ダーウィンの進化論とは? 他の進化論との比較、人生に役立つ「ダーウィンの名言」も紹介

ダーウィンの進化論は有名ですが、きちんと内容を説明できない人も少なくありません。そこで、具体的にどのような内容なのか詳しく紹介します。その他の進化論との違いや、相互に与えた影響などについても触れていきます。

ダーウィンとは

まず、ダーウィンがどのような人物だったのか略歴を紹介します。どのような状況下で進化論が生まれたのか、生い立ちや背景についても見ていきましょう。

イギリスの自然学者

チャールズ・ロバート・ダーウィンは、地質学や生物学に精通したイギリスの自然科学者で、「種の形成理論」を確立したことで知られています。ダーウィンの科学的発見は、後に修正されることもあったものの、理論的な説明が示されていることから現代生物学の基礎として捉えられているのです。

その功績を称えられ、ダーウィンの名前が付いた賞もあります。例えば、英国王立協会が生物学分野で卓越した業績を上げた人物に贈る「ダーウィンメダル」です。1992年に分子進化の中立説を提唱した木村資生が、日本人として初受賞しました。

チャールズ・ダーウィン(イメージ)

ダーウィンが「種の起源」を発表するまで

1809年にイギリスで生まれたダーウィンは、父は医師で投資家、父方の祖父は医師で博物学者、母方の祖父は陶芸家で企業家という裕福な家庭で育ちました。子どもの頃から植物や貝殻の収集をするなど、博物学的なことに興味を持っていたといわれています。

ケンブリッジ大学を卒業後、植物学者の恩師の紹介で、イギリス海軍の測量船に乗ることになったのです。訪れたガラパゴス諸島で、ゾウガメの変種をはじめ、さまざまな特殊な動物種や化石種の存在を知ったことが、「変化を伴う進化論」の基盤になったとされています。

約5年にわたる調査の後、約20年かけて研究をかさね、1859年に「種の起源」が発表されました。

ガラパゴスのゾウガメ

ダーウィンの進化論とは

「種の起源」においてダーウィンが提唱した進化論について、詳しく見ていきましょう。それまでの進化論との違いや、世間の受け止め方についても紹介します。

自然選択と生存競争

ダーウィンの進化論は、全ての生物種が共通の祖先から長い時間を経て、「自然選択」を通して進化しているというものです。自然選択は「自然淘汰(とうた)」とも呼ばれ、突然変異によって生まれた個体が、たまたま環境に適応したため生き残り、進化が起こるという考えです。

生物の生存競争の結果、環境に適応できた変異個体が生き残り、後の世代に受け継がれる中でさらに環境に適するように変化していくと主張しました。

環境に適応しようとして進化したのではなく、たまたま持って生まれた形質が環境に合っていたため生き残ったという考え方になります。

フィンチのくちばし

ガラパゴス諸島に生息するフィンチという鳥は、ダーウィンの進化論の重要な研究材料であったことから、「ダーウィンフィンチ」という総称が付けられています。

現在までに14種類のフィンチが存在していることが分かっており、くちばしの大きさや形が食べ物によって異なっているのが特徴です。太くて短いくちばしから、小さく短いもの、小さく長いものまで著しく異なる種が島ごとに分布していることから、ダーウィンの提唱した「自然選択」によって種が進化することを強く支持する材料となったのです。

それまでの進化論との違い

ダーウィンの進化論以前には、フランスのジャン・バティスト・ラマルクが提唱した進化論がありました。「用不用説」と呼ばれるもので、よく使う器官は徐々に発達し、あまり使わない器官は徐々に衰えるというものです。

ラマルクとダーウィンの説の比較として有名なのが「キリンの首」です。ラマルクの説を用いると、キリンの首が長いのは、環境に適応するために首を長く変えていったためとなります。つまり、高所の葉を食べるために首を伸ばして届かせようと努めたことで、首が長く発達したという理論です。

一方、ダーウィンの説では、たまたま首の長いキリンの個体群が生まれ、より高所の葉を食べられるために生存競争で有利になり、首の長いキリンが生き残って増えたと論じています。

「種の起源」には多くの批判も

現代でこそ「種の起源」は広く理解されていますが、19世紀当時の人々の理解を得るのは困難でした。

当時は神があらゆる物事の中心であり、人間を含む全ての生物は神によって創られたと信じられていたためです。「種の起源」はキリスト教の世界観と対立するため、多くの人から批判があったとされています。

また、「種の起源」には、証明できていない事実もいくつかありました。例えば、進化の過程で存在しているはずの中間種を発見できていなかったことや、同種の生物が別の大陸に存在している理由などです。

しかし、ダーウィンは批判に対して常に科学的に証明しようと努力し続けました。その結果、科学の発展に多大な貢献をすることとなったのです。

ガラパゴスの海とウミイグアナ

その後生まれた進化論

ダーウィンの後にも、進化論を主張した人たちがいます。どのような理論だったのか、ダーウィンのものとの違いも含めて紹介します。日本への影響についても見ていきましょう。

