恐るべき〝美容禁止モラハラ夫〟イヤリングをつければ「下品だ」、下着を買えば「浮気でもするのか」と罵られ…

「相談に来たD子さんの姿は、一言でいうと「ボロボロ」でした。ダサいとか垢抜けないとか時代遅れとかではなく、「ボロボロ」なのです」。――弁護士歴17年、これまでに2000件を超える離婚・恋愛トラブルを扱ってきた堀井亜生弁護士は、D子さんへの第一印象をそう語ります。
不倫や暴力に代わり、年々増え続ける「モラハラ離婚」。時代は変わったと言われても、女性に対して、理想像を押し付けてくる人はいます。それが結婚相手だとしたら・・・・・? 本記事は堀井弁護士の最新著書『モラハラ夫と食洗機 弁護士が教える15の離婚事例と戦い方』の一部を抜粋・再編集し、D子さんが夫からの抑圧で失った「自分らしさ」を堀井弁護士の戦略でどう取り戻し、さらにどういう理由でモラハラ夫が生まれたのかにまで迫ります。

夫はいつもブランドのスーツ、その妻はいつも同じ服

夫婦の出会いは3年前。結婚相談所のお見合いでした。家庭的な性格で、専業主婦志向が強かったD子さん(31歳)。大手銀行員という男性と会ってみると、なかなかに素敵な人で、性格面も堅実そう。そのまま交際に発展して、数か月後には入籍。銀行の社宅で新婚生活が始まりますが……。

まんが/ゆむい 『モラハラ夫と食洗機』より転載

まず夫から告げられたのは、「銀行員の家庭は夫が家計管理するのが普通。銀行員にとって口座の場所は機密事項だから、夫婦でも教えないという内規になっている」ということでした。そういうものなのかと夫の説明を受け入れ、D子さんは毎月決まった額を夫から渡され、そこから食費や日用品を購入することになりました。

社宅は妻同士の交流が盛んで、夫からは出世に関わるから参加するように言われました。人づき合いは苦手なD子さんですが、頑張ってお茶会に出ているうちに、自分だけが毎回同じ服なのが気になり始めました。ある日、夫に新しい服が欲しいと話すと、「別に同じ服でいいだろ、誰も見てないよ」と気がなさそうな答えが返ってきました。

D子さんは、結婚して以来、洋服を買っていませんでした。渡されるお金は生活費でぎりぎりで、自分のものを買う余裕がなかったのです。一方夫は、営業職だからとブランド品で身を固めています。

さすがに恥ずかしくなってきたD子さんは、独身時代の貯金で柄物のワンピースを買いました。帰宅した夫に見せようとショップの紙袋を出すと、夫の表情が一変。「何だそれは」と紙袋を奪われました。中から出てきた柄物のワンピースを見て、夫は激高。「こんな派手な格好するな、浪費家の嫁がいると思われるだろう!」とワンピースを投げつけました。自分だけいつも同じ服で恥ずかしい、あなたはブランドのスーツを着ているじゃない……とD子さんが泣きながら話すと、夫は「専業主婦のくせに銀行員の俺に口を出すのか」と一言。この件を皮切りに、夫の度を越えた質素倹約と理想像の押し付けが加速していきました。

