『ニルスのふしぎな旅』ってどんな話? ノーベル賞作家による冒険小説の、教訓や背景を解説【5分で名作】

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『ニルスの不思議な旅』はスウェーデンの子どもに、自国の地理を学ばせるために作られた冒険物語です。作者は本作品を含めた他の作品が評価され、のちにノーベル文学賞を受賞しました。愛国精神のほか、動物や自然との共存や自然破壊への警鐘、感染症など、今でも問題となっているテーマを多く取りあげています。お子さんと一緒に物語の旅を楽しみながら、社会問題にも目を向けてみましょう。

『ニルスのふしぎな旅』ってどんなお話?

スウェーデンのセルマ・ラーゲルレーヴによる児童文学

原題:スウェーデン語 “Nils Holgerssons underbara resa genom Sverige”/ニルス・ホルガションの素晴らしきスウェーデン旅行」、英語表記”The wonderful adventure of Nils”

国:スウェーデン

作者:セルマ・ラーゲルレーヴ(Selma Lagerlöf)

発表年:1906年

『ニルスのふしぎな旅』はスウェーデンの子どもたちに自国の地理の勉強をさせるために、書かれた冒険物語です。作者のセルマ・ラーゲルレーヴはスウェーデンの小説家・劇作家・詩人で、1858年から1940年にかけて活躍しました。

子どもに自国を勉強させるために書かれたお話でしたが、あまりに面白いため1906年の刊行以降多くの国で翻訳されました。スウェーデン、ソ連、ドイツ、日本など各国でアニメ化、映画化、実写化もされ、今でも世界中で愛されています。

スウェーデンと北欧の国々

作者のセルマ・ラーゲルレーヴってどんな人?

「ニルスの不思議な旅」の作者、セルマ・ラーゲルレーヴ。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B4#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Atelje_Jaeger_-_Selma_Lagerl%C3%B6f_1928.jpeg
作者セルマ・ラーゲルレーヴ Wikimedia Commons(PD)

セルマ・ラーゲルレーヴは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、スウェーデン文学の黄金期を築いた作家です。

スウェーデンの20クローナ紙幣の表には、作者セルマ・ラーゲルレーヴの肖像、裏面にはガチョウのモルテンに乗っているニルスの絵が印刷されています。

代表作には『ニルスのふしぎな旅』のほか、『イェスタ・ベルリングのサガ』『アンチ・キリストの奇跡』『エルサレム』などがあります。彼女は、1909年にノーベル文学賞を受賞しました。

また、ラーゲルレーヴは、国会議員として社会問題に積極的に取り組み、女性の参政権を実現するために活躍しました。彼女は、結婚や家庭を持つことはなく、その生涯は創作と社会問題に費やされ、多くの人々に影響を与えました。

『ニルスのふしぎな旅』のあらすじ

この物語は、今から100年ほど前のスウェーデンが舞台。貧しい農家の14歳の男の子ニルスが主人公です。

※以下では、物語の核心にも触れています。ネタバレを避けたい方はご注意ください。

魔法で小人にされるニルス

ニルスは、いたずら好きであまりに素行が悪く、勉強も仕事も大嫌いと困った子どもでした。

ある日、魔法使いのトムデ(北欧に伝わる妖精)に意地悪をしようとしたら、逆に小人にされてしまいます。すると、今までいじめていた家畜たちに復讐されたりバカにされたりします。

北欧の妖精トムデ(イメージ)。農家の納屋に住み、皆が寝静まったころ納屋の掃除をしたり家畜の世話をし、母屋や納屋を守ります。

ニルスは渡り鳥と旅をしながら成長

そんなある日、渡り鳥のガンの群れが上空を通りかかります。

家畜のガチョウのモルテンが、ガンの群れと一緒に旅をしようと飛び上がろうとしたとき、ニルスはとっさにモルテンにしがみつき、モルテンと一緒に空に舞い上がります。ニルスは、空の上からの景色をみて、このまま一緒に旅をしたいと思います。

しかし、渡り鳥の隊長アッカに「人間とは一緒に旅をしない、明日には家に帰りなさい」と拒否されます。

鴈(がん)とガチョウの親子。 鴈とガチョウの違いは、野生が鴈、鴈を家畜化したものがガチョウ。英語ではwild goose とgoose。白鳥より小さく、カモより大きい。
ガン(画像中央とその右)とガチョウの親子。 ガンとガチョウの違いは、野生がガン、鴈を家畜化したものがガチョウ。英語ではwild goose とgoose。

