子どもと向き合う時間は、一喜一憂のとまどいの連続。子育てに行き詰まることも日常です。歌人・俵万智さんが詠み続けた「子育ての日々」は、子どもと過ごす時間が、かけがえのないものであることを気づかせてくれます。「この頃、心が少しヒリヒリしている」と感じていたら、味わってほしい。お気に入りの一首をみつけたら、それは、きっとあなたの子育てのお守りになるでしょう。
たんぽぽのうた1 着替えかた教えてやれば
着替えかた教えてやれば「一年生半」になったらやりますと言う
えっと、あの、一年生半になったら
あれをしろこれをしろと、いつになく口やかましい母親になってしまった春休み。「一年生になるまでには、できるようにしようね」と私が言うと、小さな声で、息子が応える。「えっと、あの、一年生半になったら」
「半」というのは、八時半とか一分半とかの「半」で、一年生になったとたんというのは難しいので、せめて一年生と二年生のあいだぐらいまでは待ってくれ、という意味らしい。自信のなさと、ほんの少しのやる気を感じさせる表現に、思わず笑ってしまった。
たんぽぽのうた2 ランドセル体の半分ぐらいある
ランドセル体の半分くらいあるおまえが上る水無月の坂
「あこがれのお兄ちゃん」がいる小学校
息子が小学生になるにあたって、一つだけ心して準備してやったことがある。それは、息子の行く小学校に通っている近所の男の子たちと、なるべく知り合いになれるようにということだ。こんなことを親が配慮してやるなんて、自分が子どものころには、考えられなかった。近所の子どもたちは、勝手に群れ、勝手に遊び、約束などしなくても、その辺の空き地に集まったり、互いの家にあがりこんだりしていたものだ。が、今は、かつてのその「あたりまえ」が、ない。幼稚園児の時でさえ、親が連絡をとりあって、段取りを決めて遊ぶというのが普通だった。近所のお兄ちゃんと友だちになれれば、小学校へ行く気持ちも高まるだろう。幸い、息子には「あこがれのお兄ちゃん」がいた。
俵万智『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』より構成
短歌・文/俵万智(たわら・まち)
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)を受賞。https://twitter.com/tawara_machi
写真/繁延あづさ(しげのぶ・あづさ)
写真家。1977年生まれ。長崎を拠点に雑誌や書籍の撮影・ 執筆のほか、出産や食、農、猟に関わるライフワーク撮影をおこなう。夫、中3の⻑男、中1の次男、小1の娘との5人暮らし。著書に『うまれるものがたり』(マイナビ出版)など。最新刊『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)が発売中。