全国で導入例が増える「午前5時間制」とは?
「午前5時間制(40分授業午前5時間制)」とは具体的にどのようなものでしょうか。従来の時間割と比較しながら、午前5時間制の特徴や目的を解説します。
午前中に40分間の授業を5コマ行う
学校教育法施行規則第51条によると、小学校における授業時数の1単位時間は45分が原則です。「午前5時間制」では、1単位時間を5分短縮し、午前中に40分の授業を5コマにする点が違います。
この制度を全国に先駆けて導入したのは、目黒区です。2002年度に中目黒小学校で導入後、2017年度・2018年度に文部科学省から「カリキュラム・マネジメントに関する研究」の指定を、2019~2023年度には「研究開発学校」の指定を受け、新しい時間割による教育課程を編成しています。
目黒区教育委員会によると、2026年度には区内の全ての小学校で午前5時間制を導入する予定です。全国でも同様の取り組みを行う小学校が増えており、今後は午前5時間制が珍しいものではなくなる可能性があります。
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従来の時間割との比較
午前5時間制を実施すると、1日のスケジュールはどのように変化するのでしょうか? あくまでも一例ですが、従来の時間割(45分授業午前4時間制)との違いを比較してみます。
午前5時間制では、午前中に5コマをこなす必要があり、授業開始時間が早くなるのが一般的です。学校によっては、朝の会の時間が短くなったり、登校時間が少し早くなったりする可能性があります。また、給食の開始時間は10~15分ほど遅くなると考えられます。
6時間目まで授業がある場合、従来の時間割では午前中に4コマ、午後に2コマの授業を行いますが、午前5時間制では午後の授業が基本的に1コマのみです。
授業時間を短縮した分、時間に余裕ができるため、学校の裁量で独自の教育活動を取り入れられます。従来の時間割に比べて下校時間が早まり、放課後が長くなるのも大きな特徴です。
出典:小学校「40分授業午前5時間制」について | 目黒区
学校教育法施行規則 第2節 第51条|e-Gov 法令検索
午前5時間制が注目される背景
全国の小学校で、午前5時間制が注目されている理由としては、「教員の長時間労働」や「地域間の学力格差の拡大」などが挙げられます。導入の目的と教育の現場で起きている問題を解説します。
教員の長時間労働が当たり前になっている
全国の学校では、教員の長時間労働が常態化しており、「働き方改革」の推進が急務とされています。2022年に実施した教員勤務実態調査によると、小学校教員の1日当たりの在校等時間は10時間45分です。前年度(11時間15分)より減少しているものの、労働時間の長さがうかがえます。
小学校の教員は、教科指導からクラブ活動の顧問までを1人でこなさなければなりません。午前5時間制を導入すれば、教員の裁量で使える「放課後の時間」が長くなり、時間的にも精神的にもゆとりが生まれるでしょう。
地域間における学力格差の拡大という問題
子どもの教育環境などの違いから、地域間における学力格差が生じています。全ての学校で画一的な授業を行っているだけでは、格差を埋めることは難しいため、文部科学省は学校側に対し、学校ごとの課題を反映した「創意工夫のある教育活動」を求めています。
小学校の標準時数は1,015コマです。1単位時間を45分から40分に短縮すると、5分×1,015コマで5,075分、約85時間の新たな時間が生まれる計算です。
午前5時間制をすでに導入している学校では、これらの時間を独自の教育活動に充当し、学びと生活の質の向上を図っています。
午前5時間制がもたらすメリット
午前5時間制を導入すると、教育現場が大きく変わります。教員の負担が軽減されるだけでなく、児童側にも多くのメリットがあると考えられます。
1コマが短いため児童の集中力が続く
午前5時間制では、1単位時間が45分から40分に短縮されます。1コマが短くなることで、児童は集中力を維持しやすくなるのがメリットです。
昼食を食べた後の午後の授業は集中が途切れやすく、眠気やだるさに襲われる児童は少なくありません。頭が冴えている午前中に授業を集中させれば、学んだことが定着しやすく、学力の向上にもつながると考えられます。
