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日本でのはじまりは1980年代。独自の保育文化として根付いてきた「森のようちえん」
そもそも野外での保育活動は、日本でも「里山保育」「青空保育」として実践されてきました。
1980年代から長野で野外保育を実践してきた「森のようちえん全国ネットワーク連盟」理事長の内田幸一さんによれば、
「日本で誰が言い出したのかは、はっきりしないんですよ。野外保育実践者で連絡を取り合ってあつまったときに、『森のようちえん』っていいことばだよねってことになって、会の名称に使わせてもらいました」(『ルポ 森のようちえん』より)
とのこと。全国ネットワーク連盟の設立は13年前の2008年。現在の会員数は、個人・団体をあわせて約300あるそうです。
「森のようちえん全国ネットワーク連盟」では、概要を以下のように説明しています。
1 「森のようちえん」とは
自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の総称
2「森のようちえん」という名称について
【森】は森だけでなく、海や川や野山、里山、畑、都市公園など、広義にとらえた自然体験をするフィールドを指す。
【ようちえん】は、幼稚園だけでなく、保育園、託児所、学童保育、自主保育、自然学校、育児サークル、子育てサロン・ひろば等が含まれ、そこに通う0歳から概ね7歳ぐらいまでの乳児・幼少期の子どもたちを対象とした自然体験活動を指す。
「要するに、日本全国でそれぞれの地域に独自の外保育文化が同時多発的に発生、そこにあとから「森のようちえん」ということばを冠しただけであり、北欧やドイツの森のようちえんを輸入したわけではない。」と、おおたとしまささんは言います。
「森のようちえん」で子どもに育まれるものとは?小学校は大丈夫なの?
おおたさんの著書『ルポ 森のようちえん』では、認可保育園、幼稚園が運営母体、保護者主導で運営されている自主保育型のものなど、11園の活動が紹介されています。
その形態も、
・毎日森で過ごす「通年型」
・通常の保育活動の一部に森のようちえん活動を盛り込む「融合型」
・週末などに定期的に開催される「行事型」
など様々です。『ルポ 森のようちえん』に登場する融合型と行事型の2園を紹介します。
融合型の「ながら幼稚園」は、私立の認可幼稚園。月に数回だけ野外活動を取り入れています。「森のようちえん」で豊かな経験を積むことが小一プロブレムや不登校の問題への対策になる、と園長先生は考えています。「着席して前を向いて先生の話が聞ける」小学校の管理教育に備えつつ、「森のようちえん」のゆるさを一部取り入れて、本質的な環境適応能力を養成することを目指しています。
行事型の「ぎふ☆森のようちえん」は月に1度、自然の中で過ごすイベントを実施。ある日の参加者は親子で総勢100人。ボランティアスタッフとして保育のプロが参加して行います。年齢事に班に分かれて行動し、原則、年少から親と離れて過ごします。月に一度の実施でも、回数を重ねる毎に、子どもたちの遊び方に変化が見え、生き物に全く触れられなかったお父さんが、通ううちに自分でイモリを捕まえるようになったり、親の変化に目を見張ることもあるそう。
主体的な遊びこそが、非認知能力を育む
多くの親が子どもに自然体験をさせたいと考えているでしょうが、気になるのは通年型の「森のようちえんに行って小学校は大丈夫?」ということではないでしょうか。実際、登場する通年型の園の代表によれば、保護者からこの質問が多く寄せられると言います。
「小学校大丈夫ですかという質問はほとんどの場合、「遊んでばかりいて大丈夫ですか?」という意味だと考えられます。でも、幼児期においては主体的な遊びこそが学びであることをまず理解してほしいということです。これはモンテッソーリもシュタイナーも訴えていることです」(通年型「せた♪森のようちえん」の西澤さん。『ルポ 森のようちえん」から)
西澤さんの発言を補完するように、おおたさんは言います。
自然のなかでの子育てが素晴らしいことは誰でも直感できます。でも、それが具体的に何を育てているのかと問われると、言語化は難しい。言語化できないからといって、存在しないわけではありません。直感的に良いと思えるものの価値ほど言語化しにくいという逆説が成り立ちます。一目惚れした相手の良さを言語化しろと言われても困ってしまうのと同じです。良さの要素が無数にあり、しかもそれらが多層的にからみあっているから、一つ一つを因数分解できません。森のようちえんでは、むしろそういう言語化できないものの価値をまるごと直感的に感じ取る感受性をもつひとを育てようとしているのです。それこそが今話題の非認知能力です。
今や、これからの幼児教育とセットと言っていいほど耳にする「非認知能力」。
『ルポ 森のようちえん』には「付録」として、おおたさんが過去に週刊誌に寄稿した「『非認知能力』とは何か?」が収録されており、由来や概要などが綴られ、「非認知能力」についての興味深い考察になっています。
