「教育機会確保法」で教育はどう変わる? 「多様な学び」で、学校復帰よりも社会的自立をゴールに【新時代の教育を考える】

教育機会確保法は、不登校の児童生徒や教育未修了者に教育・就学の機会を確保するために制定された法律です。新たな法律により、教育の現場はどのように変わるのでしょうか? 教育機会確保法が成立した理由や、不登校児童生徒の現状も解説します。

教育機会確保法とは?

日本では2016年に「教育機会確保法」が成立し、翌2017年から施行されました。新たに法律が制定された目的や、その内容について理解を深めましょう。

不登校の児童生徒を支えるための法律

教育機会確保法は、主に不登校の児童生徒を支援するための法律です。正式名称は「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」といいます。

これまで不登校は問題と認識され、教育現場では「不登校の児童生徒の学校復帰」に重点が置かれる傾向がありました。

本法律では「学校以外の場で行う学習活動の重要性」が強調されており、さまざまな形の支援を通じて教育機会を確保したり、就学機会を提供したりしなければならないことが定められています。

出典:義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律 | e-Gov法令検索

不登校ってどんな状態?

不登校とは、学校に登校しない(できない)状態にあることです。教育機会確保法や文部科学省では、不登校をどのように定義しているのでしょうか?

教育機会確保法の第2条では、以下のように定義されています。

相当の期間学校を欠席する児童生徒であって、学校における集団の生活に関する心理的な負担その他の事由のために就学が困難である状況として文部科学大臣が定める状況にあると認められるもの

文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」においては、何らかの心理的・情緒的・身体的・社会的要因・背景により、登校しない、またはしたくてもできない状況にある児童生徒と定義されています(病気や経済的理由、新型コロナウイルスの感染回避を除く)。

出典:
義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律 第1章 第2条 | e-Gov法令検索
児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査-用語の解説:文部科学省

教育機会確保法が制定された主な理由

日本には、教育に関するさまざまな課題があります。教育機会確保法が制定された背景としては、「不登校の児童生徒の増加」や「義務教育未修了者の存在」が挙げられます。

不登校の児童生徒の増加

国内では、不登校の児童生徒が増加の一途をたどっています。従来の法制度の下では、不登校の児童生徒が教育の機会を失う恐れがあることから、「個々に応じた必要な支援」の重要性を定めた教育機会確保法が制定されました。

教育機会確保法が成立する前(2015年度)は、不登校の児童生徒はどれだけいたのでしょうか?

文部科学省が公表しているデータによると、不登校が理由で長期欠席している者(小学校・中学校)は12万6,009人で、うち小学校が2万7,581人、中学校が9万8,428人です。

出典:平成 27 年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(速報値)について|文部科学省初等中等教育局児童生徒課

義務教育未修了者の存在

教育機会確保法は、不登校の児童生徒のみを対象とした法律ではありません。日本国憲法第26条には、「全ての国民は等しく教育を受ける権利を有する」と記されていますが、国内には戦後の混乱や生活苦などが原因で義務教育を修了できなかった「義務教育未修了者」が存在します。

国勢調査によると「最終学歴が小学校卒業の人」は、2020年時点で80万4,293人もいることが分かりました。教育機会確保法が制定されたのは、義務教育未修了者に就学の機会を与えるためでもあるのです。

出典:
日本国憲法 第3章 第26条 | e-Gov法令検索
国勢調査 令和2年国勢調査 就業状態等基本集計 (主な内容:労働力状態,就業者の産業・職業,教育など) 教育 11-1 男女,年齢(5歳階級),配偶関係,在学か否かの別・最終卒業学校の種類別人口(15歳以上)-全国,都道府県,21大都市,特別区,人口50万以上の市 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口

教育機会確保法の特徴

教育機会確保法には、「休養の必要性を明記している」「学校復帰よりも社会的自立を重視している」という特徴があります。これまでの教育の在り方とはどこが違うのかを見ていきましょう。

休養の必要性を明記

一つ目の特徴は、不登校の児童生徒について「休養の必要性」が明記されている点です。

日本国憲法第26条には「保護者には子どもに普通教育を受けさせる義務がある」と書かれていますが、子どもが普通教育を受ける義務については記載がありません。

不登校を問題扱いする風潮がある中、教育機会確保法に学校を休ませる必要性が盛り込まれたことには、大きな意味があるといえます。

不登校の理由はさまざまで、学校に行くことが必ずしもプラスになるとは限りません。人によっては、心と体をしっかり休ませた方がよい場合があるでしょう。

出典:日本国憲法 第3章 第26条 | e-Gov法令検索

学校復帰よりも社会的自立を重視

不登校の児童生徒の支援というと、「学校に復帰すること」を最終目的とする傾向がありましたが、教育機会確保法では「子どもが自分の進路を主体的に考えて、社会的に自立すること」をゴールとしているのが特徴です。

また、学校復帰が全てではないという考えから「多様な学びの場」を提供する重要性についても規定しています。ICTを活用した学習支援など、学びの場に「家庭」が含まれているのも大きなポイントといえるでしょう。

ICTとは「Information and Communication Technology」の略称で、日本語では「情報通信技術」と訳されます。近年は教育現場にデジタル教材が導入されており、学習用のタブレット端末やパソコンを通じて、学習支援ができる環境が整い始めています。

教育機会確保法が掲げる基本理念

教育機会確保法によると「教育機会の確保に関する施策は、基本理念に基づく」とされています。施策の柱となる基本理念とは、どのような内容なのでしょうか?

