新時代教育のキーマンに登場していただく対談連載「アフターコロナ時代の教育クエスト」。第2回のゲストはTech Kids Schoolの上野朝大さんです。前編では、人気No.1プログラミング教室「Tech Kids School(テックキッズスクール)」での学びについてお聞きしました。中編では、プログラミングを学ぶと子どもの可能性がどう変わるのか、またデジタルのリスクと対策について、讃井さんと熱く意見を交わしていただきます。
▼前編はこちら
ITを使うかどうか問うことにもう意味はない
讃井:子ども達とテクノロジーの関わりで、保護者の方に伝えたいことはありますか。
上野: パソコン、インターネット、プログラミングといったテクノロジーを使わせるか否かという問いにはもう意味がないということです。そこはもう「YES」に決まっているからです。
問題はどうやって使っていくかです。危ないから使わせないとか、怖いからやめとこうとか、目が悪くなるかもしれないからパソコンは取り上げるとかではなく、テクノロジーは必要だという前提に立った上で、どうやってリスクを下げ、デメリットを減らして行くか。その方法を考えてほしいです。
今も多くの方はやらせるべきか否か、与えるべきか否かで迷っています。このコロナを契機に否応なく、大人も含めて、みんながもうやらざるを得ない状況に直面させられました。そういう意味では、言い方はよくないかもしれないですが、コロナがもたらしたことは悪いことだけではなかったと思います。
デジタルのリスクと対策
「親から見える」ことが不健全なコンテンツとの距離を保つ
讃井:小学校の保護者からは、「デジタルやプログラミングじゃなくて、アナログの事をやらせたい」「デジタルからなるべく遠ざけたい」「せめて時間を制限したい」というリスク回避を重視した声もあると思います。そんな声に対してどんな話をされていますか。
上野: 弊社の場合、わざわざプログラミングスクールの門戸を叩くような保護者の方ですので、極力使わせたくないという人はそもそもいらっしゃらないです。
ただし、少し角度の違う懸念として、「プログラミングの有用性は分かるけど、それを学ばせる上で、対象年齢ではない不健全なコンテンツと距離が近くなりすぎる」という保護者の方の声はあります。これについて、私が今までで最も納得感があったのは、とある卒業生のお母さんの話でした。
「子どもがまだ小さい時は、時間を制限するのではなくて、親から見える場所で使わせる。そうすれば、逆に見られたくないようなことはできないはず。だから利用については、時間を制限するとかフィルタリングを入れるんじゃなくて、あくまでその本人のモラリティに任せています」
この方法がもっとも健全な気がします。
矛盾する話なんですけれど、危ない目にあって初めて学ぶこともあります。不健全なコンテンツにアクセスしてしまって、3万円払ってくださいみたいものが出てきたら、すぐに相談できる親なり大人がいることが重要かなと個人的には思うところもあります。
我々から見れば、そんなの無視してウィンドウを閉じておけばいいという話なんですけど、その知識がないと本当に払っちゃったりするじゃないですか。 小さいときはモラリティの範囲でアクセスさせないようにする必要も一定はあると思います。でも、中高生となるとそうはいかない。だったら「やばそうな時は気軽に相談しろよな」という、親子の信頼関係が大事かなと思います。
スパムもSNS上のやりとりも経験がリスクヘッジになる
讃井:確かに一見すると危ないことがあるので、親の立場からすると常に気になりますが、それは非常に過保護な状態になっているとも言えます。自転車の練習も、いつまでも親が後ろで支えてしまうと、1人で自転車に乗れなくなるのと同じです。僕らは中高生に対して、1人の大人として接することを大事にしています。SNSの投稿でも「自由にやっていいけど、その代わり1人の大人として見るから、ちゃんと責任ある行動をとらなきゃいけないね」と伝えます。そうすると意外と中高生はわかってくれます。逆に子どもとして扱って「ダメだ、やめろ!」「いいから、大人の言うことを聞け!」みたいな接し方は、かえって反発を招いてうまくいきません。
上野:自分自身の経験を振り返っても、インターネットだとこれがスパムか否か、という判断が合理的には難しいところがあります。最近のものは特に巧妙にできているので、なおさら「経験」がものをいう部分はあると思います。また、SNS上の他者とのやり取りも、ニュアンスや、文脈、言葉遣いによって、内容をネガティブに捉え過ぎてしまったりすることがある。それもうまくいったこともそうでないことも、様々な経験をすることで理解し、熟達していきます。
だから「経験」がないことのほうがむしろリスクなのです。そうであれば、親から見えている範囲でちゃんと経験させていくことこそが、現実的なリスクヘッジになります。
ITリテラシーを体験から学ぶ
讃井:大人の一部には、アナログ信仰もあります。たとえば、サッカーの部活は良いのに、eスポーツの部活が悪いっていう人もますが、私はそうではないと思っています。eスポーツにも工夫したり友達と協力したり、頭を使う余地があるゲームが沢山あります。サッカーと同じように仲間との葛藤や失敗体験もあって、その中にものすごく成長がある。だからeスポーツに取り組むことについても、大人が学びを認めてあげること、あるいはより良い学びにつなげることがすごく大事です。
また作品を作り、世の中にリリースする過程ではリテラシーの問題にも直面します。この画像を出していいのか、 こういう投稿の仕方って見え方によっては悪く言われちゃうかもしれないよね、という対話をすることによって、子どもたちは健全に学んでいきます。
上野:そうですね。プログラミングとは隣接している問題なので、ITリテラシーについても気にされる親御さんもいると思います。やっぱり避けては通れないし、わかりやすい方法論はないと思うんですけど、過保護になりすぎず、かつ放置しすぎないことが大事ですね。
讃井:本当に技術もどんどん新しくなって、その時々で最適解が変わっていく時代です。小学生のときはこうだったけど、中学生になったら別のリスクがあるからこの部分はなしにしようとか、保護者と子どもたち自身が対話しながらルールを作ったり、変更したりしていくことが大事になると思います。
プログラミングは将来どう役立つ?