その晩、ガンの群れの一部がキツネにさらわれます。

ニルスは、人間のいいところを見せようと、キツネのしっぽを引っ張ってガンたちを助けます。そのおかげで、一緒に旅をすることを許されます。しかし、この時にキツネには深い恨みを買い、旅の間中、ずっとキツネに追いかけられる事になります。

その後、ニルスはリスを助けたり、人間にさらわれたモルテンを助けるなどして、アッカや群れのみんなに次第に認められていきます。古いお城に住む動物たちをネズミの大群から助けてあげるとみんなに喜ばれ、ニルスは感謝されることの喜びに気づきます。

しかし、キツネのスミッレも執拗に妨害してきます。その度にニルスはガンたちを必死に守り、またガンたちもニルスを守ってくれ、お互い強い絆で結ばれていきます。ニルスの心の成長がつぶさに描かれています。

筆者作成。「ニルスの不思議な旅」のトラベルルート
『ニルスの不思議な旅」のトラベルルート

魔法を解いて人間に戻るには……

そして、後半には妖精トムデはニルスに、人間に戻るための条件を告げます。

「家に帰ったら、お金に困った親がガチョウのモルテンを切りさばくいて売りに行くだろう、それを止めないことが条件だ」と言います。親友以上のモルテンを見殺しにすることなどできません。ニルスは重たい気持ちを抱えます。

上空からの景色が、それまで続いた森の地形から平野への地形へと変わったことで、ニルスはガンたちと家の近くに戻ってきたことを感じます。家に帰りたい、人間に戻りたいと思うと同時に、モルテンのことを思うと、このまま外国まで飛んで行きたいとも思うのです。

北欧の秋

家に入ると、両親がお金に苦労している話をしています。体が小さくなってしまったニルスに両親は気が付きません。

お母さんが「あら、モルテンが帰ってきているわ。かわいそうだけど、この子を売るしかないわね」と抱きかかえます。モルテンが「助けて、ニルス!」と叫ぶも、ニルスは一瞬躊躇します。

それは、モルテンが殺されれば自分が人間に戻れるからではなく、今、小人の自分が出ていったら両親になんて言えばいいだろうと思ったからです。でも次の瞬間、ニルスはお母さんの前に飛び出して「殺してはダメ、絶対ダメ」と叫びます。するとその瞬間、魔法が解けてニルスは人間に戻るのです。

ガンたちとの別れの際に、アッカ隊長はニルスに言います。「この旅で、ニルスが得られたものがあったとすれば、この世に住んでいるのは人間だけじゃないってことだろう」

別れがつらいニルスは、一匹ずつガンたちの頭をなでると、くるりと背中を向けて歩き出し、振り返りませんでした。

ガンは、子育てのために冬の間はエサの取りやすい南へ渡り、春になると北へ戻る。子どもは大人になるまでに2,3年かかるため、親がつききりで渡り方やエサの取り方を教える。常に群れで行動。
ガンは、子育てのために冬の間はエサの取りやすい南へ渡り、春になると北へ戻る。子どもは大人になるまでに2,3年かかるため、親がつききりで渡り方やエサの取り方を教える。常に群れで行動。

あらすじを簡単にまとめると…

スウェーデン南部のスコーネ地方の農場に住むニルスという少年が、魔法使い(妖精)に小人にされてしまい、渡り鳥のガンたちと一緒に旅をする冒険物語です。冒険を通して、ニルスが人として成長する姿が描かれています。

主な登場人物

『ニルスのふしぎな旅』の主な登場人物を紹介します。

ニルス:(Nils Holgersson)

本名はニルス・ホルガション。物語の主人公で、農場に住む少年。自分勝手な性格で、家畜動物をいじめたりする。ある日、魔法使いの妖精をいじめて小人にされてしまい、ガンの群れと一緒に旅をすることになる。

モルテン:(Martin)

農場の生活を捨てて、ガンの群れと共にラップランドに旅立ったガチョウ。ニルスの相棒。ニルスと仲良くなり、彼を助ける。

アッカ:(Akka)

ガンの群れのリーダーである雌鳥彼女は、ガンたちを率いてニルスを一緒に旅に誘う。

スミッレ:(Smirre Fox)

テレビアニメではレックス。物語の悪役で赤いキツネ。ガンたちを狙っているが、いつもニルスにやられて悔しくて仕方ない

ゴスリン:(The Goslings)