児童生徒が安心して学べる学校を目指す

一つ目は、不登校の児童生徒に限らず、全ての児童生徒が安心して学べる学校を目指すことです。

本来、学校とは仲間と切磋琢磨しながら楽しく学ぶ場所ですが、いじめや暴力、体罰が存在していれば、学校に通うことがストレスになってしまいます。学業の不振や教員の指導方法が原因で、学習への意欲を失ってしまう児童生徒も少なくありません。

いじめ・暴力・体罰を許さない開かれた学校をつくるのと同時に、個々の学習状況や能力に応じた指導をすることが重要です。

不登校の児童生徒の個別の事情に配慮する

二つ目は、不登校の児童生徒に対し、個別の事情を踏まえた支援を行うことです。

不登校となる原因は千差万別なので、学校や教育委員会はそれぞれの事情やニーズを把握した上で、休養も含めた組織的かつ計画的な支援を考えなければなりません。

教育の機会が失われないように、不登校特例校(学びの多様化学校)やフリースクール、ホームエデュケーションといった複数の選択肢を用意する必要があります。

不登校特例校とは、不登校の児童生徒向けに特別な教育課程を編成する学校です。フリースクールは、不登校の児童生徒に学習面のサポートをする民間スクールを指します。

不登校の児童生徒のために学校環境を整備する

三つ目の理念は、不登校の児童生徒が安心して学校生活を送れるように、学校環境を整備することです。

教員の対応が困難な場合は、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの専門職に協力を仰ぎます。校長のリーダーシップの下、それぞれが役割を分担・連携しながら「チーム学校」を構築しなければなりません。

児童生徒が学校に復帰した際は、温かい雰囲気で迎え入れると同時に、居場所を確保します。本人から要望があれば、保健室・相談室・学校図書館などを活用した別室登校を検討する必要があるでしょう。

能力に応じた教育機会を提供する

四つ目の基本理念は、年齢や国籍に関係なく、能力に応じた教育機会を提供することです。

日本には、戦後の混乱期で義務教育が十分に受けられなかった人や、本国で義務教育を修了しないまま日本で生活することになった外国籍の人がいます。そうした義務教育未修了者には、夜間中学や特別な時間に授業を行う学校を通じて就学の機会を提供する措置が取られます。

夜間中学とは、公立の中学校のうち、夜の時間帯に授業が行われる学級のことです。文部科学省では地方公共団体に対して、各都道府県に少なくとも1校以上の夜間中学を設けるように呼びかけています。2023年4月時点で23都道府県・指定都市に44校となっており、今後も増加させる計画となっています。

出典:夜間中学の設置・充実に向けた取組の一層の推進について(依頼)(令和5年9月14日):文部科学省

公民連携で児童生徒をサポートする

五つ目は、公民連携の支援体制を構築することです。

不登校の児童生徒を、親や学校関係者だけで支援するのには限界があります。国・地方公共団体・民間団体が互いに協力し合うことで、多様できめ細やかなサポートを提供できるでしょう。

不登校の児童生徒やその保護者を支援する制度や機関は数多くありますが、親がその存在を知らなければ利用ができません。情報を提供し、利用を促すことも国・地方公共団体・民間団体の役目といえるでしょう。

もし自分の子どもが不登校になったら?

不登校の原因はさまざまで、誰にでも起こり得ます。もし自分の子どもが不登校になってしまったら、どのような行動を取るのが望ましいのでしょうか?

一人で悩まずに相談先を探そう

教育機会確保法の施行により、公民連携で不登校の児童生徒を支えていく方針に変わりました。ホームエデュケーションを含む「学校以外の学びの場」が選択できるため、一人で悩まずに相談先を探すところからスタートしましょう。

●児童精神科(子どものメンタルクリニック)
●教育支援センター(適応指導教室)
●児童相談所・保健所・精神保健福祉センター
●親の会
●フリースクール
●学校の先生・スクールカウンセラー

どこに相談すべきか迷ったら、まずは地域にある「教育支援センター」に行くのがおすすめです。相談先は一つだけでなく、複数持っておくのが理想です。

「出席扱い」の制度について調べよう

文部科学省は2019年、自立に向けた努力をしている不登校の児童生徒を対象に「出席扱い」の制度を設けました。学校外の施設で指導を受けた日数を指導要録上の出席扱いにできるというもので、学校復帰への可能性や自己肯定感の向上が期待されています。

ただし全国での実績はまだそれほど多くなく、出席扱いになるにはいくつもの要件を満たさなければなりません。自分の子どもが不登校になった場合は、制度について情報収集をした上で、学校やカウンセラーに相談しましょう。

出典:「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」令和元年10月25日:文部科学省

誰一人取り残されない教育を目指して

法律の定めるところにより、全ての国民は等しく教育を受ける権利を有しています。しかし実際は、さまざまな事情で教育の機会を失った不登校の児童生徒や義務教育未修了者が存在します。

教育機会確保法は、「誰一人取り残されない教育」を目指して定められた法律といえるでしょう。

近年は、夜間中学やフリースクール、ICTを活用したホームエデュケーションなど、学びの選択肢が広がっています。教育機会確保法について理解を深めるとともに、教育とは何かをあらためて考えてみてはいかがでしょうか?

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構成・文/HugKum編集部

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