「国宝」という切り口が、日本美術の入り口になる
――待望の第2弾ですが、国宝という切り口になったのはなぜでしょうか。
磯貝:第1弾の絵画の図鑑が好評だったことを受けて、第2弾では日本美術を取り上げたいと考えました。ただ日本美術といっても範囲が広すぎるので、何か明確な切り口が必要だったんです。そんなとき、ちょうど「国宝級イケメンランキング」が話題になっていて、若い世代でも「国宝」という言葉にある種の価値を見いだしていることに気づいたんです。

「国宝」という言葉は日本人に特別感があり、「国宝級○○」という表現が生まれるほど親しまれています。そこで「国宝」という言葉の力を借りて、日本美術の入り口にしようと考えました。国宝を知ることが、日本美術を知るきっかけになるのではないかと思ったことが始まりです。
――総数1,400点を超える国宝の中から、どうやって掲載の国宝を選んだのでしょうか。
磯貝:国宝の中で、いちばん多いのが実は建造物なんです。今回はそれに加えて、子どもたちが視覚的に楽しめる、絵画と彫刻と工芸品をメインに取り上げることにしました。これらだけでも、合計約600点あります。
――約600点とは、まだまだかなり多いですね!
磯貝:ボリュームある中から選ぶために、まず作品の写真と名前だけのビジュアルシートを作りました。これは子どもたちが直感的に興味を引かれるものを見付けるためです。子どもは見た目のインパクトでひきつけられますから、ウンチクや背景知識よりも、見た目で判断できる要素を大切にしたかったんです。

作成したビジュアルシートをスタッフに配り、「調べなくていいので、見た目で気になること、面白い見出しを付けてアイデアをください」とお願いしました。さまざまな視点から子どもたちが興味を持ちそうな切り口を見付けるため、このようなアイデア会を4回ほど実施しました。結果的に、約350もの多様なアイデアが集まったのです。
――約350も! その中からどうやって選んでいったのですか?
磯貝:ウンチクより見た目の印象があること、なるほどと思える企画を重視し、最終的に5つの章立てになりました。
選ぶ過程で、作品やカテゴリによっては「紙面が地味に見えないか」という心配もありましたね。テキストなしで画像だけを並べて、パッと見てどう思うかを確かめ、何度も入れ替えを行い、確認しながら決めていきました。
――手法や時代ではなく、どこを見る、何を表している、どう表現されているといった章立ての切り口も新鮮でした。どうしてこのような見せ方になったのでしょうか。

磯貝:この本で大切にしたのは、「国宝だからすごい」という見方をしないでほしいということです。有名だから、由緒があるからすごいといった見方ではなく、作品自体を見てほしいと思いました。そうすれば、その作品だけでなく、他の作品を見るときにも活かせる“見方”が身に付くと思ったからです。国宝はあくまで、日本美術を楽しむ入り口なのです。
どんな子どもにも興味を持ってもらえる多様なフックを用意
――絞っているとはいえ、250点もの国宝を集めるのは大変だったのではないでしょうか。
磯貝:立体作品はさまざまな文献などを見て使いたい写真を探し、所蔵者に問い合わせました。美術館やお寺で実物を見るときは少し距離があったり、うす暗かったりすると思うのですが、本では細部まではっきりと見ることができます。よりわかりやすく、きれいに見える図版を探し求めました。

また、第4章、第5章では素材と技法について取り上げているので、伝統技法を今も引き継いでいる作家や職人の方の取材にも行きました。鑑賞に興味がなくても、自分で作るのが好きな子どももいるかもしれないと考えて、素材や技法からのアプローチも加えたんです。
子どもたちの興味や関心は多様ですから、できるだけ多くの「フック」、つまり興味を引くきっかけをいろいろな角度から用意したかったんです。どんな切り口からでも、どんな興味のレベルからでも、日本美術に引っかかるポイントがあるようにしたいと考えました。
――(国宝の)パーツがかなり細かく分解されていたり、見どころがわかりやすくピックアップされていたりと、さまざまな工夫が凝らされていますね。大人でも楽しめると感じました。
磯貝:レイアウトは、子どもがどんなものに興味を持つか熟知している児童書や児童誌のライターさんに作ってもらいました。作品を前面に立てて、解説のための挿図扱いにならないよう、まず最初に作品図版が目に入るレイアウトを心がけています。

