よく噛むと、毛が太くなる?
2021年に報告された研究では、日常生活におけるガムを噛む習慣の有無により、頭にある毛髪の太さに違いが現れるのかどうかについて、観察研究を実施しました。
この研究で対象となったのは27名(21~54歳の男性21名、女性6名)で、普段の生活の中でガムの咀嚼時間が多い群と少ない群の2グループに分けて、毛髪径(毛髪の太さ)を比較しました。
また、2親等以内に毛髪の薄い人がおり、かつストレスを強く感じている人などを除外するなど、データの精度を上げるためにいくつかの条件を設けました。
その結果、咀嚼時間が多い群では、少ない群と比較して頭頂部の毛髪が統計学的に有意に太いことが明らかになりました(図1)。その一方で側頭部に関しては、有意な差が認められませんでした。
よく噛むと、頭皮の血流量が増える?
2022年に報告された研究では、25~53歳の健常な男女20名(男性、女性各10名)を対象として、ガム咀嚼時と無咀嚼時の頭皮血流(前頭部、頭頂部)を測定し、安静時からの変化を比較しました。
その結果、無摂取時(安静時)と比較し、ガム咀嚼時の頭頂部(+44.0%)および前頭部(+47.1%)の頭皮血流が有意に増加することが示されました(図2)。
これらの研究結果から、頭皮の血流が増加することにより毛髪に影響が及ぶ可能性が示唆されました。
咀嚼すると脳の血流量が増加することはすでに明らかにされていますが、ガムを咀嚼することによって咀嚼筋が収縮したり口周囲の組織が刺激されたりした結果、頭皮に至る血液量が増え、太い毛髪の発毛につながったと推察されています。
歯が原因で、毛が抜ける?
1.ストレス
毛が抜ける脱毛の原因として、各種の自己免疫疾患の合併やアトピー素因を持つ患者さんも少なくないと言われていますが、脱毛症の発症には精神的ストレスが大きく関与することも明らかにされています。
虫歯の痛みや歯周病による歯ぐきの腫れ・歯のぐらつきなど、口の中の様々な不快症状はストレスになります。
ですから、口の中のストレスによって脱毛が引き起こされる可能性があります。(関連記事はこちら≪)
2.歯科用金属アレルギー
口の中にある金属が原因となる金属アレルギーから脱毛が起きることが報告されています。虫歯治療で使用する詰め物(インレー)や冠(クラウン)だけでなく、歯並び・噛み合わせを改善する治療である矯正歯科で使うワイヤー、ブラケットなど、口の中には治療過程で多彩な金属を使用しますが、これらがアレルギーの原因になるのです。(参考記事はこちら≪)
1998年に鶴見大学小児歯科のグループが報告した内容によると、国立小児病院でアトピー性脱毛症と診断された7歳の男児が、検査によりクロム、ニッケル、水銀の金属などにアレルギー反応を示したことから、銀歯などの口腔内の金属を非金属(白いレジン樹脂等)に交換する治療をしました。
その結果、6か月後には後頭部の毛髪や眉毛(まゆげ)などが発毛し、さらに3か月後には頭髪の全体的な発毛が確認されました。
一方、2020年に徳島大学歯科用金属アレルギー外来から報告された統計調査では、同外来を受診した患者さんの症状のうち脱毛は1.2%となりました。
この数字は、アクセサリーかぶれ(10.8%)や蕁麻疹(じんましん、8.4%)などと比較すると低割合ではありますが、脱毛の原因の一つとして歯科用金属が無視できないことを示しています。
歯の細胞は、発毛を促進する!?
歯の中には「歯髄」と呼ばれる神経や血管などを含んだ組織がありますが、ここに含まれている歯髄由来幹細胞(色々な細胞になる能力がある細胞)はさまざまな成長因子等を分泌し、男性型脱毛症(AGA)に対する毛髪再生などの効果が認められています。
具体的な作用メカニズムとしては、歯髄由来幹細胞上清液という液体を頭皮に直接注入すると、周囲にある髪を作り出す毛母細胞が刺激されるなどして発毛が誘導・促進されるのです。実際に美容・発毛業界では、すでに幅広く臨床応用されている再生医療です。(関連記事はこちら≪)
しかし、このような成長因子導入療法などは期待される治療法ではありますが、「再生医学等の安全性の確保等に関する法律」等の法規に則って施術する必要があるものが多いため、日本皮膚科学会が提示したガイドラインによると、現時点では慎重な対応を求めているようです。
一方、毛髪から取り出した遺伝子DNAを解析することによって歯周病になりやすいか否かを判定することができるほか、毛髪に含まれる金属成分を分析することで歯科由来の金属など、体に蓄積している金属を判定することが可能です。
つまり最先端医療も含め、毛と歯は互いに役に立つ有益な関係があるのです。
毛と歯は同じ仲間!?
毛と歯は発生学上、同じような成り立ちで形成されることがこれまでの研究から明らかにされています。
図3にように、細胞組織が内側に入り込む「上皮陥入」のメカニズムを経て、いくつかのタンパク質などの影響を受けながら毛や歯に変化(分化)していきます。
特に歯の最表層にあるエナメル質と毛髪はともに「外胚葉」という組織に由来し、もともとは同じ種類の細胞群から形成されることが判明しています。
2020年に東北大学の研究グループが報告した論文によると、エナメル質を作る「エナメル芽細胞」に多く発現しているSox21というタンパク質に注目し、その有無によってマウスの歯の形成がどのように影響を受けるかについて調べました。
その結果、Sox21が失われるとエナメル質ができなくなり、その代わりに毛髪状の構造物が形成されました。さらに、その構造物の詳細を調べるために元素解析したところ、毛髪とほぼ等しい分子構造を持つことが判明しました。
つまり、歯になる予定の細胞に特殊な処理を加えれば、毛髪を作ることが可能であることを示しています。ですから、冒頭のドイツ語慣用句「歯に毛が…」はSF的な状況ではなく、現実的に起こり得ることなのかもしれませんね。
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以上より、健康な髪の毛を保つためにも毎日の歯磨きに励み、しっかり噛んで食事をしましょう。
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記事執筆
島谷浩幸
参考資料:
・ドイツ大使館公式アカウント(X):今週のドイツ語,2024年5月3日.
・大島直也ほか:ガム咀嚼習慣による毛髪への影響:観察研究.日本抗加齢医学会 17:186-189,2021.
・松井美咲ほか:ガム咀嚼による頭皮血流への影響-オープンランダム化クロスオーバー比較試験-.薬理と治療 50(9):1605-1609,2022.
・大野紘八郎ほか:金属アレルギーを有するアトピー性脱毛症-症例報告-.小児歯科学雑誌 36(2);390,1998.
・細木真紀:チタンアレルギーの疫学的検討-徳島大学歯科用金属アレルギー外来-.皮膚病診療 42(3);192-197,2020.
・日本皮膚科学会:男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版.日皮会誌127(13);2763-2777,2017.
・大山秀樹ほか:B-45-1320毛髪を用いた歯周病患者のHLA遺伝子変異の検索.日本歯周病学会会誌 33(0);149,1991.
・梁洪淵:歯科治療における毛髪検査の有用性.日本口腔検査学会雑誌 6(1);3-7,2014.
・Kan Saito, Satoshi Fukumoto et al: Sox21 regulates Anapc10 expression and determines the fate of ectodermal organ. iSCIENCS 23(7), 2020.