  • 化粧品を買うことも、美容院で髪を切ることも、全て主婦には不要の無駄づかいと禁止

  • イヤリングをつければ「下品だ」とののしられ、下着を新調すれば「浮気でもするのか」と疑われる。化粧品を買うことも、美容院で髪を切ることも、全て主婦には不要の無駄づかいと禁止されます。次第にD子さんの心は沈んでいき、全ての外出がゆううつになっていきました。
  • 美容室に行くのは実家に帰省した時だけ。化粧品は自分の貯金からこっそり購入します。ある時ついに貯金もなくなり、両親に相談すると「旦那さんは銀行員なのに、なんでそんなにお金がないの?」と言われました。これまでのつらさが一気にこみ上げて、D子さんは号泣してしまいました。ぎりぎりの生活費しかもらえない、自分で買っても怒鳴られるとようやく打ち明けたD子さんは、両親とともに私のところに相談に訪れました。相談に来たD子さんの姿は、一言でいうと「ボロボロ」でした。ダサいとか垢抜けないとか時代遅れとかではなく、「ボロボロ」なのです。毛玉だらけのニット、履きつぶれた靴、頭にはたくさんの白髪……。33歳という実年齢よりもはるかに上の印象を受けました。D子さんがまず口にしたのは、離婚でも別居でもなく「美容院に行きたいんですが、どうしたらいいでしょうか」という言葉でした。
  • 話を聞くと、夫に物を買うことを許されなかったエピソードが出るわ出るわ……。写真を見せてもらうと、夫は身なりの良い銀行員風ふ うで、とても妻にこんな古風な強制をしている人には見えません。夫の母親もとても質素な人だったそうで、夫は自分の中の「質素な妻像」にD子さんを当てはめようとしているように見えました。
  • 妻は慎ましくして家を守り、夫だけに尽くすものという価値観にとらわれている

  • D子さんに、夫との生活費の話し合いを提案すると「お金の話をしたら何をされるかわからない」と言いました。まだ若く、子どももいないため、D子さんが実家に戻ったあと、夫に対して離婚調停を申し立てました。夫は「離婚には応じるが、財産の額は教えたくない。代わりに解決金として100万円を支払う」と言ってきました。

  • しかし、勤務先の銀行に口座があることは確実で、隠し続けてもいずれ強制的に開示されると伝えたところ、しぶしぶ財産の資料を提出してきました。夫が婚姻中に貯めた預金は数百万円ありました。夫は財産を隠したまま、半分よりはるかに少ない額の提案をして離婚しようとしていたのです。裁判官から夫への説得もあり、最終的にD子さんは、夫が貯めた預金を半分もらって離婚できました。
  • 今どきこんな夫が本当にいるの? と思うかもしれません。しかし、妻にスカートを履くな、化粧をするなと禁止するタイプの夫は今もいます。生活費を渡さないのはモラハラ夫の常とう手段ですが、このタイプの夫にはさらに嫉妬による束縛も加わっています。LINEなどのやりとりを見ても、「妻は慎ましくして家を守り、夫だけに尽くすもの」という昨今むしろ珍しい価値観にとらわれていることがわかるのです。
  • 派手にするというほどでなくても、化粧をして好きな服を着ることは、多くの女性にとって大事なアイデンティティです。それを厳しく禁止されるのは本当につらいもので、このタイプのモラハラを受けている妻たちは、皆さん生気がなくなってしまった顔で相談にやってきます。離婚後に挨拶に来たD子さんは、可愛いキャラクターの描かれた化粧ポーチを私に見せて、「先生、これ買っちゃいました! 可愛いでしょう?」とはしゃいでいました。高い服を着ているわけでも、派手なメイクをしたわけでもありません。でも、好きなものを買って身につけるだけで、こんなに人は生き生きとした姿になれるのだと驚きました。
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記事監修

堀井亜生(ほりい・あおい)|弁護士
北海道札幌市出身、中央大学法学部卒。堀井亜生法律事務所代表。第一東京弁護士会所属。
離婚問題に特に詳しく、取り扱った離婚事例は2000件超。豊富な経験と事例分析をもとに多くの案件を解決へ導いており、男女問わず全国からの依頼を受けている。また、相続問題、医療問題にも詳しい。
「ホンマでっか!?TV」(フジテレビ系)をはじめ、テレビやラジオへの出演も多数。執筆活動も精力的に行っており、著書に『ブラック彼氏』(毎日新聞出版)などがある。

 

堀井亜生/著|小学館|1,430円

3時間を超える説教、一瞬の休憩も許されない家事地獄、エアコン禁止で死の恐怖に襲われた夏、夢見た新居はなぜか「空っぽ」………こんな夫からのモラハラ事例が、本書には15例も登場します。そして
・妻が別れを決意した〔モラハラの実態〕と具体的な希望、
・それらを踏まえた〔別れるための戦略〕、
・モラハラ夫が生まれてしまった理由や背景を探る〔分析〕
――が、2000件を超える離婚・恋愛トラブルを扱ってきた弁護士だからこその視点と説得力で語られます。

文・構成/小学館出版局生活編集室

 

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