「一生懸命」と「一所懸命」ってどっちが正しいの?【知って得する日本語ウンチク塾】

国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

読み方も意味も違う「一生懸命」と「一所懸命」

「一生懸命勉強する」などというときの「一生懸命」ですが、もともとは「一所懸命」だったということをご存じでしょうか?

 「一生」と「一所」では、読み方だけでなく意味もかなり違います。「一所懸命」とはどういう意味だったのでしょうか。

武士が命を懸けて私有地を守ろうとした「一所懸命」

『日本国語大辞典』によると、「一所懸命」は「中世、生活の頼みとして、命をかけて所領(私有する土地)を守ろうとすること」という意味です。「一所」というのは、武士が一か所の所領を命にかけて守ろうとしたことによります。

江戸時代になると「生涯に一度」の意味の「一生懸命」に変化

ところが江戸時代になると、所領に関する観念が次第に変化していきます。それに伴って「一所懸命」も、「所領を守る」という意味ではなく、「命がけ」「必死」という意味だけが残っていきます。そして「一所」も音の似た「一生」へと変化していくのです。またこの時期には「一生」という語も、生まれてから死ぬまでという意味から、生涯に一度しかないようなことという意味に変化していきます。こうしたことから、「一所」よりも音の似ている「一生」のほうが、江戸庶民の心にぴったりはまったのかもしれません。

今では「一所懸命」より「一生懸命」を使う人の方が圧倒的に多いでしょう。新聞などでも「一生懸命」と表記しています。

新聞では、「一生懸命」が使われる傾向

ただ、辞書の場合は扱いが異なります。ほとんどは、「一所懸命」「一生懸命」のどちらも見出しを立てています。そして、「一所懸命」には本来の命を賭けて所領を守るという意味を載せ、命がけでことに当たることという今使われている意味は、「一生懸命」で説明しているものが多いようです。

ただ、中には、原義も命がけの意味も「一所懸命」の方で説明しているものがあります。この語に関しては守旧派の辞書もあるのです。

もちろん「一所懸命」「一生懸命」どちらを使っても間違いではありません。ただ、新聞のように今では「一生懸命」を使った方が無難な気がします。

こちらのウンチクは知ってる?「愛人」って中国と日本で意味がちがうんです!

えっ!「愛人」って中国ではそういう意味なの?【知って得する日本語ウンチク塾】
日本語と中国語では反対の意味の「愛人」 日本語で「愛人」というと、普通は夫や妻以外の性愛関係のある異性のことを指します。 でも、中国...
神永(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)、『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『やっぱり悩ましい国語辞典』(時事通信社)が好評発売中。

編集部おすすめ

関連記事