日本は50年前と変わらない!?
――下地先生のご専門は?
下地ローレンス吉孝(以下、下地):社会学、国際社会学です。人種や民族など複数のルーツを持つ人々を巡る社会的な環境や立場、課題などについて研究しています。
――先生ご自身も、多様なルーツをお持ちですね?
下地:私の祖父はアメリカ人、祖母が沖縄の人なので、母はアメリカと沖縄とのハーフです。その母から生まれた私は、クォーター(1/4)ということになります。
でも、22~23歳くらいまでは、このテーマを研究しようとは考えていなかったんです。祖父がアメリカ人なのは、かなり特殊な例だと思い込んでいたし、多様なルーツを持つ人と話すこともありませんでしたから。
――認識が変わったのは?
下地:大学の授業でフィリピンハーフの方がゲストスピーカーでいらっしゃって、その方からいわゆる「アメラジアン」(もともとは、アメリカ人軍人の父とアジア人の母の間に生まれた子どもを意味するが、今では、その子孫を含め、アメリカ人とアジア人の血統を引く人々)についての話を聞く機会がありました。そして、母と同じだと思いました。
同時に、「あなたはマイノリティ(少数派)ですよ」と、自分自身が客観的なカテゴリーに当てはめられることに驚き、ある枠組みの中に自分が急に入れられたとも感じました。それで初めて、自分は一体、何人なのだろうかと考え始めたのです。
――研究をすすめる上で見えてきたのは?
下地:母は70代ですが、未だに「日本語が上手ですね」とか「日本に来て何年ですか?」と声をかけられると言います。見た目から「日本人」ではなく、「外国人」として捉えられているのです。
驚いたことに、いろいろな聞き取り調査の結果、今の10代や20代といった若い人たちも、母と同じことを言われていました。
――50年もの月日が経っているのに?
下地:複数のルーツをもつ人は日本社会にも少なからずいて、今や芸能界などで活躍するハーフの人々もたくさんいるというのに、日本社会の環境はまったく変わっていないのです。まず、それはどうしてだろうという疑問が湧きました。
さらに、日本では、ハーフ・ミックスの研究がほとんどなされていないことにも衝撃を受けました。
――研究されていない?
下地:これまでにアイヌや在日コリアンの人々に関する研究はなされてきたため、若い世代の人も歴史や文化的なルーツについて知ったり、学んだりする機会はあります。
しかし、ハーフ・ミックスの人々は自分自身に関する日本社会での歴史や他の人の経験についてどこかで学ぶ機会がないまま、日本で生まれ育っているのが現状です。それで、これは自分が研究しなくてはと思いました。
「ハーフ」は差別用語?
――現在、「ハーフ」「ミックス」「ダブル」など、多様なルーツを持つ人を指す言葉がありますが、どれを使うべき? 使ってはいけないのは?
下地:いっとき、「ハーフ=半分」というイメージから、「ハーフは差別用語だから、二つの文化や言語のつながりを示す意味でダブルを使うべき」という運動もおきました。
でも、日常会話などでは「ハーフ」という言葉は普通に使われていますし、当事者の中でも様々な受け止め方や考え方があり、差別用語だとは感じていない人もいます。ただ…。
――ただ?
下地:一口に「ハーフ」といってもいろいろなケースがあります。生まれや育った地域・環境、外見や文化、家族関係、宗教や伝統行事、名前や国籍などの在り方も様々で、一人一人の経験も異なります。
「ハーフ」「ミックス」「ダブル」というカテゴリーに対する思いも人それぞれです。カテゴリーをつかって不用意に声掛けしたり、一方的に名指すまえに、まずは目の前の相手の声や意見を聞き、どんな思いを抱いているのか耳を傾けてみることが何よりも大切です。
――確かにそうですね。海外では、どう表現されている?
下地:「ミックスドレース(複数の人種が混じっている人)」という言葉もありますし、「ハーフ・〇〇、ハーフ・□□(例:I am a half Japanese, half Korean.)」などのように表現することもあります。
また、「ハーフ」という和製英語の響きを用いて、近年の英語圏のニュースでは「hafu」と表記される例も。
ちなみに、オバマ元アメリカ大統領は、「バイレイシャル(2つの人種に属する)」と紹介されているケースもありました。
差別意識や偏見が強いのは日本だけ?
下地:「人種」をめぐる概念のひとつに、一人の人間は必ず特定の1つの人種に属しているものだという「モノ・レイシャリティ(単一人種観)」という思い込みがありますが、それは、日本以外でも、例えば移民国家や多民族国家と呼ばれるような国でも同様に見られます。
「誰でも属している人種はそれぞれ一つだけ」という価値観が優勢な社会の中で、複数のルーツを持つ人にたいする偏見や誤解が生まれてしまっています。
――日本での問題は?
