日本からGAFAが生まれなかったのは教育のせい? AIを活用して成果を出す子どもの育て方、“データサイエンス力”の磨き方【大学教授・渡辺美智子先生が提言】

ChatGPTなど生成AIが身近になっていますが、日本のデータサイエンス教育はまだ海外より遅れています。そこで立正大学データサイエンス学部教授で、『こどもデータサイエンス なぜデータサイエンスが必要なのかがわかる本』を監修した渡辺美智子先生に、親が知っておくべきことや家庭でできることを聞きました。

技術の恩恵に誰でも手の届く時代

なんとなく不安の多いAI時代。でも渡辺先生は、「今の子どもたちは、チャンスの時代に生きているんですよ」と話します。

「今は第4次産業革命といわれ、生活や社会のあり方、働き方が一気に変わっていく時代です。こういう時代は、ローハンギングフルーツ(low-hanging fruit)といって、木の低い位置にたくさんおいしい実がなっている状態。誰でも手を伸ばせば、新しい技術の恩恵を受けられます。でも気付いた人と気付かない人で大きな差がつく。どこに目を向けるかで将来が変わってきます。

昔、馬車が自動車に変わったときも、最初は気付かない人がたくさんいました。でも気付いた人から先に、新しい世界で活躍できた。今も同じことが起きているんです」

すでに始まっている変化に意識を向け、どこに学びの軸を置くか。それが子どもたちの将来を左右するといいます。

子どもたちはAIネイティブ

これからの子どもたちは単純なデジタルネイティブではなく、生まれたときからAIがある世界で育つAIネイティブ。これは強みになります。

「通販サイトでおすすめ商品が表示されたり、タブレット学習で一人ひとり違う問題が出たりするのが当たり前になりました。『なぜおすすめが当たるの?』『どうして隣の子と問題が違うの?』など、疑問を自然に持ちやすい環境。なぜ? という疑問から仕組みを考えたり確かめたりすることが、AIの基盤技術であるデータサイエンスを学ぶきっかけになります」(渡辺先生)

『こどもデータサイエンス なぜデータサイエンスが必要なのかがわかる本』より

日本のデータサイエンス教育は海外に比べると長らく後れをとっていましたが、2024年12月には文部科学省が「初等中等教育段階における 生成AIの利活用に関するガイドライン」を改定。小学校でも生成AIを現場の判断で活用していく方向になるなど、ようやく変わり始めています。

生成AI時代に必要なのは「問いを立てる力」

生成AI時代の子どもたちにはどんな力が求められるのでしょうか。

「いわゆるGAFAが展開するようなサービスを日本が生み出せなかったのはなぜなのかと考えると、やはりデータを使って問題を解決する力の育成が遅れていたからだと思います。そしてその土台になるのが問いを立てる力です。

会話をしたり画像を生成したりする今のAIって、人間が質問しないと何も答えられないでしょう? 人間がちゃんとプロンプト、つまり指示を入れないと動かない。だから人間に残された大事な役割は、周りをよく観察して課題を見つけ、それをはっきりした“問い”にして生成AIに伝えることなんです。ただ、そもそも経験やセンスがないと、意味のある問いが立てられません。

コンピュータに仕事をさせる場合、以前は人間がプログラムを書いてコンピュータに指示を出していました。でも今では、AIが自動でおすすめ商品を提示したり、融資の判断をサポートしたりします。これから人間に必要なのは、AIがなぜその判断をしたのかを理解し、検証しながら、AIと一緒に働く力なんです」(渡辺先生)

データを説得力のあるストーリーとして伝えられるか

子どもたちにみがいてほしいのは、データを使って説得力のある話を作るデータストーリーテリングの力だといいます。参考として、第66回統計グラフ全国コンクール入賞作品「小学生のにもつの重さ」(文部科学大臣賞)の例を紹介してくれました。

「通学時の荷物の重さをテーマにした小学生の作品で、中身をバラバラにして重さを曜日ごとに量ってグラフ化し、各曜日に何を持ち帰るから重いかをデータで示した後、『1週間ならコウテイペンギン、1カ月ならツキノワグマと同じ重さを背負っている』と訴える。まさにデータでストーリーを語っています」(渡辺先生)

今、企業のDX研修で大人たちが一番苦労しているのも、まさにこのデータストーリーテリング力。これをつけるために意識したいのがDIKWピラミッドだそうです。

データ(D)から情報(I)を読み取り、知識(K)として整理し、最終的に知恵(W)として活用すること。これをDIKWピラミッドと呼びます。単にデータを集めるだけでなく、それをどう役立てるかまで考える。これが非常に大切です」(渡辺先生)

『こどもデータサイエンス なぜデータサイエンスが必要なのかがわかる本』より

AIとは、先生ではなくツッコミどころのある友だちとしてつきあう

ChatGPTなど生成AIに子どもが頼りすぎると、学ぶ姿勢が失われると心配するママやパパもいるでしょう。渡辺先生からは、こんなアドバイスがありました。

「生成AIをいつでも正解を教えてくれる先生だと思ってはダメです。むしろ、自分より少し詳しい友だちがペラペラ話していると思って、ツッコミどころを探してみてください。今後はAIの答えを鵜呑みにして失敗する人と、AIの返答にツッコミを入れて確かめながら、自分の仮説や考えを深めるためにAIをうまく使いこなして成果を上げる人に分かれていくと思います」(渡辺先生)

