AIみまもりロボット「GPS BoT」開発者・八木啓太さんに聞く開発秘話。「子どもを主語にして課題解決を」

工作が好きだった子ども時代から、ものづくりを生業にすると決めた学生時代

自分が作ったもので人に喜んでもらえるのがうれしかった

――子どもの頃からものづくりはお好きだったのですか?

八木:元々、工作が好きな子どもでした。外でも遊んでいましたが、雨の日はもくもくと工作していましたね。おもちゃを作って妹と一緒に遊んだり、友達にプレゼントしたりして、そのときに喜んでもらえたっていうのが最初の成功体験です。

工夫して何かを作って、それを誰かが喜んでくれるっていうのがすごくうれしいなあと。

今の仕事でも、直接会ったことがない誰かの生活に役立ち、喜んでもらえるのがうれしくて、そのために作っています。

――最初に喜んでもらえた作品は覚えていますか?

八木:九九を覚えるものだったと思います。ティッシュの箱に穴をあけて、くしで「2×2」のところをポンと押したら「4」が出てくるような。妹が九九を覚えるときに作って、「これで覚えたら?」って。まあ、作ってる間に覚えちゃったんですけど(笑)。

世の中にあるおもちゃを再現するとか、そういうことをしていましたね。どうやったらできるんだろう?っておもちゃを分解して、仕組みを学んだりしていました。そういうのが蓄積されていったんだと思います。

――家庭環境が今のご自身に影響を与えている部分は?

八木:大学の教員をしている父親の影響も大きかったと思います。父親がもの好きというか(笑)、オーディオやパソコンが好きで。父が使ったものやお古をもらったりしていました。当時としては早かったと思います。身近に変わったものがいっぱいあったので、おもちゃ代わりにいじったりして、面白いなと興味を持ちました。

あとは、ごく普通の家庭なのですが、7人兄弟なんですよ。次男で3番目だったんですが、7人それぞれ協調していかないと家庭がなりたたないというか。小さな社会が破綻するので、相手側の気持ちになって考えることは訓練された部分もあるのかもしれないですね。

「自分にとってもみんなにとってもハッピーなことってなんだろう」という思考になるので。小さな社会の全体最適が拡張されたっていうことはあるかもしれないですね。

――他に影響を受けた人はいますか?

八木:Apple製品が好きなので、スティーブ・ジョブズ。あとは掃除機のダイソンとか。ダイソンは、掃除機のフィルターが目詰まりするという、誰もが不便に思っていただろうけど「こんなものだろう」と諦めていたことを解決した。プロダクトそのものもですが、着眼力みたいなところに影響を受けました。

生活の中で当たり前化しているけど、実はすごく不満なことってたくさんあると思っていて。それをくみ取って、中でもこれは大きな課題だな、というものに関してはイノベーションを起こしていくということですね。

電子工学、機械工学、デザインの三本柱を学ぶと決めた

――いつ頃から具体的にものづくりを志したのでしょうか。

八木:高校生くらいから「こういうものがあったらいいのに」っていうスケッチを描き始めて。デザインとかコンセプトとかですね。

自分も作る側になりたい、ものづくりを生業にしたいと思ったのは、高校で進路を決めないといけないときでした。

――どう道筋を立てていったのですか?

八木:憧れているオーディオやApple製品の要素を見ていると、電子工学、機械工学、デザインという3つの要素を学んでいけば(ものづくりをする人に)なれることがわかったので、そこを学んでいこうと決めました。

工学は専門性が高いので大学で学ぼうと。デザインは好きだったので、雑誌を読んだり美術館に行ったり、趣味の範疇でせっせと取り組んでいきました。

一番身についたのは、コンテストに出すということですね。芸大の生徒や若手のデザイナーを対象にしたコンテストってたくさんあって、お題が毎週のようにあがっていたので、せっせと出していました。大体落ちるんですが、受賞作は発表されるので、「なんで自分は落ちてこれが受かるんだろう」「この差分はなんだろう」ということから、自分でPDCAをまわしていくというか。

1枚の紙を出すだけなんですが、その中で魅力をどう伝えるか、そもそも魅力的なコンセプトなのかっていうことを突き詰めていくと、だんだん受かるようになってきて。趣味で好きだったので、ひたすらやっていただけなんですけど(笑)。

――機械工学は社会に出てから学ばれたんですよね。

八木:そうです。富士フイルム株式会社に入社して、医療機器を作っていました。土日は自分でアイデアを出したものを設計して試作品などを作ったり、社外のコンペにも出したりしていましたね。

自分のものづくりの信念を世に問うための独立

――そうして独立を?

八木:もともと自分の作ったものがお役立ちできればいいなと思っていて、それが大企業の中でも実現できていたので、それでもよかったんですけど……作り手としては、もっとイノベーティブなものを作りたいという想いが強まってきて。今みたいに社内スタートアップみたいな制度があったらやっていたかもしれないですが、当時はなかったので。

作り手として成長するためには、新しいチャレンジを世に問うてみて、フィードバックを得てから、自分が合っているか間違っているかを検証しないと始まりません。

BsizeのLEDライトは、そこにあることすら気づかないほどシンプルで余計なものがそぎ落とされたデザイン

――最初にリリースしたLEDライトは社内にいたころのアイデア?

八木:はい。LEDのメーカーさんから、光がまわりこんで手元が影にならない高品質なLEDを「ぜひ手術灯に」という提案がありまして。残念ながら富士フイルムでは採用にはならなかったんですが、こっそり持って帰ってデスクライトを作ってみたら、本当にいい光で。

少しくらい高くても、光や目に対するクオリティを求めていらっしゃる方には響くのではないかと思いました。そして、せっかくいい光なので照明器具としての存在感はできるだけ消したいということで、デザイン的にもどんどんそぎ落としていきました。角パイプだとエッジが目立つので丸パイプにして、ネジ頭や継ぎ目もいっさいなくして、いい光だけがただあるという状態に。

これを世の中にリリースして、自分のものづくりの姿勢は世の中に受け入れられるのか、というのを問いたくなったんです。悩んだ結果チャレンジしてみたくて、独立しました。会社でやっていたことに不満はなかったのですが、より新しいチャレンジをするにはその選択肢しかなかったからという形です。

でも、MBAをとるために3年くらい留学して帰って来たり、バックパッカーで世界を放浪して帰ってきて再就職する方っているじゃないですか。自分としては、それにすごく近い感覚でした。

独立するときに貯金と退職金で3年やってみて、ダメだったらダメなりに新しいことを学ぶので、また再就職すればいいし、うまくいったら続ければいいので、そこで自由にやれる猶予期間をもらったという感じでしたね。

人生を賭けて独立するんだっていうよりは、自由に一度やってみようっていう感じのほうが強かったです。

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