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中学校進学を機に、息子と別々に暮らすように
繁延 俵さんは、息子さんが中学に入った段階で別々に暮らすことになられた訳ですが、手放されることに葛藤はなかったのでしょうか?
俵 いや、私もまさか全寮制の学校に行ってしまうことになるとは思っていなかったのです。石垣で住んでいた地域にも中学校はありましたが全校生徒数名の規模で、大きい中学校がある町に出る人も多く、ならば島を出ても同じかと色々と探して見つけた学校でした。ものすごく辺鄙な山奥なんです。見学に行ったら、息子がもうここしかない!というくらいに気に入って、その中高一貫校に進学を決めました。
繁延 いきなりいなくなってしまって寂しくなかったですか? 「子育てはたんぽぽの日々」で、小学生までの子育ての暮らしを知ることができていましたが、その後の子育てがどうなったのか伺いたいと思っていました。
学校始まって以来のホームシックに。ハガキを毎日送り続けました
俵 手放してから「しまった!」と思い、寂しさはありました。でも、私より息子がものすごいホームシックにかかってしまって。最初は、友達と楽しく毎日修学旅行の気分だったようですが、それも束の間。
学校はスマホが禁止で、一日30分だけ呼び出しの時間というのがあって、毎日電話がかかってきました。私も週末ごとに会いに行くということがしばらく続きました。
学校始まって以来のホームシックと言われるくらいでしたね。寮の先生が「ホームシックはみんなかかるし、いつかは落ち着いて寂しい気持ちも薄れるから」と慰めたら、息子はキッパリと「この気持ちは忘れたくありません」と言ったそうなんです。
繁延 わぁ!ぐっときますね。なんだか、俵さんが短歌を作るときの気持ちに通ずるのではないですか。
俵 そうですね。その時の気持ちを思う存分味わうことを大切にしたい、ということなのかしら。私もそんな気持ちを歌に託すという思いはありますね。毎日、ハガキも出していたんですよ。離れていてもあなたのことを思っているよ、忘れていないよ、という気持ちを込めて送っていました。
繁延 毎日!6年間ですか?
友達が楽しみにしているから、ハガキ辞めないでいいよ
俵 そうです。ホームシックも落ち着いたし、母親から毎日ハガキが届くなんて、いい加減恥ずかしい年頃じゃないかしら、と思って、高校に上がった時に、もう辞めようか?と言ったら「いや、辞めないでいいよ。友達が楽しみにしてるし」と言われて(笑)。
繁延 みんなで回し読みしていたんですか。微笑ましい。なんだか家族のやりとりみたいですね。
親のありがたみがわかった?6年間の寮生活
俵 そうなんです。高2までは相部屋で過ごしますし、友達というより兄弟みたいな感覚なんでしょうね。
他人と折り合いをつけて暮らしていく寮生活は小さな社会です。身の回りのことも自分でやらなくてはならないから、いっぱい失敗もするし、人間的にも色々と鍛えられたと思います。だから、息子は思春期の反抗の前に、親のありがたみが先にわかっちゃったという感じかしら。
思春期の子育てには、「ナナメの関係」が必要
思春期の親子関係のむずかしさ。野生動物だったらとっくに離れていた?
繁延 ああ、うらやましい。生物学者の福岡伸一さんが「生物の中で思春期があるのは、おそらく人間くらい」とおっしゃっていたのですが、私は長男とのバトルがある度に、つくづく家族が一緒にいることの窮屈さ、息苦しさを感じていました。
野生動物だったら、とっくに離れていたよねと話したこともあります。俵さんのお話を聞いて、親と子の間に家族以外の人間がいるということで、息苦しさやストレスを回避できるのではと思いました。
思春期は身近な大人に反抗が芽生える時期
俵 石垣島にいた5年間は、地域のコミュニティ社会に支えられての暮らしでした。ウチは二人きりの家族だったから、外に開かざるを得なかったという所はありますが、思春期は身近な大人に対する反抗が芽生える時期ですよね。
親と子は「直線の関係」だからぶつかり合いも多いのでしょう。批判の対象にぶつかる経験も大切だとは思います。でも、思春期の子には、地域の人とか親戚のおじさん、おばさんたちとか、いわば「ナナメの関係」が必要になってくるのではないかしら。
繁延さんの息子さんには、猟師さんを始めとして、養鶏家の先輩たちなど、「ナナメの関係」になってくれる人がたくさんいらしゃるのでは?
