ゲーム機を買わない代わりに長男が欲しがったのは。。。
俵 『ニワトリと卵と、思春期の息子』を読ませていただいて、ご長男の成長ぶりにとても興味が湧きました。「ゲーム機を買わない代わりにニワトリを飼いたい」というご長男の願いを聞き入れたところから始まって、養鶏場を営むことになったのですよね。今、繁延さんのお宅はどんな感じなんですか?
繁延 東京から長崎に来て11年目ですが、衝撃的な展開になりました(笑)。4年前、長男が小6の時に大バトルがありまして、言い争いをした翌日、どういう訳か「ゲームはいいから、ニワトリを飼わせてくれ」と言い出したのです。
庭先での飼育から本格的な養鶏場へ
生き物を飼うのは覚悟がいるし、大家さんも認めてくれないよ、と最初は取り合わなかったのですが、「ニワトリ飼育計画書」なるものを作ってきて、彼なりに養鶏の人脈を作って外堀を固められ覚悟を決めました。最初は庭先で飼い始め、卵を近所の人に直売するようになり、徐々にニワトリの数も増えて、高校1年になった長男から夫に引き継がれていきました。
そして、昨年、夫が本格的な養鶏場を開きました。今、写真の仕事をする傍ら、私も毎朝、採れた卵を磨くことが日課になっています。
俵 採れた卵を送っていただきましたね。息子さんの卵だあ、と大切に味わいました。でも、それが一家で養鶏場を営むまでになったなんてビックリです。『ニワトリと卵と、思春期の息子』ではその前で終わっていますよね。お父さんが息子さんの計画を応援する形で実現したのでしょうか?
繁延 いえいえ!本にも書きましたが、長男と夫はものすごく仲が悪かったんです。思春期ということもあって、私とはよく言い合いをしてぶつかっていたのですが、夫とは話もろくにしない感じで。
でも、養鶏場を営むという「仕事」を介して二人に会話が生まれるようになりました。次男も末っ子の娘も鶏舎の仕事を手伝ってくれています。
俵 ゲーム機がニワトリに化けて、それが繁延さんの家の空気まで変えてしまったんですね。でも、なんでゲーム機じゃなくて、ニワトリだったのかしら?
親の支配から自由になるために、お金が欲しかった
繁延 前作の『山と獣と肉と皮』に綴ったのですが、我が家は、猟師さんが身近にいて野生肉をもらって食べるのが日常の暮らしになっていたので、猟師さんの仕事の影響もあるのかなと思います。命が食べ物になることと、その食べ物は人間に必要だという体感のようなものはあったはず。
彼が小さいころ、私とケンカしてお小遣いが無しになりました。そのまま成長していったのですが、思春期になり、親の支配から自由になりたくなってきたときに、「お金が欲しい」と思うようになったのだと思います。
そこで、生き物がお金を生み出す活動を彼なりに考え抜いて養鶏にたどり着いたようです。ニワトリをしめて食べるということも当然出てきます。だから、ペットじゃなくて家畜だと言ってましたね。彼の中で、養鶏はお金も生み出すし、ゲーム機よりも可能性があって魅力的という判断になったのだと思います。俵さんも、息子さんとゲーム機を巡って論争があったのですよね?
簡単に楽しいゲームは「おやつ」。おやつばかりじゃ体に悪い
「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ
石垣島でゲームの存在を忘れた息子
俵 ゲームとの戦いはありました!私が息子によく言っていたのは、楽しくて、簡単においしいゲームは「おやつ」だということ。おやつばかり食べていたら、体に悪いでしょ。主食は、外遊び、本を読むことだよ、ということでゲーム機との付き合い方を納得していましたね。
でも、その後、石垣島に移住して、全くゲームに目が向かなくなりました。圧倒的な自然の中で、五感を使って遊ぶことの楽しさに魅せられたんですね。すっかりゲーム機で遊ばなくなったねと言うと「だって、今、オレがマリオなんだよ!」ですって。
まるで、ゲームの主人公になったかのように思ったのでしょう。それに、ゲームはゴールが決まっているけど、自然の中の遊びはいつも違いますもんね。こっちの方が数倍楽しい!うちの息子の自然遊びが、繁延さんの息子さんにとってはニワトリだった。それにしても養鶏にたどり着いたのがスゴイですね。
ゲーム機の代わりに飼ったニワトリが、父と息子の関係を安定させることに
繁延 長男は幼い頃から本が好きで、特にシートン動物記に親しんで野生動物や生態に興味を持っていました。その後はプリミティブな世界を描いた本や『鹿の王』に代表される上橋菜穂子さんの作品も好きで、そんな影響か干し肉を食べてみたいと言ったりしてました。本から得た情報が元になって養鶏にたどりついたのかなあと思っています。
今、彼は卵のネット販売の担当をしていて、その仕事の報酬に対して夫からお小遣いをもらっています。養鶏という仕事を通して親子のパワーバランスがまた変化して夫との関係は落ち着いた感じです。
息子さんが中学に進学して、俵万智さんに訪れた試練とは。。後編はこちら
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。
2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。2022年1月、2021年度『朝日賞』(朝日新聞文化財団主催)を受賞。
構成/Hugkum編集部