意図に反した「社会ダーウィニズム」

ダーウィンの唱える自然淘汰は適者生存であり、生き残った個体が優れているという主張ではありません。しかし、ダーウィンの意図に反して、進化論の自然淘汰や生存競争の概念を人間社会に当てはめ、社会現象を説明しようとする人たちが現れたのです。これを「社会ダーウィニズム」と呼びます。

例えば、ダーウィンのいとこで統計学者だったフランシス・ゴルトンは、生存中に獲得された特性は遺伝すると信じ、人種間に優劣があるとする優生学の理論を主張しました。

また、哲学者のハーバート・スペンサーは、生物の自然淘汰は人間社会にも当てはまると主張しました。その後、スペンサーの社会進化論は、人種差別や植民地政策を正当化する理由として利用されるようになっていったのです。

日本の進化論にも影響を与えた

江戸時代末期頃に心学者の鎌田柳泓(かまたりゅうおう)が書いた「心学奥の桟(かけはし)」に進化の概念が綴られているものの、詳細は不明とされています。

明治時代になると、ダーウィンやスペンサーなどの本が翻訳され、中でもスペンサーの社会進化論は大きな影響を与えました。「進化論」と訳したのは、哲学者だった加藤弘之です。

自然淘汰説を知った加藤弘之は、それまでの天賦人権説(てんぷじんけんせつ:人間はみな生まれながらに自由・平等で、幸福を追求する権利を持っているという思想)から転向し、生存競争に基づく優劣が社会の原理であると主張するようになりました。

遺伝学も加わった「進化の総合説」

現代の進化論の主流とされるのが「進化の総合説」です。「ネオ・ダーウィニズム」とも呼ばれ、ダーウィンが唱えた自然選択(自然淘汰)に、メンデルの遺伝学を組み合わせたものです。

進化の総合説は、ドイツの生物学者のアウグスト・ヴァイスマンが主張した説で、進化は自然選択のみによって説明でき、獲得形質は遺伝しないと主張しました。

その後、イギリスの遺伝学者であるロナルド・フィッシャーなどによって、集団遺伝学の基礎が築かれ、獲得形質は遺伝しないことや遺伝子の変異は適応的な方向性を持たないことなどが証明されたのです。

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ダーウィンが残した名言

ダーウィンは多くの名言を残しており、その中には現代社会に通じるものも少なくありません。自分の座右の銘にしたり、子どもに教えてあげたりするのもよいでしょう。

生き残るのは最も変化に適応したもの

ダーウィンが書いた「種の起源」の中に、「生き残る種とは、最も強いものでも最も賢いものでもなく、最も変化に適応したものだ」という言葉があります。これは、変化に適応する者が優れているという意味ではなく、変化に適応した者が生き残れるという意味です。

現代社会に置き換えて考えてみると、移り変わりの早い社会の中で生き残っていくためには、変化に適応していく能力が求められています。例えば、近年のコロナ禍では、衰退したビジネスがある一方で、発展したビジネスや新たに生まれたビジネスもあります。

首が長く生まれたことで低い地面の草が食べにくくなってしまったキリンが、高所にある葉を食べるよう適応したように、今の環境や社会の変化にうまく適応できたことが、生き残れた理由の一つといえるでしょう。

無知というのは時折、知識よりも確信に満ちている

この名言には「さまざまな問題を科学では解決できないと主張するのは、決まって知識のない者である」という続きがあります。これはシェイクスピアの「愚者は自身を賢いと思い、賢者は自身が愚かだと知っている」と通ずる言葉で、知識を持てば持つほど「まだ知らないことがたくさんある」と謙虚になるという意味あいを持っています。

新人の頃やまだ経験の浅いときこそ「自分は知っている」「できる」という自信を持ちやすく、それによって成長を妨げてしまったり、新しい考え方を得る機会を失ったりすることもあるでしょう。

子育てにおいては、子どもはまさに「無知による自信」で満ちあふれています。無知がゆえに思いもよらない発想が湧いたり、挑戦できたりすることもあります。無知だからこそ、先を恐れずに揺るぎない自信が生まれるものです。

その子どもの考え方を「まだ何も知らないから」と親の常識や知識で否定することも、無知による自信だといえます。親の自分も知らないような新しいアイデアや可能性を秘めていると信じて、見守ってあげることも大切です。

進化の歴史から学べる人生論も多い

大きな影響を与えたダーウィンの進化論

ダーウィンは、全ての生物種が自然選択(自然淘汰)を通して進化しているという進化論を提唱しました。突然変異で生まれた個体がたまたま環境に適応して生き残り、進化が起こるという考えです。

ダーウィンは環境への適応力があることを「進化」としていましたが、意図に反して「社会ダーウィニズム」という人種差別的な思想が生まれてしまいました。その後、遺伝学が加わった「進化の総合説」が確立され、進化論の主流になっています。

このように、ダーウィンが唱えた進化論は、生物の進化に対する考え方について大きな影響を与えることになりました。

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構成・文/HugKum編集部

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