「スマホ脳」「ゲーム依存」とは?
現代の親の心配事のひとつであり、恐らく叱る原因にもなっているのがスマホとゲームです。篠原先生は「スマホ脳」や「ゲーム依存」について楽観的な見解を出していますが、その理由を教えてください。
篠原 まず、「ゲーム障害」という言葉が注目を集めたのは、WHOによって疾病分類に記載されたからです(ICD-11)。でもこれは、2022年2月に必須要件が公表されて、かなり限定的になったんですね。
具体的には、「コントロール不能」「ゲームの最優先」「問題が起きているにもかかわらず継続」という3点が「12カ月以上続き」、かつ「顕著な生活上の障害」が生じていて、それが「他の精神疾患で説明されない場合」に限定されているんです。日本では「ゲーム依存」という言葉がひとり歩きしていますが、正確にはほとんどの場合、「危険な遊び方」に過ぎないと思います。
松丸 僕はゲームが好きだし、東大の知り合いも9割以上ゲームをやっています。だから、ゲームをやることが悪いことであるかのような見方には違和感を持っていました。
篠原 そもそもWHOも「Game」じゃなく「Gaming」と言っていますからね。ゲームそのものではなく、ゲームの仕方の問題なんです。そうなると、どういう遊び方が望ましいのか、健全な遊び方とはなにかを考える必要がありますよね。
ゲームをすると勉強できない、はホント?
松丸 ゲームをすると勉強ができなくなるという話も聞きますけど、ゲームは趣味のひとつで、部活と変わらないと思うんですよ。それに、ポケモンの名前とか大きさ・重さまで覚えている子とかいるじゃないですか。あの記憶力ってすごいでしょう。絶対に脳にも良い影響があるんじゃないかと思うんです。
篠原 そうですね。最近発表された調査では、9~10歳の時にビデオゲームを多くプレイした子どもほど、2年後に最も知能が向上したという報告もあります(Bruno Sauceら,2022)。だから松丸さんのその観察はほぼ正しいですよ。ゲームは危ないと短絡的に捉えるのではなくて、健全な遊び方を伝えるほうが有意義でしょう。
ゲームの健全な遊び方とは
松丸 そんな報告があるんですね! 曖昧なイメージではなくて、そういう文献や実験結果をもとに議論をしたいですね。ちなみに、健全な遊び方の指標はあるんですか?
篠原 「自由に遊んでいいときに遊ぼう」「ほかに優先すべきことがある時はそちらを優先しよう」「いつまで遊んでいいか決めてから遊ぼう」「家族や友人に対して嘘やごまかしなく遊ぼう」。この4つをおさえればいいのではないでしょうか。松丸さんの子どものときのエピソードなんて、まさに全部当てはまっているんじゃないですか。
松丸 全面的に賛成です。ゲームがいくら好きでも自制できるようにするには、訓練が必要だと思うんです。その訓練を奪う「ゲーム禁止」はあまりにもったいない。そうやって自律心を身につけたら、仕事とプライベートのバランスを自分で考えて行動できる大人になると思います。
謎解きをしている時、脳全体が活性化している!
篠原 ところで、私のところの大学院生が「謎解きをしている時に脳内でどんなことが起きているか」という実験をしているんですよ。
松丸 え、すごい! どういう結果が出たのが、詳しく教えてください。
篠原 その実験自体は条件に甘さがあって改善点はあるのですが、先行研究でもよく言われていることとして、何かをひらめいたときには、快楽に直結するドーパミンが高まって、脳全体が活性化するということがあります。
謎解きは複数のものを関連させて考えるものが多いので、脳のなかの、一時的に情報をとどめておく「ワーキングメモリ」が刺激されています。ワーキングメモリはIQとも相関するし、学業成績にも関わりがあるので、認知機能の向上が期待できると思います。
松丸 いやあ、嬉しいですね! うちの会社の命題は「考えることが楽しめる世界にしたい」なんです。多くの人は、考えることって嫌だな、めんどくさいな、大変だなって苦手意識があると思うんです。でも、謎解きは知識を使わずにひらめく瞬間を得られるから、誰でも頭を使うことのおもしろさを体験できるように作ってきました。
それが学業につながるとは言えなかったのですが、今回、ワーキングメモリや認知機能の向上につながる可能性があるというお話が聞けたので、嬉しいですね。ちゃんと研究したいと思います。実験に謎解きの問題が必要なときは言ってください。
篠原 松丸さんが言うように、謎解きで考えることが快楽と条件づけられて、考えること自体が好きになるというのはいちばん重要なポイントですね。
松丸 ありがとうございます!