讃井:小学生がプログラミングを学ぶことの効果や、将来どう役立つかについてはどんな風に考えていますか。
プログラミング経験は、豊かな発想力を養う
上野:広い意味でのリテラシー・教養として学んでおくべきだと思っています。「手段としてテクノロジーを用いると、あんなこともこんなことも出来るんだ!」という前提知識があると、世界の見方が変わってくるはずです。菅野楓さんの例で言えば、宮崎駿さんの作品を見たとして、ただ面白かったと感想を言って終わるのではなく、「セリフを言語処理解析して、主人公の感情の起伏をグラフ化してみよう」とか、そういう新しい発想を持てることが1番の強み。もちろんビジネスの種にもなっていくものです。
ただそのプログラムを自分で書いて実現できる必要は、必ずしもないと思います。それは本職のエンジニアと組んでやればいいことだと思う。そういう発想を持てるかどうかというのは、ある程度プログラミングをできる人にしか持ち得ない発想だと思うんです。「これをこうすればこうできるな、理論上は」という発想です。
世界を見る非常に重要な一個のフィルターとして、テクノロジー的素養は身につけておくべきだと思います。技術そのものはすぐに陳腐化していくので、技術の習得というのは大きな問題ではありません。技術の習得を通じて、世界を見る素養を取得することが大切です。
技術を使った課題解決の経験は、人生のレベルアップにつながる
讃井:まさに21世紀の子どもたちの可能性を広げる素養ですね。技術を知ると世界が違って見えてくる。多分それはその子の生き方や可能性が違って花開くということ。
例えば中学受験ひとつにしても、昔は間違った問題を復習するノートを作る時、紙のプリントを切ったり貼ったりしていましたけど、今の小学生の子どもは「別にこれスクショしてコピペしたらいいじゃん」とか「問題をデータとして蓄積してクイズアプリにすれば、もっと簡単に復習できるかもしれない」とか、自分の身の回りの課題に気づいて解決できます。私はそれを「半径50cmの課題解決」と呼んでいますが、小学生には小学生から見える課題があります。そういう思考を小学生のうちからできたら、どんな仕事にも活かせるし、将来違ってくると思います。
上野:そうですね。多分大人が思うよりも小学生は課題にたくさん気づいているけど、解決する術がないことが多い。ただプログラミングやインターネットがあれば、子どものうちから課題解決することができます。解決方法が実用的かどうかということは、二の次でいい。 技術を使って課題を解決するという経験を小さい時にしていることは、その子の人生のレベルアップにつながると思いますね。
プログラミング教室のこれから
讃井:アフターコロナの時代、2030年くらいの近い未来を見据えた時に、これからの小学生のプログラミング教育や習い事は どういう進化を遂げていくのでしょうか。
結果が出る10年後が楽しみ
上野:そもそもプログラミング教育の世界は、本格的に始まってからまだ歴史が短いので、ビフォアーコロナというものがほぼ無いと言ってもいいぐらいです。2020年4月の必修化でやっと始まったという時に、コロナ禍になりました。
コロナという軸よりも、10年後にはすごく意味を感じています。子ども向けの教育なので 、その子どもがどう成長したかということが全てだと思う。教育は、結果を見るのに時間がかかります。我々は2013年創業で、7年前に小学1年生だった子が、いま中学1年です。ここからさらに10年後、23歳で社会に出ている状況になる。その時に、どうなっているのかがめちゃくちゃ楽しみですね。
テクノロジーを手段として当然使える「テックキッズ」世代が、各々の興味関心分野でテクノロジーを使って探究や課題解決を深めていく、その本番を大学や企業で始めるわけです。子ども時代が練習というわけではないんですけど、より大きいスケールでそれができるようになる。「テックキッズ」世代の新人類が世に放たれるのは10年後。そこが非常に楽しみです。我々も、仕組みやカリキュラムをブラッシュアップしていかなければいけないと思っています。
教える人材の不足はどうなる?
