AIに負けない子どもを育てるには? 小宮山利恵子さんに聞く、時代を生き抜くために欠かせない“5つの力”とは【アントレプレナーシップ教育】「正解を探す」から「問いを立てる」へ

AIやテクノロジーが急速に進化し「正解を覚える」だけでは通用しない時代がやってきました。これからの社会で子どもたちに本当に求められるのは、未知の問いに向き合い、自ら価値を生み出す力――“ゼロ”から“イチ”を生み出す「ゼロイチ力」です。これは「気づく」「対話する」「探究する」「行動する」「失敗する」という5つの力が循環しながら育まれるもの。では、どうすればこの力を家庭で伸ばせるのか。
『みんなの教育技術』の山本編集長が、『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして?」の伸ばし方』の著者でリクルートのスタディサプリ教育AI研究所所長の小宮山利恵子さんに、その核心を伺いました。

アントレプレナーシップ教育がなぜ必要?

高校生のための参加型アントレプレナーシップ・プログラム©️RECRUIT スタディサプリ

アントレプレナーシップ(起業家精神)教育は、日本でも高校などで始まっていますが、その導入率はまだ1割ほどです。リクルートのスタディサプリ教育AI研究所所長の小宮山利恵子さんは、これからの不確実な時代を生き抜くためには、アントレ教育が大切だといいます。

「アントレプレナーシップの土台となるのは、問いを立てて新しい価値を作ることができる力。言い換えると、ゼロからイチを生み出す力です。国際競争力の低下が顕著な日本では、長く続いた終身雇用制度も終わりつつあり、待っているだけでは仕事はまわってこない時代になりました。

これだけ社会の変化のスピードが速い時代は、言い換えれば正解がない時代です。そんな不確実な時代に必要になるのが、試行錯誤しながら自ら正解を導いていける力=ゼロイチ力です。

学校でゼロイチ力を伸ばしてくれたらいいのですが、日本の学校の先生は世界一忙しい。ギガスクールでひとり一台PCが配られてやっと慣れてきたと思ったら、今度はアントレ教育。いろいろな教育が積み重なって、学校はカリキュラムオーバーロード状態ともいえます。

ですから、家庭教育の中で、アントレプレナーシップの土台が育まれる環境づくりをするという意識を大人が持つことが大切になります」

アントレプレナーシップの土台となる問いを立てる力は、家庭でどうやって伸ばせるのでしょうか?

小宮山さんの挙げるゼロイチ力につながる5つの力について『みんなの教育技術』山本春秋編集長がくわしく伺いました。

①「気づく力」――“なんで? ”から始まる探究心

「半径5メートルの気づきが学びや探究のきっかけになります」(小宮山さん)

――まず、「気づく力」とは、どんな力なのでしょうか?

身の回りの「当たり前」に目を向ける力です。たとえば「このスマートフォンって、いつからこんなに薄く軽くなったんだろう?」と立ち止まって考える。日常にあふれる“気づき”は、学びや探究のきっかけになります。

――大きなテーマじゃなくていいんですね。まずは身近なところから。

私は「半径5メートルの気づき」と呼んでいます。リクルートが主催するアントレプレナーシップ・プログラム「高校生Ring」で、ある左利きの高校生が「文房具が不便だ」と気づいて、左利き用の道具をまとめて買えるオンラインストアを構想しました。右利きの私は、それを聞くまで気づきもしなかったので驚きましたね。

――気づくことがすでに探究や行動の入り口なんですね。

「気づき」にはもう一つ大切な視点、「気づくために“見ようとする姿勢”」があります。意識しなければ情報や常識はどんどん固定観念になってしまう。自戒を込めて言うなら、私たち大人も一度「これが正しい」と思ってしまうとそれに引っ張られませんか? 親もコンフォートゾーンを出なければ、新しい視点には出合えません。

子どもの好奇心につきあうのは、たしかに面倒なときもありますが、その“面倒”の中にこそ、学びの芽が詰まっているのです。

②対話する力――親の先回りはNG

「親はつい正解を与えてしまいがち。どう対応したらいいでしょうか?」(山本編集長)

――「対話する力」とはどんな力でしょうか? 家庭でも育てられますか?

人の考えをよく聞いて、自分の言葉で伝える力。さらに、たとえ相手と意見が違っても、まず受け止めようとする姿勢です。むしろ家庭こそが対話力のいちばんの土台になります。

――家庭だとつい親が答えを与えてしまいがちです……。

わかります(笑)。親はつい「それは違うよ」とか「こうしたほうがいいよ」と先回りして正解を与えてしまう。でも、そこをぐっとこらえて「そう考えたんだね」「どうしてそう思ったの?」とオープンクエスチョンで返すようにしてみませんか。子どもの思考はぐっと深まっていきます。

我が家では子どもが小学生のころ、夕食の時間に話す時間をつくっていました。ニュースの話題でも、「あなたはどう感じる?」と聞くだけで、子どもは自分の視点を持とうとします。親は「それ面白い疑問だね!」と返して、一緒に考える“仲間”になってあげる。それが、子どもの対話力を育てるいちばんの近道なんです。

――たとえ結論が出なくても、「対話」に意味があるんですね。

もやもやのままでもいいんです。家庭が“正解を出す場”ではなく、“問いを深める場”になると良いですね。

③探究する力――問いの連鎖が生まれればOK!

「なぜ? と子どもが聞いてきたら、まず3つ調べてごらんといいます」(小宮山さん)

――「探究する力」は近年注目されている「探究学習」とも重なりますね。

「探究する力」とは、興味を自分で深掘りし、試してみる力です。調べて終わりではなく、「なぜだろう」「やってみたらどうなる?」と実際に行動するまでがセット。最近ではチャットGPTなどのAIを使って簡単に情報を得られるようになりましたが、その回答を「見て終わり」にせず、そこから自分で問いを立て、頭と手を動かす。それこそが本物の探究力につながります。

――家庭では、どんなふうにその力を育てられるでしょうか?

日常のちょっとした疑問こそが、探究の種になります。「妹はどうして蚊に刺されやすいんだろう?」など、ささいな疑問でも、それを“自分ごと”として捉えられるかどうかがカギになります。

私は「まず3つ調べてごらん」と声をかけていました。疑問を持って調べるだけで世界の見え方はガラリと変わる。手間がかかってもやるかどうかで学びの深さは全然違ってきます

――自分で見つけた問いだからこそ、学びが定着していくのですね。

その通りです。息子はお茶が好きなのをきっかけに、自分のお小遣いである飲料メーカーの株を買ったんです。企業について調べ、資料を読んで「どうして今期は利益が減ったんだろう?」「競合と何が違うんだろう?」とさらに問いが深まっていく。探究って、終わりがない“問いの連鎖”なんですね。「好き」を出発点にして、自分で考えて行動すれば、「考える」そのものを楽しむ力が育っていくと思います。

④行動する力――「できた」を積み重ねる

「忘れ物や宿題など、子どもの行動にはどのような関わりが大切?」(山本編集長)

――探究の先には実際に動くフェーズがあります。「行動する力」とは、どのようなイメージですか?

頭の中で考えたアイデアを実際に試す力です。どんなに素晴らしい発想も行動に移さなければ意味がありません。とはいえ、子どもは「うまくいかなかったらどうしよう」と不安になるもの。そんなとき、そっと背中を押してくれる大人の存在が欠かせません

――家庭では、どんな関わり方が大切でしょうか?

忘れ物をしたらすぐに届けるのではなく「次はどうすれば忘れずに済むか、一緒に考えよう」と声をかけてみてください。「宿題やったの?」ではなく、「どこまで進んだ?」と尋ねるだけでも、子どもの反応は変わります。責める口調ではなく、行動を引き出す言葉を選ぶだけで子どもの意欲は引き出されます。

――結果よりも、「まず動いてみる」を大事にしたいですね。

完璧を求める必要はありません。やってみる経験を重ねれば、自分の工夫でうまくいったこと、つまずいた原因などを振り返る力も育っていきます。「できた」実感の積み重ねが挑戦する力につながります。

⑤失敗する力――“うまくいかない”から学びが始まる

ゼロイチ力の伸ばし方が具体的に書かれた小宮山さんの新刊には、山本編集長も付箋がたくさん。

――行動したり挑戦したりすると失敗がつきものです。「失敗する力」は、どのような意味を持つのでしょうか?

