母乳バンクってどんなところ?
「母乳バンク」は、小さく生まれた赤ちゃんや、早産で生まれた赤ちゃんが、さまざまな事情でお母さんの母乳をもらうことができないとき、ドナー(母乳提供者)から寄付された母乳を適切に処理した「ドナーミルク」を、医療機関を通じて提供している施設です。
その拠点は世界66カ国以上の国や地域に約750施設。日本では2014年に昭和大学江東豊洲病院内に初めての母乳バンクが設立され、現在は「日本橋 母乳バンク」など3つの施設で、ドナーミルクの処理や管理のほか、ドナーの受付や検査の案内、登録等も行われています。
母乳バンクが必要とされる理由
ドナーミルクの使用対象は、おもに体重1500グラム未満の赤ちゃん。極低出生体重児といわれる1500グラム未満の赤ちゃんは、体の機能が未熟で、病気や感染症など多くのリスクを抱えています。
母乳は、そんな小さな命を守り育てる「最適な栄養」であり「薬」のようなもの。病気を予防するだけでなく、将来にわたって赤ちゃんによい効果をもたらすこともわかってきています。
早く小さく生まれた赤ちゃんには、より良い栄養をできるだけ早く与えることも大切です。そういう意味で、母乳バンクが利用できるようになってからは、お母さんの母乳が出るまでの間を“ドナーミルクでつなぐ”こともできるようになり、生後早期に赤ちゃんのおなかに必要な栄養を届けられるようになりました。
また、病気や死亡などやむを得ない事情でお母さんの母乳を得られない赤ちゃんでも、早くからドナーミルクを与えることですくすくと健康に育った例もあり、その有益性は利用者家族一人一人の喜びの声からも立証されています。
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母乳バンクの役割
母乳バンクの最も大切な役割は、赤ちゃんに安心安全なドナーミルクを届けることです。
そのため日本の母乳バンクでは、ドナーミルクによって赤ちゃんが何らかの病原菌に感染することがないように、“善意の母乳”の提供者であるドナーに対しても、海外のドナー登録基準や献血の基準がもとになった、母乳バンク運用基準に沿って決められた検査を行っています。
ドナー登録の基準
ドナー希望者には、必ず事前に問診や健診、血液検査をうけてもらい、以下のような条件にクリアした人がドナーとして登録されています。
■ドナー登録の基準(一部)
・自分の子どもが必要とする以上に母乳が出ること
・血液検査に異常がないこと(HIV1/2、HTLV-1、B型肝炎、C型肝炎、梅毒のスクリーニング検査がすべて陰性)
・輸血や臓器提供を受けていないこと
・過去3年間に白血病やリンパ腫など悪性腫瘍の治療歴がないこと
・タバコ、アルコール、薬剤についてのチェックをクリアしていること
さらに、母乳提供時にもドナー本人と家族の健康状態を確認するとともに、病気にかかったり薬を飲んだりした場合の対応もパンフレット等で詳しく解説。
搾乳の方法についても、決められた手順に従い衛生的に行うよう指導しています。
ドナーミルクができるまで
ドナーミルクの処理工程では、国際的な運用基準に基づいた厳格な方法で処理・保管を行っています。
特に検査については、最も厳しいヨーロッパの基準を採用。細菌検査を低温殺菌処理の前後に行い、細菌が全く検出されない無菌状態であることを確認してから提供しています。
ドナーミルクの処理フロー
①届いた母乳を消毒、保管
ドナー(母乳提供者)から冷凍状態で送られてくる母乳は、保冷パック表面のアルコール消毒、状態チェックを済ませてから、医療用冷凍庫で―30℃で保管。
②母乳を解凍
冷凍された母乳は、医療用冷蔵庫で一晩かけて解凍する。
③母乳の細菌検査・低温殺菌処理
62.5℃、30分で低温殺菌処理を行う。あわせて低温殺菌処理の前後で細菌検査も実施し、無菌となったドナーミルクのみが赤ちゃんのもとへ届けられる。
④医療用冷凍庫でドナーミルクを保管
いつでも発送できるように、再度、医療用冷凍庫で保管。
⑤ドナーミルクを病院に発送
各病院の医師の要請をうけてドナーミルクを発送する。
なお、ドナーミルクにはすべてシリアルナンバーが付せられ、サンプルも保存されているため、後からどのドナーミルクが提供されたか追跡も可能。
日本の母乳バンクの実績と課題
日本母乳バンク協会が発表した2023年度の運営実績によると、ドナーミルクを利用した赤ちゃんの数は前年度の1.4倍にあたる1118人。年間1000人を超え今後も需要増が見込まれています。
そうした背景から、ドナーミルクの提供拠点である「日本橋 母乳バンク」では、今年5月の全面改装によって敷地面積を2倍に拡大。さらに、クラウドファンディングによって購入した最新式低温殺菌処理器を導入することで、処理能力が従来の約3倍となり、より多くの赤ちゃんにドナーミルクが届けられるようになったといいます。
ドナーミルクという選択肢をもっと知ってほしい
とはいえ、安定的な運営のために必要な資金の不足やそれにともなう人員不足など、課題も山積。
日本の母乳バンクの生みの親であり代表を務める水野克己先生も、ドナーミルクを必要としている年間約5000人の赤ちゃんに、安心安全なドナーミルクを届け続けていくために、幅広い理解と支援をと呼びかけています。
「早く小さく生まれた赤ちゃんのお母さんが母乳を与えられないとき、赤ちゃんの命を救い、元気に育っていくためにドナーミルクという選択肢があることを、もっと多くの人に知ってほしい」
「どこの病院で子どもを産んでもドナーミルクが使えるように、またドナーにとっても身近な病院で母乳を提供できるように、母乳バンクを使ってもらえる施設をもっと増やしていきたい」
以前ドナーミルクをいただいてありがたかったので、今度は自分が提供したい…。昨今はそんな思いでドナーになる人も多くいて、母乳バンクのこれからも楽しみでなりません。
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構成・文/増田ひとみ 協力/一般社団法人 日本母乳バンク協会、ピジョン株式会社、一般財団法人 日本財団母乳バンク