午前中は「頭を使う授業」を行い、午後の時間を「活動的な学習」に充てる学校もあります。
授業内容の工夫で学びの質が上がる
午前5時間制によって新たに生み出された時間は、学校独自の教育活動に充てられます。授業内容を工夫すれば、「学びの質の向上」が期待できるでしょう。独自の教育活動の一例として、自主学習や地域交流などが挙げられます。
例えば、目黒区の下目黒小学校では、教科書の学びに関連した体験活動や出前授業を行う「プラス1タイム」を取り入れています。「見る・聞く・体験する」を通じて、児童たちは多くの気付きを得られるでしょう。
放課後の時間を多く確保できる
午前5時間制の学校では、従来の時間割よりも下校時間が早くなります。放課後の時間が長くなることで、以下のようなメリットがあると考えられます。
●家族だんらんの時間が増える
●宿題が早く終わるため、早く就寝できる
●家が遠い児童は、暗くなる前に帰宅できる
児童は遊びや自宅学習に、より多くの時間を費やせるのも特徴です。友だちと遊ぶ前や、習い事に行く前に宿題を済ませることもできるでしょう。
出典:40分授業午前5時間制を生かした創意工夫ある教育課程の開発|目黒区教育委員会
午前5時間制の課題
午前5時間制を導入している学校では、いくつかの課題も浮上しています。学校生活だけでなく、家庭生活にも変化が生じるため、学校側と保護者が協力しながら、課題を解決していく必要があります。
給食の時間が遅くなる
学校によって異なりますが、給食の開始時間が従来よりも10~15分ほど遅くなると考えられます。児童が空腹に耐えなければならない時間が長くなるのは、デメリットといえるでしょう。
目黒区教育委員会が2017年に実施した調査によると、午前5時間制の実施校では、朝ごはんを食べている児童が95%に上りました。
朝ごはんを抜くと空腹で授業に集中できない恐れがあるため、午前5時間制は特に、子どもに朝ごはんをしっかりと食べさせる必要があります。逆に、午前5時間制に慣れれば、「早寝・早起き・朝ごはん」の習慣が身に付くでしょう。
放課後を1人で過ごす子どもがいる
下校時刻が早くなり、放課後の時間が充実する一方で、共働きの家庭では、子どもが1人で留守番をする時間が長くなることが考えられます。
子どもだけの留守番に不安を感じる保護者は多く、場合によっては、下校時間に合わせて勤務時間を調整しなければならないケースも出てくるでしょう。
家にいる時間が長いと、ゲームやテレビの時間が増えることを心配する保護者も少なくありません。こうした声に対して、学童保育を設置する学校や従来の下校時間まで居残りができるようにする学校もあります。
授業を効率的に進める工夫が必要
授業時間が5分短縮される分、教員は指導方法や学習内容を工夫しなければなりません。従来通りの進め方では、時間内に終わらせるのが難しく、授業のまとめが十分にできない可能性があります。
特に、教室の移動や着替えなどを伴う教科では、授業時間が大きく削られてしまいます。実技教科においてはコマを連続させるなどして、準備・片付け・学習活動の時間をしっかりと確保する配慮が必要です。
プリントを配布したり、ノートを集めたりする時間を減らすために、タブレットのようなデジタルツールを導入するのも有効でしょう。インターネットとタブレットを使えば、クラス全員の感想をリアルタイムで見ながら、話し合えます。
出典:目黒区 目黒区立小学校の午前5時間制 研究状況報告|目黒区教育委員会
午前5時間制で変わる小学校
午前5時間制は、全国の一部の小学校で試験的に導入されている制度です。すでに導入した学校からは、「児童の集中力が上がった」「教員のスケジュールにゆとりができた」などの声が寄せられています。独自の教育活動を取り入れる学校も増えており、学びの質の向上にもつながっているようです。
一方で、午前5時間制には課題が存在します。下校時間が繰り上がることで、保護者の仕事にも影響が及ぶ可能性があります。導入に際して、学校と保護者がよく話し合い、両者にとって負担が少ない仕組みを構築していく必要があるでしょう。
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構成・文/HugKum編集部