大女優・加賀まりこが『濡れた逢いびき』(67)以来、54年ぶりに主演を務めた映画『梅切らぬバカ』が、11月12日(金)より全国公開されました。本作は、母親と自閉症の息子が織りなす親子の絆を通して、社会における不寛容さを問う珠玉の1作となっています。
加賀さんが演じるのは、占い師をしている母・山田珠子役。自閉症の息子・忠さんこと忠男役は、お笑い芸人で、俳優としても活躍しているドランクドラゴンの塚地武雅ですが、実際にグループホームを訪問し、自閉症の方々にお会いしたり、ご家族や世話人の方から話を聞くなどして、入念にリサーチをしてから難役に挑みました。
脚本も手掛けた新鋭監督・和島香太郎は、あるドキュメンタリー映画の編集に携わり、障がい者の住まい問題を目の当たりにしたことをきっかけに、本作の脚本を執筆したそうです。母と息子のやりとりは、ユーモラスかつ温かい目線で描かれつつも、現実から目を逸らさないリアルな視点も入れ込まれ、非常に見応えのある映画に仕上がっています。
「生まれてきてくれてありがとう!」という母の想いを体現
珠子と忠さんは、古民家で静かに暮らしています。庭にある梅の木は伸び放題で、隣に引っ越してきた里村家からは苦情が出ました。そんなある日、珠子は息子の将来を心配し、忠さんをグループホームに入居させようとします。でも、他人との慣れない同居生活を始めた忠さんは戸惑い、ホームを抜け出してしまいます。
本作で、懐の深い母性を体現した加賀さん。忠さんの髪を切ったり、ひげを剃ったりと、かいがいしく息子の世話をする珠子に悲壮感はなく、常に息子と過ごす時間を楽しんでいる感じです。
ただ、いきなり忠さんがぎっくり腰になった時、息子を支えきれなくて、2人で転倒して、珠子まで捻挫をしてしまうというくだりでは、老いた母親のリアルな現実が突きつけられます。珠子が忠さんの独り立ちを考えるに至ったのも自然な流れでしょうか。
加賀さんは、珠子役を演じるにあたり「障害を持つ子どもの親の方は、人に優しいし、責任感が強い。そこを大事にしました」とインタビューで語っています。実は、加賀さんの現パートナーのお子さんも自閉症だそうで、いろんな想いを胸に本作に参加されたのではないかと想像されます。
加賀さんは、和島監督に「生まれてきてくれて、ありがとう!この想いを必ず入れてほしい。全編くまなく、ちりばめてください」とリクエストされたそうですが、珠子の海のように深い母の愛が、全編に行き渡っている気がします。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」に込められたメッセージとは
タイトルは「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」ということわざから来ています。桜は幹や枝を切ると腐敗しやすいが、梅は余計な枝を切らないとよい花実がつかないから、それぞれの樹木に合った剪定(せんてい)をするのが良いとされているとか。転じて、人との関わりにおいても、すべてを紋切り型にとらえず、相手の性格や特徴を理解しようと向き合うことが大事だという戒めになっています。
劇中では、自由に伸びた梅の木が、近所とのトラブルの一因になってしまいます。また、梅の木だけではなく、忠さんのお騒がせ行動にもいろんな人からクレームが入り、珠子たちは追い詰められていきます。でも、実は彼の行動には、ちゃんと理由があり、やがて忠さんのことを寛容に受け止めてくれる人も現れます。
人は生きていくうえで、どうしても他者と交わっていかなければいけないので、そこでいろんなトラブルや心のモヤモヤも発生します。でも、少しだけ相手の立場になって物事を見てみると、思いもかけず解決の糸口が見つかることがあるのかもしれません。それは、自閉症の忠さんを取り巻く環境だけではなく、万事において言えることで、自分にとって都合の悪いことを“不要な枝”だと決めつけてしまうのは、危険なことだなと改めて考えさせられました。
ちなみに、和島監督が関わったドキュメンタリーでも同じような桜の木にまつわるご近所とのトラブルがあり、その木は伐採されたと聞いて、少し胸が苦しくなりました。
本作において、和島監督は加賀さんから「梅の木が切られたり、根こそぎ持ってかれるということが、自分の人生を否定されてるような気持ちになるんだよね」と言われたことで、脚本のラストを変更されたとか。そこもぜひ映画を観て確かめていただきたいです。また、親子で映画を観ていただければ、いろんなものを受け取ってもらえると思います。
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹/林家正蔵、高島礼子…ほか
公式HP:https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/
文/山崎伸子
©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト