「亥の子」とは

「亥の子」は、「亥の子の祝い」、「亥の子祭り」ともいわれる行事です。これは、いつ行われ、どんなものなのか説明していきます。
亥の子の意味
「亥の子」は、「いのこ」と読みます。これは、亥の月の最初の亥の日に行われる行事で、田の神様をお祀りする収穫祭のことです。
亥の子は2026年11月9日(月)
亥の子は、亥の月の最初の亥の日に行われます。亥の月や亥の日とは何なのかを説明しましょう。
かつては、年・月・時刻を十二支で表していました。亥の月とは旧暦の10月のことで、新暦である現在では、11月のことを指します。亥の子は、亥の月の最初の亥の日なので、2026年11月9日(月)となります。
2026年以降5年の亥の子の日付は次のとおりです。
2027年 11月4日(木)
2028年 11月10日(金)
2029年 11月5日(月)
2030年 11月12日(火)
2031年 11月7日(金)
亥の子はどの地域で行われている?
おもに西日本で行われる行事なので、東日本ではなじみがないかもしれません。亥の子は古くから「亥の子餅」や「亥の子行事」として伝わり、地域ごとに少しずつ形を変えながら受け継がれてきました。
とくに盛んに行われているのは、四国・九州・中国地方・近畿の一部などで、子どもたちが石をついたり、家々を回って無病息災や豊作を祈る風習が残っています。なかでも愛媛・香川・徳島・高知では学校行事として取り入れられている地域もあり、秋の風物詩として親しまれています。一方で東日本ではほとんど見られず、知る人も少ないため、地域色の強い伝統行事といえるでしょう。
亥の子の由来と歴史
中国の風習が由来とされる
亥の子の由来は、古代中国にあります。古代中国では、無病息災を願う宮廷儀式「亥子祝(いのこいわい)」が行われていました。亥は十二支の中で“水”の気が強く、悪いものを祓う力があると考えられていたため、亥の日に行う儀式は特別な意味を持っていたとされています。
日本では平安時代から行われていた
この儀式は、亥の月亥の日亥の刻に穀物の入った餅を食べて無病息災を願うもので、平安時代に日本へ伝わりました。宮中行事として取り入れられ、貴族の間で「亥の子餅」を食べる風習が広まったといわれています。やがて宮廷文化が地方へ広がるにつれ、庶民の間でも「亥の子の日に健康を願う」という考え方が受け継がれていきました。
なぜ「亥(いのしし)」なの?
その後、亥の子が稲刈りの時期と重なっていたことから、農家の人たちの間で収穫祭として広まったといわれています。田の神さまへの感謝や、来年の豊作を祈る行事として定着し、地域ごとに独自の形へと発展しました。
また別の地域では、いのししが子沢山であることから、子孫繁栄や子どもの健やかな成長を願う行事として親しまれるようになりました。いのししは力強さや魔除けの象徴でもあり「家族を守ってくれる存在」として大切にされてきたことも、亥の子の風習が長く続いた理由のひとつです。

亥の子には何をする?
亥の子祭り
西日本で行われている「亥の子祭り」は、子どもたちがわらで作った「亥の子槌(づち)」や、大きな石に数本の縄をつけた「石亥の子」を持って町を練り歩き、亥の子唄を歌いながら地面をつくお祭りです。
子どもたちは近所の家をまわって、亥の子餅やお菓子、お小遣いをもらうこともあるといいます。これは、旧暦の10月の亥の日の夕方から翌朝早朝にかけて行われます。なんだか、ハロウィンみたいですね。
亥の子唄や亥の子餅についてはのちに詳しく説明します。
こたつを出す
その昔、江戸時代ごろには、「こたつを初出しするなら亥の子に」という風習があったのだそう。これは「こたつ開き」と言われ、亥の子にこたつを出すと火事を防ぐ、という言い伝えがあったようです。
亥の子唄・亥の子歌とは
亥の子石の際に歌う歌が「亥の子唄」や「亥の子歌」です。愛媛や広島、山口、三重などでは、亥の子祭で歌われています。
亥の子唄の歌詞の意味
歌詞は、地域によって異なります。多くの場合、無病息災や繁盛を願うような、縁起をかつぐ歌詞です。また、振る舞いのない家には、悪態をつくような内容の歌詞がある地域もあるようです。
亥の子餅とは?