繁延 そうですね。親子がうまく離れるための舞台装置は必要だろうなあと思います。そういう意味では、俵さん親子にとって、この6年間は結果的にとても良かったんですね。息子さんは大学でどんなことを学ばれるのですか?
親子の共通の趣味は「ことば」。大学では文学を学ぶことに
俵 文学部に進むことになりました。二人で「ことのはたんご」という言葉の推理ゲームに熱中したり、息子から好きなラップを教えてもらったり、私たち親子の共通の趣味は「ことば」なんです。小学校の高学年くらいから、息子を題材にした作品は発表する前に見せてきました。
いつの間にか短歌をつくるようになり、作品に意見をくれることも
シャーペンをくるくる回す子の右手「短所」の欄のいまだ埋まらず
彼はいつの間にか短歌も作るようになって、時折、私の作品に意見をくれることもあります。『未来のサイズ』に収められた『シャーペンをくるくる回す子の右手「短所」の欄のいまだ埋まらず』という一首は、息子から「これ、短所じゃなくて、長所にしたほうが思春期っぽくて良くない?」と言われ、う〜ん、それもありかな、と散々悩んだということがありました。
繁延 おお、そのやりとりは親子の関係が違うステージに進んだ証のような気がします。新しい関係性に移行してきているのでは?
「生きていく力をつけてやる」が子育てのテーマ。心がけていた3つのこと
俵 新しい親しい関係が始まりつつあるという感じかしらね。確かに親としては生物学的な役割は終わったかなあ。
私の子育てのテーマは「生きていく力をつけてやる」ということでした。そのために、日常的に意識していたのは、自然に触れる、地域社会と繋がって子育てをする、子ども同士が野放図に遊ぶ、の3つ。石垣島の暮らしは全部が備わっていました。
子どもがパワーをくれたことを実感しています
根っからインドア派の私が、石垣島に暮らすなんて、ホント、今考えるとそんなエネルギーがどこから湧いたのかしら、と我ながら感心してしまいます。子どもがパワーをくれたんですね。そして、6年間の寮生活も息子に「生きる力」を培ってくれたと思っています。繁延さんは、次男くん、妹さんと、まだまだ子育てが続きますね。鶏舎も始まったばかりだし、これからの繁延家がどう展開してくのか、とても楽しみです。
繁延 私も、俵さんと息子さんのこれからの関係性の変化がとても楽しみ。次男は長男とはタイプが全く違って、何事に対しても疑問を持って主体性がある長男、素直に受け入れるのが次男という感じです。次男はお兄ちゃんに憧れがあって、同じ学校に進学しました。考えたら彼も思春期真っ只中ですが、私と兄のやり取りをそっと様子見をしている感じ。
いろんな個性がいる家族のなかでくつろぐ自分でいたい
3年生になった妹は、長崎に来てから生まれた子で、2歳から狩猟を見ていて、彼女にとってはニワトリを絞めて食べることもフツウです。食べものは生き物だった、という環境に体感的に馴染んでいるんですね。そういう意味での「ネイティブ」としてどんな風に育っていくのか、興味がありますね。俵さんが「子育ては期間限定」とおっしゃっていたことを折々に噛み締めながら、いろんな子が家にいる事でくつろいでいる自分でいたいと思います。
子育て対談・前編はこちら
歌人。1962年生まれ。1987年に第一歌集『サラダ記念日』を出版。新しい感覚が共感を呼び大ベストセラーとなる。主な歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で第11回若山牧水賞受賞。エッセイに『俵万智の子育て歌集 たんぽぽの日々』『旅の人、島の人』『子育て短歌ダイアリー ありがとうのかんづめ』がある。
2019年評伝『牧水の恋』で第29回宮日出版大賞特別大賞を受賞。最新歌集『未来のサイズ』(角川書店)で、第36回詩歌文学館賞(短歌部門)と第55回迢空賞を受賞。2022年1月、2021年度『朝日賞』(朝日新聞文化財団主催)を受賞。
構成/HugKum編集部