また、見たときの「感想」にあたる部分は本の中で言わないようにしました。一般的に「怖く見える」と言われる仏像があっても「怖い」という感想は書いていないんです。
たとえば、「曜変天目茶碗」をメインで紹介している「茶わんの中をのぞいてみよう」という見出しのページがあります。「曜変天目茶碗」は、黒い釉薬の上に青色の斑文が浮かび上がり、「器の中に宇宙が見える」とも評される茶わんです。最初は、このページに「茶わんの中に広がる宇宙」という見出しを付けていたんです。でも、このタイトルを付けたあと、編集部内で「宇宙と決めつけてよいのか」という議論になりました。
私はつい宇宙を思い浮かべるのですが、それは先入観かもしれないと考えたからです。実際、家で10歳の息子に見せたら「これ、細胞みたい」と言ってとても気に入っていたんですよね。それを聞いて、感想を決めつけないでよかったなと思いました。
どのように見えるかは見た人によって違います。こちらで見え方を決めつけずに、子どもたち自身の感性に任せたいと思っています。
国宝をきっかけに、日本美術の世界へ「おいでよ!」
――たくさんの国宝が紹介されていますが、磯貝さんのお気に入りの国宝はありますか。

磯貝:悩みますね……。あえて選ぶなら、表紙にもなっている阿修羅像でしょうか。じっくり解説していますし、作品のデータである制作年代や技法の調べ方なども紹介しています。
実は、今回の表紙は最終的に阿修羅と縄文土器の一騎打ちだったんですよ。
――どちらも人気ですし、悩ましい一騎打ちですね! なぜ阿修羅に決まったのでしょうか。
磯貝:阿修羅のじっとこちらを見つめてくる表情に軍配があがりました。また第1弾の表紙がモナリザだったので、「落ち着いたお姉ちゃんとちょっと気難しい弟」のような関係性もいいなと思いました(笑)。両方を並べたときのバランスを考え、最終的に阿修羅に決定したんです。
――2冊の表紙を並べたときにも楽しめるのですね。子どもたちにはこの図鑑をどのように楽しんでほしいと考えていますか。
磯貝:建前としては自国の文化を知ることの大切さですが、いち日本美術ファンとしては「面白いから好きになってほしい」「日本美術好きの世界へおいでよ」という気持ちが強いです。この本を通して、日本で長い間伝えられてきたものを知ってもらいたいですね。
――最後に、保護者の方に対してもメッセージがあればお願いします。
磯貝:アンケートを見ると、親子で楽しんでいただいている方がたくさんいらっしゃるようです。普通の図鑑より親子のコミュニケーション率が高く、図鑑を介していろいろな会話をしている家庭もあると聞きました。ですので、ぜひお子さんと一緒に、どの作品が好きかを話してみてください。小学館の美術書のノウハウを全部注ぎ込んで、本で見る美術作品の見方も工夫しているので、きっと親子で楽しんでいただけると思います。
そして、この本をきっかけに国宝や日本美術に興味を持ってもらえればうれしいですね。今年は国宝の展覧会も多く開催されています。実物はまた違う魅力があるので、図鑑で楽しんだあとは、機会があれば、実物にも会いに行ってみてくださいね。
お話を聞いたのは…

磯貝晴子さん
東京藝術大学で美術史を学んだ後、小学館に入社。10年ほど学年誌や『ぷっちぐみ』など児童雑誌の編集を担当したのち、現在は文化事業局で美術書を編集する。2児の母。
小学館の図鑑NEOアート 図解 はじめての国宝
小学館|2970円(税込)2025年2月19日発売
A4変型判 258ページ ISBN9784092172678
「国宝」をテーマに日本美術を取り上げます。絵画・彫刻・工芸品・建築を中心に、約250点の国宝を、子どもの興味を引くテーマに分類して掲載。
日本列島の長い歴史のなか、人々に守られ受け継がれてきた国宝に触れることで、子どもたちにわが国ならではの美術作品の鑑賞の楽しさを知ってもらうとともに、日本文化への理解を深めることができる1冊です。
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撮影/田中麻以
取材・文/ミノシマタカコ
構成/HugKum編集部