子どもを抱きかかえる道具と言えば、現在は抱っこひもが主流ですよね。筆者の母親世代にはおんぶひもが一般的で、筆者自身も母の背中におんぶをされて育ったと聞きますが、一方で今はスリングも見かけます。大きな布で子どもを丸く包んで、斜め掛けにして横抱きする育児アイテムですね。あのスリングは抱っこひもと比べて、どういったメリットがあるのでしょう?
そこで今回は富山市でsnow+moon(スノー・ムーン)/こそだてサークル雪月を主催、、「エジリング」の愛称で知られるオリジナルスリングを考案し、赤ちゃんとママの体に優しいスリングとその使い方の普及に努める江尻由紀子さんに、スリングのメリット・デメリットなどを聞きました。
胎内と同じ、まあるい姿勢で子どもを抱っこできる
抱っこひもではなく、スリングを使う利点は何なのでしょう。江尻さんによれば最大のメリットとして、
子どもの背骨(体幹)を歪ませずに、丸い姿勢のまま抱っこできる
という点が挙げられるそうです。もともと胎児は母親のお腹の中で両手を体の前に寄せ、足をあぐらにして、背中を丸めて過ごしています。スリングはまさに赤ちゃんの自然な姿勢を維持しながら、抱っこができるアイテムなのです。
江尻さんから手渡された参考資料の中に、『トコちゃんベルト』で有名な青葉のカタログもあります。その冊子にも、
<ヒトの赤ちゃんは、他の動物と比べると未熟な状態で生まれてきます。だから、首がすわるくらいまでは、胎内と同じまるい姿勢で育てるのが良い>(トコちゃんのマタニティ&ベビーケアハンドブック総合カタログより引用)
との言葉がありました。生後間もない子どもを丸く育てる育児グッズの1つとして、スリングが存在するのですね。
ぴったりと体を包む布の密着感が子どもの成長を促す
スリングは手で丸く抱っこしたときと同じように、布で赤ちゃんを小さく丸く包み込んで使います。その布でピタッと包まれた状態で赤ちゃんは蹴る、押すなどの動作を行うため、布の適度な圧が、
子どもの体の成長、筋肉の発達に前向きな効果をもたらす
という可能性も、江尻さんは指摘されていました。例えばハイハイの姿勢がきれいになる、手足の出し方がスムーズになるなど、動きに違いが見られる場合も少なくないと、多くの子どもに接してきた経験から感じると言います。
実際に江尻さん主宰のサークルに足を運んで、江尻さん考案のスリングを使用するママたちに話を聞いてみると、
「(うちの子どもは)ハイハイが奇麗で、指先がとても器用です。2歳でボタンを留められますし、1歳の時点で鉛筆を持てました」(M.A.さん、富山市在住)
といった声も少なくありませんでした。もちろんその子本来の能力が大前提として影響しているはずですが、スリングが前向きな効果をプラスした可能性も十分に考えられます。
親子が密着することで、心の安定にもつながる
メリットは他にもあると江尻さんは語ります。スリングによる赤ちゃんの姿勢の安定と、親子の密着感の高さによって、
子どものメンタルが安定する
よく眠る
という効果も期待できるそう。赤ちゃんの落ち着きに関しては効果を実感している人が特に多いようで、上述したサークルに参加している方々も、
「泣いている子どもも、スリングに入れると泣き止みます」(M.T.さん、富山市在住)
「とにかくよくスリングの中で寝ますし、(スリングの外で)泣いていても、スリングの柄を見るだけで泣き止みます」(Nさん、富山市在住)
と口にしていました。
富山県高岡市から参加しているN.U.さんは、出産直後から子どもが泣き続けて困り果てていたと言います。しかし、スリングを試してみたところ途端に泣き止んだと語るほど。子どもが泣かずによく眠るので、
「(スリングは)ママの産後うつや幼児虐待の予防になると思う」(M.A.さん、既出)
と語る参加者も居ました。赤ちゃんが安定して泣かないため、「外出がおっくうじゃない」という声もあります。
子どものメンタルが落ち着く上に、結果として親の側の精神も安定するという特長も、見逃せないポイントの1つと言えそうですね。
スリングの購入は、まず使用法を学んでから、が鉄則
では、スリングの使用時、あるいは購入時には、どういった点に注意すればいいのでしょう? 抱っこひもと同じく市販品を買って説明書通りに使い始めればいいような気もしますが、江尻さんに聞くと、
「スリングを知っている人の下で使用方法を学んでから、買うといいと思います」
と教えてくれました。もちろん、スリングも普通に市販されていますが、丁寧な説明書や解説DVD付きの商品はごく一部で、ほとんどは簡単な説明書のみだと言います。
また、正確に抱っこできているかどうかは、自分一人では判断しにくいそう。自己流だと肩こりなどのマイナス面が出てくる場合が少なくなく、育児におけるプラスの効果も最大限に発揮されないケースも考えられると言います。
「スリングも抱っこひもも、使い方によってママと赤ちゃんにかかる負担や危険性が変わります。ママと赤ちゃんの体のこと、真剣に考えて使ってほしいです」
プラスして、「使用開始後のトラブルや悩みを解決してくれるサポート体制が整っている商品であれば、なおさら素晴らしい」と江尻さんは語ります。江尻さんご自身が週に1度のサークルを主催する狙いは、スリングを使用するママと赤ちゃんのアフターケアにあるそうです。
ちなみにスリングは消耗品であるため、子ども1人1人に新しいスリングを用意してあげた方が、安全面や使い勝手を考えるといいみたいですよ。
以上、育児にスリングを使用するメリットについて紹介しました。
一方で江尻さんはデメリットとして、
「慣れないと、子どもを抱っこするまでに5分、10分かかる人も居ます」
と明かしてくれました。江尻さんのサークルに参加していた方々の多くは、30秒~1分ほどで子どもをスリングに入れていましたが、慣れるまでにはちょっとした練習が必要だと言います。
そのデメリットを踏まえ、利便性を最大限に考慮し、子どもを「運搬」する便利な道具と割り切って、手っ取り早く抱っこひもを使うという選択も、忙しい現代では合理的だと考えられます。
しかし、スリングは居心地のいい環境のままわが子を外に連れ出してあげられるという、抱っこひもにはない特長があります。その特長から得られるさまざまなメリットを知らないまま、「皆が使っているから」という理由だけで漠然と抱っこひもを使い続ける選択だけは、できれば親と子、双方のために避けた方がいいのかもしれませんね。
(文・坂本正敬)
【取材協力】
江尻由紀子・・・全国で認知度を高めるスリング、通称「エジリング」の考案者。「snow+moon/こそだてサークル雪月」代表。2008年からママと赤ちゃんの体に優しいオリジナルスリングとまるまる抱っこの姿勢を崩さない、心地よく安全に抱っこができる「snow+moonオリジナルの使い方」を広げる活動とこそだてサークル雪月を開催する。
現在は全国各地に「snow+moonスリングアドバイザー」がおり、連携して活動中。継続して指導が出来るよう、レッスンや子育てサークルを行っている。 富山県出身、富山在住。2児(15歳、12歳)の母。
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