イナズマ級の衝撃作に心をえぐられる
「何だったんだろうね、コロナって。みんな何もないような顔をしてるけど」。これは、映画『愛にイナズマ』で、とある登場人物が何気なくつぶやく台詞です。でも、これぞ、端的にアフターコロナの今を物語っている気がします。
本作の監督、脚本を手掛けたのは、石井裕也。実際の障害者殺傷事件を題材にした宮沢りえ主演の映画『月』(公開中)も話題になっている日本映画界の逸材です。第37回日本アカデミー賞で作品賞を含む6冠を獲得した『舟を編む』(13)をはじめ、近作では『茜色に焼かれる』(21)、『アジアの天使』(21)など、作品を発表するごとに高い評価を受けてきました。
石井監督はどんなジャンルの作品であれ、きちんと時代の世相を反映した物語を描き、愛と希望の強烈なカウンターパンチを食らわせてきた気骨な映像作家です。今回もこれまたすさまじい!
そんな監督のもと、初共演にしてW主演を務めた松岡茉優、窪田正孝をはじめ、池松壮亮、若葉竜也、佐藤浩市など、隅々まで豪華キャストが集結。この面子ですから、何かが起こることは確実でしょう。完成した映画は、随所で愛がほとばしっている、まさにイナズマを浴びるような映画となりました。
どこかいびつだけど愛すべき人々に感情移入
自分の家族を描く映画で、待望の監督デビューを果たす予定だった花子(松岡茉優)ですが、突然、その夢が絶たれてしまいました! 失意のどん底にいた花子はある日、バーで出会った1人の男・正夫(窪田正孝)と、運命的な出会いを果たします。その後、やはり自分の映画を撮りたいと思い、正夫と共に10年以上音信不通だった家族を訪ねることに。
再会したのは、余命宣告されていた父・治(佐藤浩市)、口が達者な長男・誠一(池松壮亮)、聖職者で真面目すぎる次男・雄二(若葉竜也)。やがて、家族が抱えていた“ある秘密”が明かされ、予想外の展開を迎えていきます。
シンプルに言うと、本作で軸として描かれるのは運命的な愛と、家族の再生ですが、決して予定調和な作品には収まっていません。いつもながら、石井作品は、深い洞察力で生々しい人間像を切り取っています。
まず、ラブストーリーパートを担う主演2人の化学反応がすばらしい。花子と正夫のやりとりの中では「今は夢を探しています」と言う正夫に、花子が「映画の台詞だったらつまんないんですが、あなたの目を見ると、それがウソじゃないとわかるんです。すてきです」と笑顔で言うやりとりが印象的でした。
すなわち、この2人は夢への向き合い方が共通していたので、そこから恋人へとシフトしていく展開にすんなり乗ることができました。もちろん、このすてきな言葉のキャッチボールを成り立たせている松岡さんと窪田さんの実力ありきの設定です。
また、久しぶりに会った家族4人ですが、母親が失踪した家なので、どこか関係性もいびつです。それでも、父の治に説得され、兄たちは花子の映画作りに協力していくことに。そして、ぎこちない家族が、あることを発端に、自分が抱えていた気持ちを吐露したことで状況は一転。
いろいろなことが明るみに出たことで、改めて家族の絆が深まっていきます。その修復の過程も段階を経て、非常に緩やかなスロープで丁寧に紡がれていくので、じわじわと感動が押し寄せます。
アフターコロナを生きる人への応援歌
本作は石井監督の完全オリジナル脚本ですが、“花子”と“正夫”といういわば日本人スタンダードといえる名前の主人公たちに、アフターコロナを生きる人々の奮闘、苦悩、希望などが見事に投影されています。
すなわち、これは今を生きる私たちの物語かと。多かれ少なかれ、今いる自分の状況にあえぐ人々に、私たちはシンパシーを感じずにはいられません。
劇中で、コロナ禍における政府の政策をシニカルにツッコむシーンがいくつかありますが、そこも物怖じせずに入れ込むのが石井脚本のなせる技。エンタメ業界の裏事情なども実にリアルで、観ていてヒリヒリしますが、そういう地続きのドラマだからこそ、終始引き込まれました。
そして、後半ではまさかの感動ドラマへとシフトチェンジ。石井監督が家族を描いた映画といえば、『ぼくたちの家族』(14)を真っ先に思い出しましたが、そことはまったく毛色が違いつつも、「家族」という構造を真摯に見つめた映画になっていました。きっと映画を観ると、より自分の家族が愛おしく思うかもしれません。
まとめると、本作はアフターコロナを生きる私たちへの応援歌だと思います。タイトルとかなりギャップがある着地点も最高な1作『愛にイナズマ』を、ぜひ映画館でご覧ください。
文/山崎伸子