子どもは遊びながら「AIの本質」を学ぶ

興味深いフィンランドの教育論文を紹介してくれました。

「子どもにGoogleのAI学習ツール(Teachable Machine)を使わせると、すぐにちょっとした“いたずら”を始めるんです。犬の画像に『これは猫だよ』と教えて、AIがどれくらい混乱するか試したり、AIをからかったりして遊ぶんですね。実はこれ、すごく大事な学びなんです」(渡辺先生)

AIは与えられたデータから学習するため、間違ったデータを教えれば間違った答えを出しやすくなってしまいます。子どもは遊びながらデータが偏っていたら答えも偏るという、AIの仕組みやクセを感覚的に理解できるのです。

「できる」と「やっていい」は違う

もう一つ、親子で考えたいのが倫理の話です。

「今は技術で何でもできる時代。たとえば、教室で騒いでいる子を音声認識で特定して、先生に『今日は〇〇ちゃんが一番うるさかった』と報告するシステムだって作ろうと思えば作れる。でも、それを実際に作って使っていいかどうかは、プライバシーなど全く別の問題が絡んできます」(渡辺先生)

このような「できることとやっていいことの違い」を親子で話し合うこともデータサイエンス教育といえます。

データサイエンスは成績や進路にも影響する

データサイエンスは進学やキャリア選択においても重要です。令和7年度全国学力・学習状況調査では「主体的・対話的で深い学び」に取り組んだと考える児童生徒ほど、各教科の正答率・スコアが高い傾向でした。最近の探究学習はまさに「主体的・対話的で深い学び」につながるもの。そして探究学習で実践する「問題を見つけて、データを集めて、分析して答えを出す」という過程は、データサイエンスにおける基本的な考え方と同じ。すべての学びの基礎になります。

入試も変わってきました。大学入学共通テストに「情報」が加わっています。また、2029年にはOECDの学習到達度調査(PISA)に「AIリテラシー」が入る予定です。暗記型の勉強ではなく、考える力が評価される時代になっているのです。こうした変化に気付かないでいると、せっかく時間とお金をかけても時代遅れの教育になってしまうかもしれません。

ちなみに渡辺先生いわく、数学ができるからデータ分析も得意とは限らないそう。「数学が苦手だというスポーツに打ち込んできた学生が、パフォーマンスを数値で改善してきた習慣を活かして、データ分析の力に長けていることもあります」。つまり、全員が参加できる領域なのです。

『こどもデータサイエンス なぜデータサイエンスが必要なのかがわかる本』より

ビジネスシーンでは、スポーツ、健康、観光、環境などさまざまな分野でDXが進んでいます。スマートウォッチで健康管理、牛にセンサーをつけて畜産支援など、データ活用の場面が全方位に広がっている今、データサイエンスの力があれば、子どもたちのキャリアの可能性も大きくなります。

渡辺先生監修の書籍は親子でデータサイエンスを学ぶ第一歩に

データサイエンスは、AI時代を生きるすべての人に必要な力。親も子どもも一緒に、この新しい技術を楽しんでほしいと渡辺先生は話します。

「たとえば、安価なセンサーやカメラを組み合わせれば、『冷蔵庫の中身を画像認識して買い物リストを作る』『ランドセルにセンサーをつけて忘れ物を防ぐ』など、どこにつけてデータをとったら便利か考えるのも楽しいですよね」

渡辺先生の監修書籍『こどもデータサイエンス なぜデータサイエンスが必要なのかがわかる本』にも、親子でデータサイエンスを考えるヒントが満載。シリーズは子ども向けですが、実は大人向けにも書いているそう。親は「自分が習ってこなかったからわからない」と距離を置くのではなく、子どもと一緒に「なぜ?」を楽しむ姿勢が大事。

学校も変わり始めていますが、大きな変革期だからこそ、家庭での取り組みも一緒に進めることで、子どもたちの可能性をさらに広げられそうです。

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データサイエンスが生成AI時代の必須スキルだとわかっても、何から始めたらよいかわからないという親子にぴったり。「なぜスーパーは売れ筋を知っているの?」「スマホやスマートウォッチで自分のカラダのどんなことが記録できるの?」そんな身近な疑問を入り口に、データの正しい読み解き方と活用法を学べます。小学生向けですが大人が読んでも面白く、親子で読みたい一冊です。

教えてくれたのは

渡辺美智子さん 立正大学データサイエンス学部教授(国際統計教育協会副会長、理学博士)

日本学術会議連携会員。統計数理研究所客員教授。専門は統計学、データサイエンス。とくに、多変量解析、多次元統計モデルと統計・データサイエンス教育。2012年度第17回日本統計学会賞受賞。2017年科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞。著書・監修は『こども統計学』(カンゼン)、『レッツ! データサイエンス親子で学ぶ! 統計学はじめて図鑑』(日本図書センター)ほか多数。

文・構成/古屋江美子

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