亥の子では、行事食として「亥の子餅」を食べます。亥の子祭りで子どもにも配られるという、亥の子餅の由来や歴史をご紹介していきます。
亥の子餅の由来
現在の亥の子餅は、いのししの形をしたお餅で、小豆をあしらってあるものや、きなこがまぶされたものなどがあります。それを旧暦の10月の亥の日亥の刻に食べるのが風習です。
亥の子餅は、古代中国の「亥子祝」のときに食べられていた、穀物の入ったお餅が由来となっています。その当時、亥の日の亥の刻にお餅を食べて、無病息災を願っていたのだそうです。
お餅を食べる風習も日本に伝わり、現在では亥の子の頃になると和菓子店で販売されます。
亥の子餅の歴史
亥の子餅も、「亥子祝」とともに平安時代に日本に伝わりました。この亥の子餅は『源氏物語』にも登場、「光源氏と一緒にいる紫の上のもとに美しい容器に入った亥の子餅が届けられた」というくだりがあります。
当時の亥の子餅は、豆、小豆、大角豆(ささげ)、胡麻、栗、柿、糖(あめ)といった七種の粉を混ぜ合わせて作っていたそうです。
亥の子餅の作り方
亥の子餅は手作りできますよ。親子で作ってみませんか。
◆材料
- 干し柿 適量
- 栗(ゆでて皮をむいたもの) 適量
- 白ごま 大さじ1
- 粒餡 240g
- もち粉(白玉粉) 50g
- グラニュー糖 70g
- 水 90ml
- きなこ 適量
◆作り方
- 干し柿、栗は細かく刻む。白ごまは軽くすり潰す。
- ボウルに1と粒餡を入れて混ぜ合わせ、12等分にして楕円形に丸める。
- 求肥を作る。耐熱ボウルにもち粉、グラニュー糖を入れて軽く混ぜ、水を少しずつ加えながらよく混ぜる。
- 3にラップをふんわりとかけ、電子レンジ(600w)で1分ほど加熱する。
- 4を水けをつけたゴムベラで練る。
- 4と5を3〜4回繰り返し、透明感が出たら求肥のできあがり。
- 求肥を12等分し、麺棒で伸ばして2を包む。これを12個作る。
- 7の表面に竹串で筋を入れ、そこにきなこを振る。
亥の子についてよくある質問
亥の子は、西日本を中心に受け継がれてきた季節の行事で、地域によって形や意味が少しずつ異なります。ここでは、亥の子にまつわる基本的な疑問をまとめました。
亥の子は毎年いつですか?
亥の子は旧暦10月(亥の月)の亥の日に行われます。現在の暦に置き換えると毎年日付が変わり、だいたい11月中旬ごろにあたります。地域によっては「亥の子の日」を固定して行う場合もあります。
亥の子と亥の子餅にはどんな意味がありますか?
亥の子は、古代中国の宮廷儀式「亥子祝」が由来で、無病息災・厄除け・豊作祈願の意味があります。亥の子餅はその象徴で、穀物を混ぜた餅を食べることで「一年を健やかに過ごせるように」という願いが込められています。
亥の子餅はいつ食べますか?
亥の子餅は、亥の子の日に食べるのが習わしです。平安時代の宮中では、亥の月亥の日亥の刻に食べると縁起が良いとされ、現在も地域によってはその日に合わせて食べられています。
亥の子餅はどこで買えますか?
亥の子餅は、四国・九州・中国地方など亥の子行事が残る地域の和菓子店で販売されることがあります。ただし全国的に流通しているわけではないため、地域限定の季節菓子といえます。行事が盛んな地域では、学校や自治会で手作りされることもあります。
亥の子と「炉開き」「こたつ開き」の関係は?
亥の子の日は、火を使う行事の節目ともされ、茶道では「炉開き」、家庭では「こたつ開き」を行う日として知られています。亥は火を守る力があると考えられていたため「この日に火を使い始めると安全に過ごせる」という縁起が込められています。
亥の子の行事はどの地域で行われていますか?
亥の子は、四国・九州・中国地方・近畿の一部など西日本を中心に伝わる行事です。子どもたちが石をついて家々を回る地域もあれば、学校行事として取り入れられている県もあります。一方で東日本ではほとんど見られず、地域色の強い伝統行事といえます。
亥の子には、亥の子餅で子孫繁栄や無病息災を願おう!
「亥の子」は西日本を中心に伝承される行事です。小さい頃に亥の子の行事をやっていた人が身近にいれば、話を聞いてみるといいですね。亥の子の日には、子孫繁栄や無病息災を願って、ぜひ亥の子餅を食べてみてください。
文・構成/HugKum編集部
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