讃井:僕らライフイズテックの場合は中高生向けのプログラミング教室なので、元参加者が早いと2,3年もするとメンターとして教える側に帰ってきます。自分が中高生のときに体験できたことで「人生が変わった。楽しかった。だから子どもたちに対してもそれを届けたい」と言ってくれます。人生を変えるきっかけを届けることができていることは、すごく嬉しいし、僕らとしてそんな体験を届け続けなきゃいけないと思っています。
今の問題としては、教える人が圧倒的に少ない業界だということです。僕らのライフイズテックが起業後すぐにぶち当たった問題は、教える人がいないということでした。だったら育てていくしかないと。テクノロジー教育の分野でも、教えられた人がまた教える人になって帰ってくるという文化を作っていかなきゃいけないと感じています。
上野:そうですね。小学校の教育でも、プログラミングに最も抵抗感があるのは比較的ご年配の先生方かもしれません。若い先生は抵抗感はないけど経験がない。ただこの数年の教員養成課程の改定によって、プログラミング教育の講座もできました。経験者がいないという初期フェーズが終わって、2周目が始まっています。最初は本当に誰もやったことがない中でドタバタとやってきたけど、それが少しずつ洗練されてきた段階です。だからこそ習い事としては、ますます保護者の方の目も肥えて厳しくなると思います。
プログラミングを学ぶ上での「コミュニティ」の重要性
讃井:Tech Kids Schoolには、作品を作ることがカッコいいとか、世の中のためになってる奴ってイケてるんだとか、そうみんなが思っているコミュニティの文化があると思います。子どもの居場所としてのコミュニティ作りで大事にされていることはありますか。
上野:プログラミングの学びは、パソコンで個人作業することで一定のものができてしまいます。なので、以前はあえて隣の子に目を向けさせることに力を注いで来ませんでした。しかし、その後コミュニティの重要性に気づくことになります。そのきっかけは“Tech Kids Grand Prix(テックキッズグランプリ)”という当社の開催しているコンテストでした。
全国津々浦々から腕に自信があるプログラマーの子が集まって一堂に会するのですが、そのときに、優勝した子が「優勝できてよかった」ではなくて「同じ趣味や興味関心を持っている友達ができたことが最高だった!」と言っていたんです。 その後もその子たちは繋がっていて、お互いすごく切磋琢磨しているんですよね。小学生も5・6年生になると他者が与える影響が出てきます。また選抜特待生プログラムの中でも、1年間複数のメンバー同士で学び合う場があるんですが、やっぱりめちゃくちゃ仲良くなりますし、影響をお互い受け合っている様子が見えます。カリキュラムの外でもいいので、そういうコミュニティは今後も作っていきたいと思っています。
讃井:まさに、ライフイズテックでも子どもたちからその声が聞かれます。「自分の好きなことを好きだって共有できる仲間に出会えたことが一番良かった!」という声です。テクノロジー分野に限らず、子どもたちにはそれぞれ好きなものがあります。その好きなものを語り合えるコミュニティもそれぞれにあります。自分に合ってる場所・コミュニティはそれぞれ個別にあるはずだという考え方を、僕ら事業者や保護者が持たなくてはいけない。
フレンドシップドリブンな学びとも言いますが、楽しい友達がいるからTech Kids Schoolに行くんだ、プログラミングを学ぶんだというのは、ありなんです。だから、上野さんの中ではあまり意識してなかったかもしれませんが、Tech Kids Schoolに通う子どもたちの横のつながりは、すごく大事な財産=コミュニティとしてこれまでやっぱり成り立ってきていたんだろうなと感じますね。
◆後編「学校のプログラミング教育は妥協の産物だ!」に続く
プロフィール
上野 朝大
立命館大学国際関係学部卒業。2010年、株式会社サイバーエージェント入社。アカウントプランナー、Facebookマーケティング事業部長、新規事業担当プロデューサーを務めたのち、2013年5月サイバーエージェントグループの子会社として株式会社CA Tech Kidsを設立し代表取締役社長に就任。
一般社団法人新経済連盟 教育改革プロジェクト プログラミング教育推進分科会 責任者。文部科学省「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」委員。文部科学省「2020年代に向けた教育の情報化に関する懇談会 基本問題検討WG」委員。情報処理学会、日本産業技術教育学会、日本情報科教育学会、コンピュータ利用教育学会 会員。
Tech Kids School(テックキッズスクール):小学生のためのプログラミングスクール。2013年に設立され、延べ3万人以上の小学生にプログラミング学習の機会を提供。プログラミングの知識や技術を身につけ、設計する力、表現する力、物事を前に進める力などの力を育み、「テクノロジーを武器として、自らのアイデアを実現し、社会に能動的に働きかけることのできる人材」の育成を目指しています。https://techkidsschool.jp
プロフィール
東京大学教育学部卒業後、東京大学教育学研究科にて研究者として博士課程まで在籍。専門は教育政策・学習科学。2010年にライフイズテックを創業。ITキャンプ・スクールには累計4万6千人以上が参加し、中高生向けIT教育サービスでは世界2位まで成長。ディズニーとコラボした「テクノロジア魔法学校」や学校向け教材「ライフイズテックレッスン」などオンライン教材も提供。現在は各地の教育委員会の専門委員やNewsPicksのプロピッカー(教育領域)も務める。
撮影/五十嵐美弥
写真提供/CA Tech Kids
文・構成/HugKum編集部