもしれません。そのため、授乳や搾乳の回数が減ってしまい、乳汁が乳腺房内に残っている場合は、母乳の産生が低下することもあるでしょう。
溜まり乳(張り乳)と言われる状態の正しい解釈
次に「溜まり乳(張り乳)」と言われるの状態については、どう考えればよいでしょうか?
母乳過多
赤ちゃんが飲む量より多くの母乳が産生し続けられてしまうと、母乳過多の状態となります。これが「溜まり乳(張り乳)」のような状態とも言えます。出産直後から1ヶ月ほどまでの間は、多くのママが「溜まり乳(張り乳)」の状態になりやすく、母乳が多く作られます。しかし、その状態は少しずつ落ち着くようになり、しばらくするとちょうどいい量の母乳が作られるようになっていきます。
乳腺炎
母乳は24時間産生され乳房の中に溜められているとご紹介しましたが、古い母乳が乳房に残って乳腺に溜まってしまうと、乳腺炎が起きることがあります。乳腺炎は、授乳回数が少ない場合や赤ちゃんが片側の乳房からしかおっぱいを飲まないことなどでも、引き起こされます。
乳腺炎になると、乳房が腫れたり赤くなったり、授乳時に痛みを感じたりするようになります。「溜まり乳(張り乳)」と言われる状態が長く続くと、は乳腺炎になりかかっていたり、初期の乳腺炎になっている可能性も否定できないでしょう。
母乳不足の見分け方
赤ちゃんにとって、母乳が十分足りているのか、不足しているのか、どうやって見極めればいいでしょうか。特に初めての育児だと、自分の母乳量が十分なのか心配になるママも多いでしょう。赤ちゃんが健康で元気に成長しているなら、あまり心配する必要はありませんが、母乳不足と見分けるときは、次のようなサインに気を付けてみましょう。
体重の増加量
赤ちゃんがおっぱいを飲んで元気に成長しているのかよくわかるのが、赤ちゃんの体重の変化です。1ヶ月の間に700g~1kg体重が増えていれば平均値で、1日あたり30gくらい体重が増えていくことになります。もし、このような体重増加が見られない場合は、母乳だけではなくミルクを追加することをすすめられる場合もあります。ただし、病院や医師によって考え方は異なるため、自己判断でミルクを追加するようなことはせず、主治医や助産師などに授乳方針について相談しましょう。
おしっこ・ウンチの回数が少ない
赤ちゃんのおしっことウンチの回数も、母乳量を判断するひとつの目安にできます。おしっこの回数が1日5回以下、ウンチが毎日ではなく2~3日に1回程度で便秘になっている場合は、母乳が足りていない可能性があります。また以前よりもおしっこやウンチの回数が減ったと気づいたときも、母乳量が不足しているかもしれません。
ただし、汗をたくさんかく暑い季節は汗として水分が排出されため、おしっこの回数が減ることもあります。また、赤ちゃんによっては母乳量が十分でも、排便回数が数日に1回の子もいます。
赤ちゃんがおっぱいに長く吸いつく
赤ちゃんはお腹がすいたら泣いておっぱいを欲しがり、十分な量を飲んだらおっぱいを離すもの。しかし、赤ちゃんが長くおっぱいに吸いつき、離すと泣くようであれば、「まだ母乳が足りない」という意思を伝えているのかもしれません。また、単純に眠い場合でも、いつまでもおっぱいに吸いついていることもあります。母乳量が不足しているか判断に迷ったときは、医師や助産師に相談しましょう。
差し乳は母乳不足ではない
自分が「差し乳なのかも…」と思ってしまうと、母乳が足りていないのでは?と不安に感じるママもいるでしょう。しかし、いわゆる差し乳と言われる状態であっても、母乳は産生されて溜まっているため、母乳不足と決めつけることはできません。授乳中のママのおっぱいに関わる悩みは尽きないかもしれませんが、あまり神経質にならず、心配なときは気軽に医師や助産師に相談することをおすすめします。
記事監修
河井恵美
看護師・助産師の免許取得後、大学病院、市民病院、個人病院等に勤務。様々な診療科を経験し、看護師教育や思春期教育にも関わる。青年海外協力隊として海外に赴任後、国際保健を学ぶために兵庫県立大学看護学研究科修士課程に進学・修了。現在はシンガポールの産婦人科に勤務、日本人の妊産婦をサポートをしている。また、助産師25年以上の経験を活かし、オンラインサービス「エミリオット助産院」を開設、様々な相談を受け付けている。
文・構成/HugKum編集部