通年型の「森のようちえん」を選んだ親たち
「森のようちえん」を目指して移住が増加している・鳥取県智頭町
本書で紹介されている、鳥取県智頭町の「まるたんぼう」は、「本気の森で本気で遊ぶ」をキャッチにした、林業に従事していたご夫婦が始めた通年型の「森のようちえん」。山陰中央テレビがドキュメンタリー番組を制作し、2012年には全世界に配信され、その後、県として「森のようちえん」を全面的に支援・アピールすることになったきっかけを作った伝説の園。ここを取材に訪れたおおたさんが体験した「失敗エピソード」が語られています。
おおたさんが、子どもたちとの森の中への散歩に同行した時のこと。歩いていて山イチゴを発見した子どもたち。みんな駆け寄って競うようにほおばります。すると、子どもたちの中の一人が、リュックからお椀を出してそこにイチゴを入れて集め、友達に分けてあげているのを見て、おおたさんは「すごい、お椀を使うんだ!」と言ったところ、子どもたちは、おおたさんの発言を聞いて、次々とお椀を取り出したそう。
おおたさんは、これを「見学者としてミス」をしたと述べているのですが、なぜでしょう?おおたさんの発言を機に、それまで自分のためにやっていたことが、大人のためにやる行為に変わってしまうから、だそう。
「まるたんぼう」では、子どもが忘れ物をしても、スタッフは自分で気が付くまで教えないそうです。喧嘩をしても転んでも、本人たちの自らの解決する力を信じて待つのが保育の基本。おおたさん曰く、「大人がお節介を焼かない教育スタイルを流儀にしている、日本の森のようちえんの一つの「極」」であるこの「まるたんぼう」の理念に共感して、ここ10年間で56世帯が移住をしてきたそうです。
ちなみに、「まるたんぼう」では、付属の小学校まで開校しています。
長男は「森のようちえん」。だけど次男は普通の幼稚園に
おおたさんは、敢えて「森のようちえん」を選ばなかったケースにも取材されています。
首都圏在住の2男を育てている方は、ママ友から「すごくよさそう」と聞いて興味を持ち即決。長男は、「森のようちえん」で3年間を過ごしました。自然とたっぷり戯れるだけでなく、自然科学系の知識も身について、普通の幼稚園では決してできなかったすばらしい経験をさせてもらったと親御さんは感じています。
しかし、園長がボスキャラだったようで、「年度の初めには、結構厳しめに指導して、誰がこの群れのボスかをわからせることで子ども達を統率する」やり方だったため、子どもはかなりプレッシャーを抱える毎日だったようです。また、安全面への配慮で不安を感じたこと、教育熱心な親たちとの折り合いなど複合的な理由もあり、「上の子の影響ですでに自然体験の素地ができていた」ので、次男は普通の幼稚園に入れたとのこと。
取材を終えたおおたさんは言います。
世の中にはまだまだいろんな森のようちえんがあり、決してひとくくりにはできませんん。「森のようちえん」というブランドだけでようちえんを選ぶことのないようにしてほしいと思います。
「森のようちえん」の魅力は、これからの子育てのヒントにも
本書の最後に、おおたさんが、取材した11園を通して感じた「森のようちえん」の魅力が箇条書きにまとめられています。
【子ども】
・自然や生活に関する知識・技術が身につく
・多種多様な非認知能力が育まれる
・自然と共鳴できるようになる
【社会】
・育児・教育の新しい視点が得られる
・地方と都市部の格差解消につながる
・自然との共存の可能性が広がる
コロナ禍の影響で、働き方、生活スタイルが劇的に変わりつつある今、地方移住をして子育てをする家族が増えています。『ルポ 森のようちえん』は、教育法の一つの選択肢として「森のようちえん」を視野にいれている方には格好のガイドブックとなるでしょう。
そして、本書には、サブタイトルに「SDGS時代の子育てスタイル」とあります。様々な「森のようちえん」のあり方は、これからの共生社会を生きる子どもを育てるヒントをも示してくれるHugKum世代の子育ての必読の書とも言えます。
ルポ 森のようちえん SDGs時代の子育てスタイル
日本全国での丹念な取材から驚きの全貌を描き出した、子育てや教育に関わるすべての人にとって必読の一冊です。登場する「森のようちえん」の一覧には、QRコードが掲載され、各園のサイトに掲載された写真や動画が楽しめます。
おおたとしまさ
雑誌編集部を経て、多くの育児、教育媒体の企画や編集に携わる。中学高校の教員免許をもつ。『究極の子育て』(プレジデント社)の監修ほか、本質を見極めた子育てや中学受験に関する著書も多数。中学受験漫画『二月の勝者-絶対合格の教室-』とコラボレーションした『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』(小学館)がある。
Hugkumで、「教育ジャーナリストおおたとしまさの中学受験ドラマ「二月の勝者」考察」を連載中。
文/HugKum編集部