ひらめきやアイデアは「ボーッとしている」ときに生まれる
「頭がいい人」は、ひらめきやアイデアが浮かぶというイメージもありますよね。ひらめきはどういう時に起こるものなんでしょうか?
篠原 ひらめきって、一生懸命考えて出てくるものじゃないんですよね。むしろ、ウォーキングをしたり、お風呂に入ったりして、脳を休んでいる状態にしたほうがいいんです。「デフォルトモードネットワーク」状態と言って、いわゆる脳がボーっとしている状態の時に、脳内に散らばった情報が交わって、ひらめきが起こりやすくなります。
松丸 リラックスすることが大切なんですね。
篠原 ただし、頭の中に何もない状態ではダメ。素材となる情報のインプットが重要です。たくさん情報を入れた後で、ボーッとする時間がひらめきを生むんですね。
松丸 わかる気がします。僕も会議室にこもっているより、雑談したりごはん食べたりしているときにアイデアが出るんです。人といろんなことを話していると、伏線が回収されるように「あ、これはあれにつながる」ってひらめいて、それが楽しいです。
ひらめきは人とのコミュニケーションから
篠原 まさにそのとおりです。ひらめきって、一人の天才の脳のなかで起こるようなイメージがあるかもしれないけど、そうじゃないんです。ひとつの脳のひらめく力なんてたいしたことないんですよ。ひらめきというのは、たくさんの情報ネットワークが交わったところで起こるもので、それが起こった場所がたまたま誰かの脳だというだけのこと。脳も情報ネットワークのハブのひとつですからね。人とのつながりをたくさん持つことで、ひらめきが生まれるんです。
松丸 やっぱり一人で考えているだけでは良いアイデアは生まれないんですね。
篠原 そう。集団のひらめきを起こしやすくする方法はあって、肯定的に反応することです。何を言っても「いいね」と褒められる環境だと、みんなが意見を言いやすくてアウトプットが増えるでしょう。そうするとたくさんの情報が行き交うから、ひらめきにつながりやすくなるんです。
松丸 すごくわかります。お互いが褒めあったり良いところを見つけ合う関係の方が、モチベーションもクリエイティビティも高まると思います。勉強に限らず社会体験も人との会話もすべてが情報で、そのときは何でもないと思っていることでも、蓄積してあることがいずれパッとつながる瞬間がある。褒めることとコミュニケーションは、子どもに対してだけじゃなく、大人同士でもすごく重要だとわかりました。
松丸くん×篠原先生の教育対談 前編・中編はこちら
プロフィール
プロフィール
東京大学に入学後、謎解きサークルの代表として団体を急成長させ、イベント・放送・ゲーム・書籍・教育など、様々な分野で一大ブームを巻き起こしている”謎解き”の仕掛け人。現在は東大発の謎解きクリエイター集団RIDDLER(株)を立ち上げ、仲間とともに様々なメディアに謎解きを仕掛けている。監修書籍に、『東大ナゾトレ』シリーズ(扶桑社)、『東大松丸式ナゾトキスクール』『東大松丸式 名探偵コナンナゾトキ探偵団』(小学館)『頭をつかう新習慣! ナゾときタイム』(NHK出版)、など多数の謎解き本を手がける。
取材・文/川内イオ 写真/平林直己 ヘアメイク(松丸)/大室愛 スタイリング(松丸)/飯村友梨