失敗を自分なりに振り返り、「なぜそうなったのか」を考えるなかで、真の意味での“学ぶ力”が育っていきます。間違えないように準備するよりも、まずやってみる姿勢を持つほうが成長の幅はずっと大きいですから。

――でも、失敗を前向きに捉えるのは大人でも難しいです。

だからこそ、家庭や学校に「失敗してもいい空気」をつくるのが大切なんです。失敗の原因がすぐにわからなくても、考えれば探究にもつながります。“答えのない問い”とつきあう柔軟さが、これからの時代を生きる子どもには欠かせません。

――学びのハードル設定にも工夫がありそうです。

「ちょっと難しい」くらいのハードルが理想的です。一緒に解きながら「ここまではできたね」と声をかけるだけでも子どもの自己肯定感はぐっと高まります。

間違えても、わからなくても、「面白いね」と言ってもらえる体験を重ねていけば、子どもは安心して挑戦するようになります。失敗の経験こそが、未来への足がかりになるのです。

「大人の正しさ」で縛らず、「わからないけど面白い」に寄り添って

「人間らしさは外れ値に宿る。そんな個性がこれからの社会では大きな価値になるかもしれません」(小宮山さん)

――最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。

親の古い常識が、子どもの可能性を狭めてしまうかもしれません。今の時代には、親世代とはまったく違う景色が広がっています。

そして、人間らしさは“外れ値”に宿る。少し変わっている、少しズレている——そんな個性が、実はこれからの社会で大きな価値になるかもしれません。

最後に、失敗した経験が、子どもをいちばん成長させます。うまくいかなかった体験のなかにこそ、自分の力で乗り越える学びのチャンスがあります。子どもの「わからないけど面白い」に、伴走できる大人でいてほしいと思います。

『みんなの教育技術』では小宮山利恵子さんのインタビュー動画を公開中!

たくさんの実例は必読! 小宮山さんによる、ゼロイチ力の伸ばし方を解説した書籍がこちら

小宮山利恵子 ディスカヴァー・トゥエンティワン ¥1,760(税込)

AI時代に求められるのは、「正解」よりも“ゼロからイチを生み出す力”。スタディサプリ教育AI研究所所長が教える、子どものゼロイチ力を育む家庭での実践法。アントレプレナーシップ教育の現場取材も交え、好奇心を伸ばす親の関わり方や、日常でできる育て方を豊富な実例とともに紹介します。これからの社会を生き抜く力を、家庭でどう育てるかがわかる一冊。

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お話を聞いたのは

小宮山利恵子(こみやま・りえこ) 株式会社リクルート スタディサプリ教育AI研究所所長・東京学芸大学大学院教育学研究科教授

1977年東京生まれ。旱稲田大学大学院修了。衆議院、ベネッセ等を経て2015年よりリクルートにてスタディサプリ教育AI研究所所長。 ICT教育領域の他、五感を使った学びやアントレプレナーシップ(起業家精神)教育について幅広く活動。ANA「旅と学びの協議会」代表理事。キャンプインストラクター、小型船舶1級免許、狩猟免許、AOWダイビングライセンス、国内 A級自動車競技ライセンス、唎酒師、寿司職人(修了証)、お肉検定1級、オイスターマイスターなど多数の資格を取得。

著書に『教育Alが変える21世紀の学び」(共訳、北大路書房)、『新時代の学び戦略』(共著、産経新聞出版)、『レアカで生きる「競争のない世界」 を楽しむための学びの習慣』(KADOKAWA)など。新刊は『好奇心でゼロからイチを生み出す 「なぜ? どうして? 」の伸ばし方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

文/黒澤真紀

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