アッカの子どもたち。彼らはニルスと仲良くなり、彼を助けることになる。

『ニルスのふしぎな旅』の見どころ・教訓

『ニルスのふしぎな旅』は、以下のような見どころや学べることがあります。

スウェーデン、ストックホルムの街並み

人生の教訓

素行の悪く魔法使いに小人にされたニルスですが、ガンたちと旅を通じて人間として成長していきます。動物たちとの友情を育み、自分の行動や考え方を改めていくストーリーは、読者に自分自身の問題に向き合うことを教えてくれるでしょう。

動物たちとの交流

旅を通して、ニルスはガンたちと共に助け合いながら、厳しい自然環境を乗り越えていきます。中でも、傲慢な人間から動物たちを助ける描写には、自然との共存、生きているのは人間だけではないという強いメッセージがこめられています。

自然保護や環境問題

物語の中で、自然保護や環境問題がふんだんに取り上げられています。ニルスとガンたちは、人間が経済成長や産業活動を優先することで自然を破壊し、動物たちが森や川から追い出されている場面に直面します。ニルスたちは、それらを解決するために奔走します。

スウェーデンの自然と文化を知れる

もともと地理の勉強をする目的で作られた物語のため、スウェーデンの実在の地名がたくさん出てきます。自然や文化が細かく描写され、読者はまるでスウェーデンを旅をしているような気分になれます。

【地理を学ぶ意味】

作者の意図は、ニルスの物語を通じて、子どもに自国の地理を学ばせること。地理を学ぶ=愛国精神の教育という目的がありました。

当時、子どもが自国の領土を知ると言うのは、スウェーデンのような隣国と陸続きの国には非常に大事な事でした。

本書が出版された1906年は、まさに周辺国の独立が相次いだ時代。連盟国としてスウェーデン支配下にあったフィンランドが1905年に独立したことなどから、どこからどこまでが自国なのかをしっかり認識し、国内で統一した価値観を持つことが重要でした。

また、時を同じくして鉄道網が発達し、南北の行き来が容易になったことから領土全体への関心が高まります。実際、作者もこの作品を書くにあたり、鉄道に乗ってラップランド地方まで取材の旅に出たそうです。

フィンランド最北の地域ラップランド地方の夕暮れ。

『ニルスのふしぎな旅』を読むなら

低学年から読みやすいもの、まんが版や挿絵が多いもの、ページ数少なめの本から大人まで読める原題完訳版まで、おすすめの本をご紹介します。

ニルスのふしぎな旅(小学館)

セルマ ラーゲルレーヴ (著), Selma Lagerl¨of (原名) 158ページ 電子版、単行本 2013/8/28

フルカラーで読みやすい学習まんがシリーズ。 図解も多て分かりやすく、読みやすい本です。小学生3年生ごろ~。漢字あり、ルビあり。

ニルスのふしぎな旅 (小学館)

ラーゲルレーブ (著), 西山敏夫 (著), 矢車凉 (著) 229ページ  電子版 2017/9/15 

易しい漢字あり、ルビなし。小学3、4年生~。テキスト読み上げ機能がついていますので、読めない漢字はkindleに読んでもらって覚えることもできます。

ニルスのふしぎな旅〈上〉 (福音館)

セルマ ラーゲルレーヴ (著), ベッティール・リーベック (イラスト), 菱木 晃子 (翻訳) 515ページ 単行本 2007/6/20

漢字あり、ルビ一部にあり。文字が大人の文庫並みに小さいので、中学生以上に適しています。裏表紙裏には、スウェーデンの地図とニルスの旅ルートが書かれています。上下巻。完訳版。

ニルスのふしぎな旅〈1〉[全訳版] (偕成社文庫) 

ラーゲルレーヴ (著), 香川 鉄蔵 (翻訳), 香川 節 (翻訳) 299ページ 単行本 1982/12/1

漢字あり、ルビあり。若干、4巻までのシリーズ。原作の完訳版。アニメではカットされている肺結核・感染症についての悲劇的な物語なども語られています。中学生以上~大人。

子どもだけでなく、大人こそ読むべき本

『ニルスのふしぎな旅』は、自然や動物、人間の成長などについて学べる作品であり、スウェーデンの文化や自然に興味のある人にとっては特に楽しめる作品です。短いエピソードに区切られていますので、寝る前の一話にも適しています。ぜひお子さんと一緒に空の旅に出てみましょう。

また、自然破壊や環境問題、労働問題、お金の使い方や遺産相続、感染症にまで物語は広がるため、子どもだけではなく、大人にとっても教養の深まる一冊です。

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文/加藤敬子 構成/HugKum編集部

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