会話ができない重度の自閉症を抱えた作家・東田直樹さんが13歳の時に執筆したエッセイ『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、初めて自閉症当事者の内面を伝えるものとして、世界34か国以上で出版され、大ベストセラーになりました。刊行から15年を経て、自閉症の世界を描いたドキュメンタリー映画『僕が跳びはねる理由』としてイギリスで制作され、4月から公開されていますが、この度、反響の大きさを受けて、吹き替え版が配信されることになりました。自閉症の当事者との関わりが深く、発達障害児のための支援施設「ルーチェ」を主宰している藤原美保さんに、日本における施設や支援のあり方を踏まえてご紹介いただきます。
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自閉症の当事者である子どもの「想い」に焦点を当てたドキュメンタリー映画
自閉症とは、「自閉スペクトラム症」(ASD:Autistic Spectrum Disorders)が正確な診断名です。コミュニケーション力などの社会性の発達障害の一つです。「スペクトラム」とは「連続体」という意味。ひとりで生活することが難しいほどの重度の自閉性障害を持つ人から、自己コントロールに苦手を抱える程度の軽度の人まで境界線をひくことはできず、連続しているという考え方です。
現在28歳の東田直樹さんが13歳の時に書いた『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、自閉症の子を持つイギリス人の作家・デイヴィッド・ミッチェル氏が翻訳し、2013年に出版。またたくまに世界34か国で翻訳されるベストセラーとなりました。それが映画プロデューサーであるジェレミー・ディア夫妻の目に留まり、映画化されたのです。翻訳者であるデビッド・ミッチェルさんも映画のガイド的役割で登場してます。
彼らの息子・ジョスも自閉症です。ジョスの成長記録と共に、インド、アメリカ、シエラレオネの自閉症の子の特性と独特な世界観が表現されています。多様に描かれる自閉症の彼らが得ている視覚、聴覚などの感覚情報が映像で表現されています。
彼らの中には感覚情報の処理の仕方が定型発達の人とは違う場合があります。そのため聞いたものをすべて覚えていたり、見たものを写真のように描けたりするサヴァン症候群という方が存在します。時々映画などで社会的評価に結び付く秀でた能力について描かれる事がありますが、この映画は自閉症の子の「想い」に焦点が充てられています。
私が関わってきた保護者や学校の先生からの訴えでは、自閉症の人は「感情の表出が薄い」「行動が奇異」だという印象がある方が多いのですが、目に見えているその言動だけを信じてしまっていいのでしょうか。実は声に出す言葉や行動ではうまく伝わらず、苦しんでいる場合があることを東田さんは著書で書いています。
自閉症でもしっかりとした感情や人に対する想いのある子が存在する。自閉症の内面の一端を知る手がかりに
自閉スペクトラム症の子は本当に多様で、誰一人として同じ子はいません。
ですからこの世界観が全ての自閉症の子に当てはまるわけではありませんが、自閉症の中にもしっかりとした感情や人に対する想いのある子が存在すること、そして目に映る言動が全てではない事を知っていただけるのではないかと思います。
映画の中でお互いが相手を友達だと思っている二人の自閉症の方が出演しています。意志の疎通ができているようには全く見えないのですが、文字ボードを使いお互いの存在を意識し表現しているシーンはなかなかの見どころです。映画の中ではコミュニケーションではなくconversationと言っていましたが、彼らとの意思疎通は声による言語だけではわからない事もあると理解できます。
自分の意志とは関係なく体が勝手に動いたり、動けなくなったりする
彼らは神経発達症に分類されます。自分で力加減や身体の動かし方、声の出し方が思うように行かず、それを東田氏は「壊れたロボットの操縦」と表現しています。
つまり自分の意志とは関係なく体が勝手に動いてしまったり、動けなくなったりするのです。
場面緘黙(ばめんかんもく)と呼ばれますが、いきなり話せなくなる子がいます。そして、いきなり固まってしまう子、突き動かされたように動き回る子もいます。彼らが不器用だと言われる所以です。自分の意志ではなく神経伝達に問題があるのです。しかし、その神経伝達エラーは外からは解りませんし、本人にもどうすることもできません。
障害のある子を抱えて生きる親の現実
自閉症の子ども達に支援が必要なのは同じですが、国によって対応の違いも描かれています。
アフリカのシエラレオネでは自閉症の子の奇異な行動はまさしくダイレクトに“ガン見”され、地域から追い出されたり、悪魔だ、川に捨てろという人がいます。その中で障害のある子を抱え生きる親の現実は、閉塞的に生きることを強いられた、ひと昔前の日本と同じだったのではないかと思います。
しかし、そこまで悲壮感を感じさせずフラットに観られるのは、わが子を大切に想い、わが子の想いを理解したいと活動する親たちの愛を感じるからでしょう。
自閉症の子がどのように社会からの圧力を感じているのか、どう生きたいと願っているのか、を知る手がかりに
東田直樹氏が著書で語っている「自分がいる事で悲しむ人がいる事が辛い」という言葉は、親でなくても胸がえぐられる思いがします。自分は「存在してはいけなかった」と想うのは人としてどれほど辛いか。私たち大人はどんな子も「存在してはいけない子」にしてはいけないと思わずにはいられません。
自閉症の子がどのように社会からの圧力を感じているか、どう生きたいと願っているのか、この映画をご覧になることで彼らへの誤解や偏見を減らせるのではないかと思います。
日本語吹き替え版が、5/28日から期間限定で配信!
映画『僕が跳びはねる理由』公式サイト
原作:東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由』(エスコアール、角川文庫、角川つばさ文庫)
翻訳原作:『The Reason I Jump』(翻訳:デイヴィッド・ミッチェル、ケイコ・ヨシダ)
監督:ジェリー・ロスウェル
プロデューサー:ジェレミー・ディア、スティーヴィー・リー、アル・モロー
撮影: ルーベン・ウッディン・デカンプス/編集: デイヴィッド・シャラップ/音楽: ナニータ・デサイー
原題:The Reason I Jump
2020年/イギリス/82分/シネスコ/5.1ch/字幕翻訳:高内朝子/字幕監修:山登敬之/配給:KADOKAWA
https://movies.kadokawa.co.jp/bokutobi/
© 2020 The Reason I Jump Limited, Vulcan Productions, Inc., The British Film Institute
教えてくれたのは
発達障害のお子さんの運動指導の担当をきっかけに、彼らの身体使いの不器用さを目の当たりにし、何か手助けができないかと、感覚統合やコーディネーショントレーニングを学ぶ。その後、親の会から姿勢矯正指導を依頼され、定期的にクラスを開催。周囲の助けを受け、放課後等デイサービス施設「ルーチェ」を愛知県名古屋市に立ち上げ現在に至る。著書に『発達障害の女の子のお母さんが、早めにしっておきたい47のルール』(健康ジャーナル社)『発達障害の女の子の「自立」のために親としてできること』(PHP研究所)がある。