下地:日本の社会は同調圧力が強いと言われる場合がありますが、生まれ持った肌や髪の色が「みんなと同じではない」とされた人にとっては、とても苦しい状況に追い込まれています。
たとえば学校では、生まれ持った髪の毛の色が黒髪でない場合に黒染めを強要されるケースがあります。自分の髪の色に対して、「校則に違反している=悪い人」というレッテルを貼られてしまう事例があるということです。
――いわゆる「ブラック校則」のひとつ、「地毛証明書」の問題にも絡んでいますね。
下地:登校拒否や引きこもりの背景には、こういった学校側の制度の問題があるということです。自分はこの社会(日本)に存在してはいけないのかなと感じてしまう場合さえあります。
そのほか、銀行口座を作る際や不動産関係の契約時に、本来必要のない書類の提出を求められたり、警察官から突然いわれのない職務質問を受けたりする事例もあります。
また、結婚や就職などの際にも、複数のルーツをもつことが不利益につながったという話も聞いています。
――そうなると、言葉の問題だけではないですね。
下地:「ハーフ」という言葉がいいとか悪いとかではなく、まずはそうした社会の風潮やルール、制度によって、当事者がさまざまな困難に遭って苦しんでいる現実を知り、理解することが大切だと思います。
親として心に留めておきたいこと
――日本の現状を変えていくには?
下地:子どもは、好ましいことであれ、そうでないことであれ、親からの影響を受けます。だとしたら、まず、大人の意識を変えることが必要でしょう。自分の胸に手を当てて、差別意識はないだろうか、誰かを不用意に傷つけてはいないだろうかと考えてみてください。
――はい(…回想中)。
下地:たとえば、見た目で相手を外国人だと思い込み、「日本語が上手ですね」と言ったことはありませんか。自分としては褒めたつもりでも、その人は実は、日本にもルーツを持ち、しかも日本生まれ日本育ちで、そう言われることが不快かもしれません。あるいは、言外に「あなたは日本人ではない」と拒否されたように感じて、悲しい思いをしているかもしれません。
――正直、そんな風に考えたことはないし、そもそも悪気はないのですが…。
下地:悪気がなかったとしても、相手が傷ついたなら、必要なのは「悪気はない」という言い訳(弁解)ではなく、謝罪です。
これは、自転車の事故と同じようなものです。自転車で人を轢こうという意図はなくても、ぶつかって相手にケガをさせてしまったら、「そんなつもりじゃなかった」と言い訳するより、まず「ごめんなさい」というのが筋ですよね。
――ついつい言い訳をしたくなりますが、謝るのが先決ですね。
下地:こんなふうに、無自覚なまま相手を傷つけてしまう行為は「マイクロアグレッション」と呼ばれます。賞賛のつもりで相手の人種的特徴を口にしたり、許可なく身体に触れたりする行為が、相手を不快にさせることもあります。たいていは無自覚で悪意がないだけに、傷つけた側は気づかないのです。
親としては話しにくいかもしれませんが、そういう失敗をしてしまったときは、できるだけその失敗談を子どもたちに話してあげましょう。子どもたちは、親の姿や行動を見て育つのですから。
――日本では「同じであること=良いこと」だとされがちですが、自分と同じでないこと、つまり違いがあることは悪いことではないと教えたいものですね。
下地:今後、相手に多様な背景があるかもしれない、自分とは違う可能性があるという前提で、お互いによりよいコミュニケーションが取れる社会に変わっていくことを願っています。
これまでも女性の社会進出や性の多様性(LGBTQ)の問題など、少しずつ社会は変化してきました。次世代を生きる子どものために、まず親が自分の価値観を見つめ直してみましょう。
――ありがとうございました。
「親子で読みたい」下地さん おすすめの絵本&コミック
アンチレイシスト・ベビー
全米図書賞ノンフィクション部門受賞の歴史家が、次世代のアンチレイシスト(反差別主義者)たちを育てるために上梓した絵本。「親である私たちは、子どもたちを一方的に導くというよりも、自分たちの無意識の差別についてもまずは認め、その過ちや失敗体験を子どもと共有することが大事。そんなことも教えてくれる絵本です(下地さん)」
半分姉弟
潜在的な差別に基づく何げない言動で相手を傷つけてしまう“マイクロアグレッション”。「それが具体的にどんなかたちで発され、人種的多様性のルーツをもつ人たちをどんなふうに傷つけてしまうのか、とてもわかりやすく描かれているコミックです(下地さん)」
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取材・文/ひだいますみ