前回の記事では、人工授精に至るまでの通院での治療について教えてもらいました。1年間以上の通院を経てどのような形で人工授精を決断したのか、あらためて語ってくれました。
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「ステップアップしてみる?」
キヨさんいわく、不妊症の治療は、自然に近い妊娠を目指す通院での治療で結果が出ないと、次のステップとして人工授精を医師から勧められるといいます。
「本当の不妊治療」はここから始まるとの考え方もあるらしく、キヨさんたちの時は保険適用外でもありました。※2022年(令和4年)4月からは保険適用に。
そのステップアップの際に、どのような話が医師からあったのでしょうか。
「うちの妻が月に3回、仕事の後で婦人科に通院する期間が続きました。いろいろ試す中で、卵管通水検査といって、生理食塩水を使って卵管の通りを評価する検査をしました。
この検査後には卵管の通りが良くなって、妊娠する可能性が高まるとも言われているみたいですが、それでも授かりませんでした。そのくらいの段階で『ステップアップしてみる?』と妻の担当医から妻に言葉がありました。
その話を妻から聞いたとき、すぐにでも人工授精しようと僕は思いました」
生理が来てしまった時、2人とも本当に落ち込みました
人工授精では、どういった作業が男性の側にあるのでしょうか。
「プラスチック製の密閉容器に朝一で精子を採取し、それを妻に託します。
普通なら一緒に行くのかもしれませんが、ちょうどコロナのタイミングだったので、妻が1人で精液を病院へ持参しました。濃縮と洗浄を経て妻の体内へ入れてもらいます。
その際、精子の状態について婦人科の先生から毎回、批評が入ります。やはり、男性のコンディションによって精子の状態もかなり影響を受けると知りました」
結果として、何回目の人工授精で授かったのでしょうか。
「3回目です。1回目の後も2回目の後も、生理が来てしまった時は、2人とも本当に落ち込みました。
『3~4回やって駄目だったら体外受精へ行こう』と先生から言われていましたし、3回目も正直、僕は半ば諦めていました。と言うより、期待して裏切られると相当落ち込むので、期待しないよう、期待しないようとしていました。
それに、3回目の人工授精で持ち込んだ精子の濃度と運動率が、1回目・2回目と比べて決していい状態とは言えませんでした。
『だんなさん、疲れてた?』と婦人科の先生に言われたくらいです。前の日に、ハードな山登りをしたのが影響したのだと思います。
なので、生理が来ないと妻が言い始めたとき、ぬか喜びをしないように何度も妻を落ち着かせようとしました」
『下がるな、下がるな』と妻は祈っていた
妊娠が分かった瞬間は、どのように報告があったのでしょうか。
「期待するなと繰り返し僕が言うので、妊娠検査薬をこっそり買って準備していたそうです。
基礎体温もずっと測っていて、体温が下がらない状態が続くと『下がるな、下がるな』と妻は祈ったみたいです。
いよいよ生理が来ないとなった時、僕が寝ているすきに検査したらしいです。妊娠が分かると、僕を起こして『出た、出た!』と喜んで教えてくれました」
キヨさんは最初、どのように反応したのでしょうか。
「『う、うん』と答えたと思います(笑)やっぱり喜ぶのはまだ早いと思っていて、病院で調べてもらわないと安心できません。
ただ、妊娠検査薬で妊娠の反応が出たとしても、病院で診てもらうまでには、心音が聞こえるくらいまで子どもの成長を待たなければいけません。
その宙ぶらりんの期間はずっと落ち着かなかったです」
病院は2人で行ったのでしょうか?
「コロナの関係もあり、仕事終わりで妻が1人で行きました。だから、超音波検査(エコー検査)で聞こえる子どもの心臓の音を僕は聞いていません。
しかし、妊娠を告げられた妻自身も、しばらく実感がなかったみたいです。検査を終え、僕に電話を掛けてくれて、妊娠を報告してくれました。その段階で、ようやく彼女にも実感があったみたいです。
一方で僕は、しばらく現実感がありませんでした。妻のつわりがひどくなってから、ようやく実感したくらいです」
3回目の人工授精で持ち込んだ精子は、前日のハードな登山で状態が悪かったものの、雄大で美しい山登りを楽しんだキヨさんにはその日、ストレスが一切なかったと言います。
もしかするとストレスもなく半ば諦めてさえいた、その脱力した感じがかえって功を奏したのではないかと、今は感じるそうです。
キヨさん夫婦は待望の第一子に、美しい名峰にちなんだ名前を付けたとも教えてくれました。
負担の多い妻を精神的に支える声かけが重要
最後に、不妊症の治療を振り返り、男性として心がけるポイントを聞いてみました。
「不妊症の治療は1カ月に1回、『残念報告』があります。これが、やはりしんどかったです。
また、自分たちがどの段階のどの治療をしているのか、その時点では分からず、全体像も見えなくて、フラストレーションがたまりました。
大きな負担を女性の側は強いられているので、率先して男性の側が、治療の全体像の説明を医師に求め、自分たちが今どの辺りにいるのか把握できるように心がけるといいと思います。
その上で、負担の多い妻を精神的に支える声かけが、夫の側にはとても重要になってくると思います」
インタビューの現場に、キヨさんはお子さんを連れてきてくれました。
妊娠までの物語を聞いた上でお子さんと向き合うと、1つの命の誕生には無数の奇跡が積み重なっているのだと、しみじみ感じられました。
この記事シリーズが、新たな命の誕生を待ち望む人たちの道しるべや心の支えに少しでもなればと、心から祈ります。
【キヨさんのブログ】
取材に登場したキヨさんは、育休や不妊治療についてブログでも情報を発信されています。併せて参考にしてください。『まわれブログ』
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文・坂本正敬 写真・荻矢陸央
参考:『家庭医学書 医学館』(小学館)